〔陽翔の回想〕続き
遠くから人の声が聞こえ始めた。
すると、もふ助がボクの横で立ち止まり、名残惜しそうに鳴いた。
「ああ……ボク、もう行かなきゃいけないんだ……」
ボクはしゃがんでもふ助に目を合わせる。
「ありがとう、もふ助。
君がいなきゃ……きっとボク、あのまま泣いてたと思う」
するとその瞬間——。
ふわっと風が吹いて、もふ助の羽毛がやわらかく揺れた。
最後に一度だけ、もふ助はボクの手に鼻を寄せると、くるりと背を向けて森の奥へと消えていった。
その羽毛がきらきらと光をはじいて、まるで星のかけらみたいに輝いていた。
「もふ助、元気でね——!!
いつかまた出会うことがあったら……、
その時もまた一緒に探検しようね——!
もふ助……」
その後、ボクはパパと合流できた。
パパがボクを心配そうに抱きしめてくれたあたたかさと、もふ助といた森の静寂が不思議に混ざり合って、現実と夢の境目が曖昧になった気がした。
でも……、結局パパにはあの出来事については何も言えなかった。
あの出来事をうまく説明できる自信がなかったし、言葉にした瞬間に全部が消えてしまいそうな気がしたから。
それから家に戻っても、しばらくは毎晩のように、もふ助の夢を見た。
光る羽毛、やさしい瞳、ふわふわのしっぽ。
それらが夜の闇に浮かび上がり、「あの時間はたしかに存在した」と何かが伝えてくるようだった。
それから数年が経った今でも、森の中で感じたあの不思議な感覚は、ボクの中に生きている。
恐竜図鑑をめくるたびに、歴史の教科書を読むたびに、もふ助の姿が心に浮かぶことがある。
あの日以来、森で同じような体験をしたことはない。
けれど、たまにふと、風にそよぐ葉の音や、小川のきらめきを見ていると、背中にあのときと同じ空気を感じることがある。
そんな瞬間――ボクは、つぶやく。
「また、会えたらいいな。もふ助」
もちろん、返事はない。それでも、どこかで聞こえた気がする。
ピッ、と高く澄んだ鳴き声。
風が森を渡っていくたびに、あの小さな奇跡を思い出す。
そしてボクは今日も、ほんの少しだけ勇気を持って、前に進む。
※ 陽翔の回想は終わり、陽翔と蓮姫の会話のシーンに戻ります。