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第75話 羽毛恐竜と川の向こう〔陽翔視点〕②

〔陽翔の回想〕続き


もふ助と森を歩くうちに、ボクの汗はすっかり乾いて、変わりにひんやりとした風が肌を撫でるようになっていた。

木々の間から差す光が少しずつ斜めになり、

昼の終わりが近づいているのを感じさせる。


「ねえ、もふ助?ここって……どこまで続いてるんだろうね」


すると……、もふ助は返事の代わりに、

ボクの前をとんとんと進んでいく。


ときどき立ち止まっては、ふわりとしっぽを揺らしてボクを振り返った。



やがて、木々が開け、小さな丘の上に出た。

そこからは森の向こうに広がる古石町の屋根が、遠くに見渡せた。


「うわ……」


思わず声を漏らす。あれほど心細くて不安だったこの森も、こうして上から眺めるとまるで絵のようで、どこか安心感すら与えてくる。


もふ助は丘のふもとに続く道を見つけると、また先導するように歩き出した。


道すがら、小さな池のそばを通りかかった。

水面は鏡のように空を映し、水草がゆらゆらと揺れている。


もふ助はそこで立ち止まり、池の淵に前足をかけて水をぺろりと舐めた。

ボクもしゃがんで水面を見つめる。


(……あの日のことを思い出すな)


父とはぐれて、ひとりきりで泣いていたときのこと。

誰にも見つからない気がして、世界から取り残されたみたいに感じていた。

だけど、今は――。


「ひとりじゃないって、こういう気持ちなのかな……」

ボクがそっと呟くと、もふ助が小さく鳴いた。

まるで「そうだね」と肯定するかのように……。



それから池を離れて少し行くと、ボク達は小さな石橋の跡のような場所に出た。

しかし、その跡はほとんど崩れていて、

もう向こう側には渡れそうもない。


(人が昔、ここを通ったってことかな……?)


そのときだった。

風が一瞬強く吹いて、木の葉がざわざわと揺れる。

どこかで鹿の鳴き声のようなものまで聞こえてきた。


森が生きている――そんな気配を、全身で感じる。



ボクたちはそのまま森の奥へと進んでいった。急な坂を登ったり、ぬかるみに足を取られて転びかけたりしながらも、もふ助と並んで歩く時間が、どこか夢の中の出来事のように感じられた。


どれくらい歩いたんだろう……。

いつの間にか空の色がほんのりオレンジに染まり始めていた。



やがて、ボク達は開けた場所に出た。

中央に大きな石の台座があり、その上には丸くてなめらかな水晶のような球体が置かれていた。

陽の光がそれに反射して、まるで炎が揺れているように見えた。


「もふ助見て?……きれいだね」


もふ助はそのそばに座り、じっと球体を見つめていた。

ボクも隣に座り、しばらく沈黙のまま、それを見つめ続けた。



やがて、空の色が赤みを増していく頃――遠くで、誰かの呼ぶ声が聞こえた。


それは、確かに人の声だった。

父の声かどうかはわからない。

でも、現実の世界からの呼びかけだということは、すぐにわかった。


ボクは立ち上がって、もふ助の方を振り返った。


すると、もふ助の潤んだ瞳には、言葉にならない想いが宿っていた。


(ああ、キミとの出会いも、そして、こんなワクワクする探検も、もうすぐ……終わってしまうんだね)


ボクは思わず喉の奥がつまった。

だけど、ボクは精一杯の笑顔を浮かべて、もふ助に言った。


「行こう、もふ助。ボクは最後まで、君と一緒に歩きたいんだ」


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