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第76話 羽毛恐竜と川の向こう〔陽翔視点〕 ③

〔陽翔の回想〕続き


遠くから人の声が聞こえ始めた。


すると、もふ助がボクの横で立ち止まり、名残惜しそうに鳴いた。


「ああ……ボク、もう行かなきゃいけないんだ……」


ボクはしゃがんでもふ助に目を合わせる。


「ありがとう、もふ助。

君がいなきゃ……きっとボク、あのまま泣いてたと思う」


するとその瞬間——。

ふわっと風が吹いて、もふ助の羽毛がやわらかく揺れた。


最後に一度だけ、もふ助はボクの手に鼻を寄せると、くるりと背を向けて森の奥へと消えていった。


その羽毛がきらきらと光をはじいて、まるで星のかけらみたいに輝いていた。


「もふ助、元気でね——!!

いつかまた出会うことがあったら……、

その時もまた一緒に探検しようね——!


もふ助……」




その後、ボクはパパと合流できた。

パパがボクを心配そうに抱きしめてくれたあたたかさと、もふ助といた森の静寂が不思議に混ざり合って、現実と夢の境目が曖昧になった気がした。


でも……、結局パパにはあの出来事については何も言えなかった。

あの出来事をうまく説明できる自信がなかったし、言葉にした瞬間に全部が消えてしまいそうな気がしたから。



それから家に戻っても、しばらくは毎晩のように、もふ助の夢を見た。


光る羽毛、やさしい瞳、ふわふわのしっぽ。

それらが夜の闇に浮かび上がり、「あの時間はたしかに存在した」と何かが伝えてくるようだった。



それから数年が経った今でも、森の中で感じたあの不思議な感覚は、ボクの中に生きている。


恐竜図鑑をめくるたびに、歴史の教科書を読むたびに、もふ助の姿が心に浮かぶことがある。


あの日以来、森で同じような体験をしたことはない。

けれど、たまにふと、風にそよぐ葉の音や、小川のきらめきを見ていると、背中にあのときと同じ空気を感じることがある。


そんな瞬間――ボクは、つぶやく。


「また、会えたらいいな。もふ助」


もちろん、返事はない。それでも、どこかで聞こえた気がする。


ピッ、と高く澄んだ鳴き声。


風が森を渡っていくたびに、あの小さな奇跡を思い出す。


そしてボクは今日も、ほんの少しだけ勇気を持って、前に進む。


※ 陽翔の回想は終わり、陽翔と蓮姫の会話のシーンに戻ります。

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