夕焼けが、町全体をゆっくりと朱に染めあげていく。
木々の葉も、アスファルトの道も、家々の窓も、どこか柔らかな炎のように赤く照らされていた。
陽翔は一人、森の中でゆったりとした時間を過ごしていた。
頬にあたる風は心地よく、葉がこすれる音が子守唄のように響く。
「なあ、陽翔。今日の空、いつもより赤くね?」
蓮姫がぽつりとつぶやく。彼女の紅い髪が夕陽を浴びて淡く煌めいていた。
「ほんとだ……まるで空が、笑ってるみたいだね」
陽翔はそう言うと、にっこり笑いながら近くに転がっているもふ助に目をやる。
もふ助は大きな尻尾をパタパタ振りながら、お腹を出してのんびりと寝転がっていた。
また、そのすぐそばでは、ステゴおばあちゃんが、お茶のような香りがする葉を器用にまとめている。
「平和ねぇ……こういう日が、ずっと続けばいいのに」
おばあちゃんの声はどこか遠く懐かしく、陽翔の胸にじんわりと広がっていく。
恐竜たちも、にこにこ顔で陽翔たちを囲んでいた。
その時間は、まるで夢の中のひとときのようだった。
――しかし。
帰り道の角を曲がった瞬間、その幻想はぷつりと途切れた。
陽翔の足が止まる。玄関の前、ただ一人、影のように立つ男の姿。
「……パパ……?」
胸の奥がギュッと締めつけられた。鼓動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響く。
「――陽翔」
その声は低く、重く、何かを問うでもなく、ただ名前を呼んだだけ。
それだけで、陽翔の身体はびくりと跳ねた。
彼は無意識に、蓮姫の背中に隠れた。
「……ごめん」
すると、蓮姫は小さく陽翔の手を握った。
父の手には、数枚の書類が握られていた。
風にふわりと角がめくれ、その一枚に「
「学校から連絡があった。"登校していない"って……どういうことだ?」
声は静かだったが、その奥に潜む怒りと失望が痛いほど伝わってくる。
「ボクは……ちょっと、行きたくなくて……」
陽翔は言葉を探しながらも、視線は足元の小石に落ちたままだ。
「"ちょっと"で済む話じゃないだろ!」
その一喝に、陽翔の背筋が跳ねた。
思わず顔を背け、肩が震え始める。
「この町に来て、何があったんだ?
正直に話してくれ、陽翔」
その声には、怒りというよりも父親の切実さが滲んでいるようだった。
……陽翔の中で何かが崩れ落ちる音がした。
声が、勝手に口から溢れていく。
「……わかってないんだよ、パパは!
ボク、どこに行っても、友達なんてできなくて。せっかく仲良くなれても、すぐに離れちゃって……」
唇がわななき、言葉が途切れながらも、
陽翔は必死に続けた。
「だけど……ここには、いるんだ。
ボクのことを"変わり者呼ばわり"したり、
"仲間はずれにしたり"せずに、
ちゃんと見てくれる友達が……!」
陽翔の目から大粒の涙が零れた。
こぼれた雫は地面にしみこみ、夕暮れの光がそれを優しく照らしていた。
陽翔は拳を固く握りしめ、ふるえる声で叫ぶように言った。
「だから、パパが何て言おうとボクは帰りたくない!
ここが……ここが、ボクの"ほんとの居場所"なんだ!!」
『うえぇん、うえたぇぇん!』
今日までずっと我慢していた。
だけど、もうこらえきれなかった。
陽翔はわんわんと声をあげて泣き出した。
蓮姫はそんな陽翔を黙ってそっと抱きしめる。
三人の間に沈黙が訪れた。
夕焼けの光の中、父は何も言わずにただ立ち尽くしていた。
やがて、ぽつりと――
「……勝手にしなさい」
その言葉だけを残して、陽翔の父親は踵を返し、足音も立てずに去っていった。
残された陽翔の肩が、小さく震えていた。
だが、その手には、蓮姫の温かな指がしっかりと重なっていた。