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第78話 父との衝突、そして涙 

夕焼けが、町全体をゆっくりと朱に染めあげていく。

木々の葉も、アスファルトの道も、家々の窓も、どこか柔らかな炎のように赤く照らされていた。


陽翔は一人、森の中でゆったりとした時間を過ごしていた。

頬にあたる風は心地よく、葉がこすれる音が子守唄のように響く。


「なあ、陽翔。今日の空、いつもより赤くね?」


蓮姫がぽつりとつぶやく。彼女の紅い髪が夕陽を浴びて淡く煌めいていた。


「ほんとだ……まるで空が、笑ってるみたいだね」


陽翔はそう言うと、にっこり笑いながら近くに転がっているもふ助に目をやる。

もふ助は大きな尻尾をパタパタ振りながら、お腹を出してのんびりと寝転がっていた。


また、そのすぐそばでは、ステゴおばあちゃんが、お茶のような香りがする葉を器用にまとめている。


「平和ねぇ……こういう日が、ずっと続けばいいのに」

おばあちゃんの声はどこか遠く懐かしく、陽翔の胸にじんわりと広がっていく。

恐竜たちも、にこにこ顔で陽翔たちを囲んでいた。

その時間は、まるで夢の中のひとときのようだった。


――しかし。


帰り道の角を曲がった瞬間、その幻想はぷつりと途切れた。


陽翔の足が止まる。玄関の前、ただ一人、影のように立つ男の姿。


「……パパ……?」


胸の奥がギュッと締めつけられた。鼓動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響く。


「――陽翔」


その声は低く、重く、何かを問うでもなく、ただ名前を呼んだだけ。

それだけで、陽翔の身体はびくりと跳ねた。


彼は無意識に、蓮姫の背中に隠れた。

「……ごめん」


すると、蓮姫は小さく陽翔の手を握った。


父の手には、数枚の書類が握られていた。

風にふわりと角がめくれ、その一枚に「模譚モダン小学校」の文字が見えた。


「学校から連絡があった。"登校していない"って……どういうことだ?」


声は静かだったが、その奥に潜む怒りと失望が痛いほど伝わってくる。


「ボクは……ちょっと、行きたくなくて……」


陽翔は言葉を探しながらも、視線は足元の小石に落ちたままだ。


「"ちょっと"で済む話じゃないだろ!」


その一喝に、陽翔の背筋が跳ねた。

思わず顔を背け、肩が震え始める。


「この町に来て、何があったんだ? 

正直に話してくれ、陽翔」


その声には、怒りというよりも父親の切実さが滲んでいるようだった。


……陽翔の中で何かが崩れ落ちる音がした。

声が、勝手に口から溢れていく。


「……わかってないんだよ、パパは!

ボク、どこに行っても、友達なんてできなくて。せっかく仲良くなれても、すぐに離れちゃって……」


唇がわななき、言葉が途切れながらも、

陽翔は必死に続けた。


「だけど……ここには、いるんだ。

ボクのことを"変わり者呼ばわり"したり、

"仲間はずれにしたり"せずに、

ちゃんと見てくれる友達が……!」


陽翔の目から大粒の涙が零れた。

こぼれた雫は地面にしみこみ、夕暮れの光がそれを優しく照らしていた。


陽翔は拳を固く握りしめ、ふるえる声で叫ぶように言った。


「だから、パパが何て言おうとボクは帰りたくない! 

ここが……ここが、ボクの"ほんとの居場所"なんだ!!」


『うえぇん、うえたぇぇん!』


今日までずっと我慢していた。

だけど、もうこらえきれなかった。


陽翔はわんわんと声をあげて泣き出した。


蓮姫はそんな陽翔を黙ってそっと抱きしめる。


三人の間に沈黙が訪れた。


夕焼けの光の中、父は何も言わずにただ立ち尽くしていた。


やがて、ぽつりと――


「……勝手にしなさい」


その言葉だけを残して、陽翔の父親は踵を返し、足音も立てずに去っていった。


残された陽翔の肩が、小さく震えていた。

だが、その手には、蓮姫の温かな指がしっかりと重なっていた。


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