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第80話 こわれたものと、なおそうとする手〔陽翔視点〕

〔陽翔の回想〕


夕暮れが窓に差し込む部屋で、「ボク」は床に膝をついていた。


小さな破片が、床に点々と散らばっている。


――ティラノサウルスのフィギュア。


それはボクにとって、ただのオモチャなんかじゃなかった。

パパと引っ越しのたびに段ボールの奥で震えていたけど、ずっと持ち歩いてきたものだ。

唯一、"ボクの時間"を途切れず繋いできてくれた大切な存在。


だけど、手が滑って棚から落ちたその瞬間――首と尾が、ぽっきり折れてしまった。


「……うそ……」


手が震える。ボクが慌てて拾い上げようとしても、また違う部品がポロリと落ちていく。


声にならない嗚咽が喉の奥で詰まって、ボクはひざの上に顔をうずめた。


そんな時、部屋のドアが小さく軋んだ。


「陽翔……どうした?」


無愛想な、けれど低く落ち着いた声。

ボクのパパだった。


「べつに……なんでもない」


「そうか」


パパはそのまま去るかと思った。

でもその時は違った。


パパは部屋の隅まで歩いてくると、散らばった破片をひとつ拾い、軽く見つめ、それからおもむろにポケットから何かを取り出した。


瞬間接着剤と、紙やすり。


「……貸せ」


「え?」


「細かいとこ、これでつければ目立たん」


ボクは言われるままに、壊れたパーツを差し出した。


父は無言で作業を始める。

慎重に、でも慣れた手つきで、かけらを一つ一つ元の形に戻していく。


そんなパパの手元を、ボクはじっと見つめていた。


やがて――フィギュアの首と尾が、まるでずっとそこにあったかのように、きちんと収まっていた。


「パパ……ありがとう♪」


ボクが小さな声で言うと、父は接着剤のフタを閉じながら、ぽつりと言った。


「実はな、パパも昔、好きだったんだ。

恐竜。アンキロサウルスな」


「……え?」


ボクが思わず顔を上げると、パパはもうそっぽを向いていた。


「アンキロサウルス、こう、ガチャンってしっぽでぶっ飛ばすのが好きでな……よく描いてた」


「……知らなかったよ」


「言ってなかったからな」


ボクとパパの不器用な会話。

だけどそこに、ボクは確かに"何かが動いた"のを感じた。


遠くにあったようなパパの背中が、ほんの少しだけ近づいた気がした。



夜、接着が乾いたフィギュアを机に戻すと、首はわずかに傾いたままだった。

でもボクは、それがなんだか悪くなかった。


こわれても、ちゃんと直せば――少し形が変わっても、"それでも大事なもの"になるんだって。



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