〔陽翔の回想〕続き
もふ助と森を歩くうちに、ボクの汗はすっかり乾いて、変わりにひんやりとした風が肌を撫でるようになっていた。
木々の間から差す光が少しずつ斜めになり、
昼の終わりが近づいているのを感じさせる。
「ねえ、もふ助?ここって……どこまで続いてるんだろうね」
すると……、もふ助は返事の代わりに、
ボクの前をとんとんと進んでいく。
ときどき立ち止まっては、ふわりとしっぽを揺らしてボクを振り返った。
やがて、木々が開け、小さな丘の上に出た。
そこからは森の向こうに広がる古石町の屋根が、遠くに見渡せた。
「うわ……」
思わず声を漏らす。あれほど心細くて不安だったこの森も、こうして上から眺めるとまるで絵のようで、どこか安心感すら与えてくる。
もふ助は丘のふもとに続く道を見つけると、また先導するように歩き出した。
道すがら、小さな池のそばを通りかかった。
水面は鏡のように空を映し、水草がゆらゆらと揺れている。
もふ助はそこで立ち止まり、池の淵に前足をかけて水をぺろりと舐めた。
ボクもしゃがんで水面を見つめる。
(……あの日のことを思い出すな)
父とはぐれて、ひとりきりで泣いていたときのこと。
誰にも見つからない気がして、世界から取り残されたみたいに感じていた。
だけど、今は――。
「ひとりじゃないって、こういう気持ちなのかな……」
ボクがそっと呟くと、もふ助が小さく鳴いた。
まるで「そうだね」と肯定するかのように……。
それから池を離れて少し行くと、ボク達は小さな石橋の跡のような場所に出た。
しかし、その跡はほとんど崩れていて、
もう向こう側には渡れそうもない。
(人が昔、ここを通ったってことかな……?)
そのときだった。
風が一瞬強く吹いて、木の葉がざわざわと揺れる。
どこかで鹿の鳴き声のようなものまで聞こえてきた。
森が生きている――そんな気配を、全身で感じる。
ボクたちはそのまま森の奥へと進んでいった。急な坂を登ったり、ぬかるみに足を取られて転びかけたりしながらも、もふ助と並んで歩く時間が、どこか夢の中の出来事のように感じられた。
どれくらい歩いたんだろう……。
いつの間にか空の色がほんのりオレンジに染まり始めていた。
やがて、ボク達は開けた場所に出た。
中央に大きな石の台座があり、その上には丸くてなめらかな水晶のような球体が置かれていた。
陽の光がそれに反射して、まるで炎が揺れているように見えた。
「もふ助見て?……きれいだね」
もふ助はそのそばに座り、じっと球体を見つめていた。
ボクも隣に座り、しばらく沈黙のまま、それを見つめ続けた。
やがて、空の色が赤みを増していく頃――遠くで、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
それは、確かに人の声だった。
父の声かどうかはわからない。
でも、現実の世界からの呼びかけだということは、すぐにわかった。
ボクは立ち上がって、もふ助の方を振り返った。
すると、もふ助の潤んだ瞳には、言葉にならない想いが宿っていた。
(ああ、キミとの出会いも、そして、こんなワクワクする探検も、もうすぐ……終わってしまうんだね)
ボクは思わず喉の奥がつまった。
だけど、ボクは精一杯の笑顔を浮かべて、もふ助に言った。
「行こう、もふ助。ボクは最後まで、君と一緒に歩きたいんだ」