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第77話 恐竜たちとの日々と心の逃避

陽翔が図書館のロビーにあるベンチに腰かけると、蓮姫は彼の隣に腰を下ろした。

爽やかな風が彼女の長い髪を揺らし、その視線はどこか遠くを見つめていた。


「陽翔、お前、恐竜は好きか?」


突然の問いに、陽翔はぱちくりと瞬きをしてから笑った。

「うん、ボク、好きだよ。

ティラノサウルスとかカッコいいよね!」


蓮姫は鼻で笑った。

「そうだろうな。けどな、私は実際に会ったことがあるんだ。

でっけぇのが、ドスンドスンと歩いててな。

その頃、私は……」


彼女は少し首を傾げて言葉を探すように続ける。

「恐竜が闊歩する時代にいたんだ。

そこで喋る機械を見つけてさ。

見たこともねぇ変な形してて……で、興味本位で近づいたら、機械が光って……目が覚めたら、ここにいたってわけだ」


陽翔は目をまん丸にし、身を乗り出す。

「お姉ちゃんって恐竜たちといた人なんだ。

いいなぁ」


それを聞いた蓮姫は、思わずグラつく。

そして脳内会議が叫ぶ――


「この開いた口、誰か閉めて! ——

って、信じるのかよ?

普通"恐竜時代にいたそこ"は、疑うところだろ」


けれど陽翔は、まっすぐ彼女を見て、にこっと笑った。

「ううん、ボク、信じるよ。

だってお姉ちゃんが言ってるんだもん。

それに……」


言い淀んだ後、彼はぽつりと続けた。

「実はボクもね、もう何年も前だけど、恐竜に会ったことがあるんだ」


蓮姫の目がわずかに見開かれた。


「は?お前、今なんて言った?」


「ホントだよ。夢だったかもしれないけど……でっかい首長竜と一緒に泳いだんだ。

あったかくて、怖くなくて、不思議に安心したんだ」


蓮姫はしばらく黙っていたが、ふっと笑った。「お前、案外とんでもない奴だな」


「えへへ。お姉ちゃんには負けるけどね!」



「……まじかよ、お前も、恐竜あいつらと会ったことあんのか」


蓮姫の驚いた顔に陽翔は小さく頷いた。

町の住人たち――つまり、擬態した恐竜たちは、陽翔にとって最初は"人間ではない怖い存在"というネガティブな実感があった。


でも、彼らと同じ町に住み、日々暮らしている内に、彼らのその目に、声に、仕草に、どこか親しみと優しさが滲んでいった。


「うん、なんかね……フィギュアの恐竜たちと話してた時と、おんなじ感じがするんだ」


陽翔の日々は町民達に溶け込み、少しずつ変わり始めていた。



ある朝のこと。

陽翔は学校へ向かう通学路の途中で、懐かしい恐竜――いや、男の子に出会った。


「おはよう、陽翔。

僕、もふ助だよ。覚えてる?」


「おはよう、もふ助って……えっ、もふ助!?」


「陽翔とこうして人の姿で話すのは、今日がはじめてだよね。

実は僕も最近知ったんだけど、君のいう"擬態"にはどうやら“管理AI”っていうものが関係していて、人の認知を操作してるらしいよ。

僕たちは古石町の中で変わらず普通に野生の暮らしをしてるけど、管理AIから僕たち恐竜との“ペアリンク”が完了した人間には、僕たちを恐竜ではなく人として認識できるんだって。


まあ、今はそんなことより探検に行こうよ、陽翔。あっちの山の上、見に行ってみよう?」


「あ、うん……って、ちょっと待ってよ、もふ助~!」


もふ助が風を切って走り出す。

その背を追いかけて、陽翔の小さなスニーカーが懸命に並走した。




昼の広場。


ステゴサウルスのおばあちゃんが軒下のプランターに花を植えていた。


「ハルトちゃん、お昼ごはんはもう食べたかえ?」


「うん、家でおにぎり食べた。

あ、そうそう!

パパが家の冷蔵庫に、また勝手にお魚ふえてたってよ!」


「やーねぇ、あれ、レプトさんがいたずらしてるのよ」


陽翔は思わず笑ってしまった。

誰も自分を"変"だと言わない世界。

友達がいて、話しかけてくれて、存在を認めてくれる毎日。


「――ここが、ボクの居場所なんだ」


彼の心は、確実に変わり始めていた。




蓮姫の秘密基地


「……だからさ、明日も学校サボって、一日中ここで過ごすつもり」


「はぁ? サボる? マジかお前、そこまでダメな方向に成長中かよ」


「ちがうもん、だって……小学校はこの町には無くて、わざわざ隣町まで行かなきゃならないし、

学校行くと、また置いてけぼりになるんだ。

ボク、もうああいうの、イヤなんだよ」


蓮姫は溜め息をついた。その横顔は、少しだけ寂しそうで。


「逃げんなよ、陽翔。……とは言わねえ。

だって私も、そうしてきたから」


「蓮姫……」


「でもな、それでも誰かのこと守りたいって思えるならさ――"ここ"も、"あっち"も両方大事にできんじゃねぇの?」


その言葉が、陽翔の胸にゆっくりと落ちていった。


彼はまだ答えを出せずにいた。

ただ、この"夢みたいな日々"が終わることが、ひどく怖かった。


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