陽翔が図書館のロビーにあるベンチに腰かけると、蓮姫は彼の隣に腰を下ろした。
爽やかな風が彼女の長い髪を揺らし、その視線はどこか遠くを見つめていた。
「陽翔、お前、恐竜は好きか?」
突然の問いに、陽翔はぱちくりと瞬きをしてから笑った。
「うん、ボク、好きだよ。
ティラノサウルスとかカッコいいよね!」
蓮姫は鼻で笑った。
「そうだろうな。けどな、私は実際に会ったことがあるんだ。
でっけぇのが、ドスンドスンと歩いててな。
その頃、私は……」
彼女は少し首を傾げて言葉を探すように続ける。
「恐竜が闊歩する時代にいたんだ。
そこで喋る機械を見つけてさ。
見たこともねぇ変な形してて……で、興味本位で近づいたら、機械が光って……目が覚めたら、ここにいたってわけだ」
陽翔は目をまん丸にし、身を乗り出す。
「お姉ちゃんって恐竜たちといた人なんだ。
いいなぁ」
それを聞いた蓮姫は、思わずグラつく。
そして脳内会議が叫ぶ――
「この開いた口、誰か閉めて! ——
って、信じるのかよ?
普通"
けれど陽翔は、まっすぐ彼女を見て、にこっと笑った。
「ううん、ボク、信じるよ。
だってお姉ちゃんが言ってるんだもん。
それに……」
言い淀んだ後、彼はぽつりと続けた。
「実はボクもね、もう何年も前だけど、恐竜に会ったことがあるんだ」
蓮姫の目がわずかに見開かれた。
「は?お前、今なんて言った?」
「ホントだよ。夢だったかもしれないけど……でっかい首長竜と一緒に泳いだんだ。
あったかくて、怖くなくて、不思議に安心したんだ」
蓮姫はしばらく黙っていたが、ふっと笑った。「お前、案外とんでもない奴だな」
「えへへ。お姉ちゃんには負けるけどね!」
「……まじかよ、お前も、
蓮姫の驚いた顔に陽翔は小さく頷いた。
町の住人たち――つまり、擬態した恐竜たちは、陽翔にとって最初は"人間ではない怖い存在"というネガティブな実感があった。
でも、彼らと同じ町に住み、日々暮らしている内に、彼らのその目に、声に、仕草に、どこか親しみと優しさが滲んでいった。
「うん、なんかね……フィギュアの恐竜たちと話してた時と、おんなじ感じがするんだ」
陽翔の日々は町民達に溶け込み、少しずつ変わり始めていた。
ある朝のこと。
陽翔は学校へ向かう通学路の途中で、懐かしい恐竜――いや、男の子に出会った。
「おはよう、陽翔。
僕、もふ助だよ。覚えてる?」
「おはよう、もふ助って……えっ、もふ助!?」
「陽翔とこうして人の姿で話すのは、今日がはじめてだよね。
実は僕も最近知ったんだけど、君のいう"擬態"にはどうやら“管理AI”っていうものが関係していて、人の認知を操作してるらしいよ。
僕たちは古石町の中で変わらず普通に野生の暮らしをしてるけど、管理AIから僕たち恐竜との“ペアリンク”が完了した人間には、僕たちを恐竜ではなく人として認識できるんだって。
まあ、今はそんなことより探検に行こうよ、陽翔。あっちの山の上、見に行ってみよう?」
「あ、うん……って、ちょっと待ってよ、もふ助~!」
もふ助が風を切って走り出す。
その背を追いかけて、陽翔の小さなスニーカーが懸命に並走した。
昼の広場。
ステゴサウルスのおばあちゃんが軒下のプランターに花を植えていた。
「ハルトちゃん、お昼ごはんはもう食べたかえ?」
「うん、家でおにぎり食べた。
あ、そうそう!
パパが家の冷蔵庫に、また勝手にお魚ふえてたってよ!」
「やーねぇ、あれ、レプトさんがいたずらしてるのよ」
陽翔は思わず笑ってしまった。
誰も自分を"変"だと言わない世界。
友達がいて、話しかけてくれて、存在を認めてくれる毎日。
「――ここが、ボクの居場所なんだ」
彼の心は、確実に変わり始めていた。
蓮姫の秘密基地
「……だからさ、明日も学校サボって、一日中ここで過ごすつもり」
「はぁ? サボる? マジかお前、そこまでダメな方向に成長中かよ」
「ちがうもん、だって……小学校はこの町には無くて、わざわざ隣町まで行かなきゃならないし、
学校行くと、また置いてけぼりになるんだ。
ボク、もうああいうの、イヤなんだよ」
蓮姫は溜め息をついた。その横顔は、少しだけ寂しそうで。
「逃げんなよ、陽翔。……とは言わねえ。
だって私も、そうしてきたから」
「蓮姫……」
「でもな、それでも誰かのこと守りたいって思えるならさ――"ここ"も、"あっち"も両方大事にできんじゃねぇの?」
その言葉が、陽翔の胸にゆっくりと落ちていった。
彼はまだ答えを出せずにいた。
ただ、この"夢みたいな日々"が終わることが、ひどく怖かった。