〔陽翔の回想〕
夕暮れが窓に差し込む部屋で、「ボク」は床に膝をついていた。
小さな破片が、床に点々と散らばっている。
――ティラノサウルスのフィギュア。
それはボクにとって、ただのオモチャなんかじゃなかった。
パパと引っ越しのたびに段ボールの奥で震えていたけど、ずっと持ち歩いてきたものだ。
唯一、"ボクの時間"を途切れず繋いできてくれた大切な存在。
だけど、手が滑って棚から落ちたその瞬間――首と尾が、ぽっきり折れてしまった。
「……うそ……」
手が震える。ボクが慌てて拾い上げようとしても、また違う部品がポロリと落ちていく。
声にならない嗚咽が喉の奥で詰まって、ボクはひざの上に顔をうずめた。
そんな時、部屋のドアが小さく軋んだ。
「陽翔……どうした?」
無愛想な、けれど低く落ち着いた声。
ボクのパパだった。
「べつに……なんでもない」
「そうか」
パパはそのまま去るかと思った。
でもその時は違った。
パパは部屋の隅まで歩いてくると、散らばった破片をひとつ拾い、軽く見つめ、それからおもむろにポケットから何かを取り出した。
瞬間接着剤と、紙やすり。
「……貸せ」
「え?」
「細かいとこ、これでつければ目立たん」
ボクは言われるままに、壊れたパーツを差し出した。
父は無言で作業を始める。
慎重に、でも慣れた手つきで、かけらを一つ一つ元の形に戻していく。
そんなパパの手元を、ボクはじっと見つめていた。
やがて――フィギュアの首と尾が、まるでずっとそこにあったかのように、きちんと収まっていた。
「パパ……ありがとう♪」
ボクが小さな声で言うと、父は接着剤のフタを閉じながら、ぽつりと言った。
「実はな、パパも昔、好きだったんだ。
恐竜。アンキロサウルスな」
「……え?」
ボクが思わず顔を上げると、パパはもうそっぽを向いていた。
「アンキロサウルス、こう、ガチャンってしっぽでぶっ飛ばすのが好きでな……よく描いてた」
「……知らなかったよ」
「言ってなかったからな」
ボクとパパの不器用な会話。
だけどそこに、ボクは確かに"何かが動いた"のを感じた。
遠くにあったようなパパの背中が、ほんの少しだけ近づいた気がした。
夜、接着が乾いたフィギュアを机に戻すと、首はわずかに傾いたままだった。
でもボクは、それがなんだか悪くなかった。
こわれても、ちゃんと直せば――少し形が変わっても、"それでも大事なもの"になるんだって。