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戦の前には絆あり5

そして──。


賭場の儲けを管理する勘定場では、客から掠め取った銭を入れた箱に、囲まれるように、全陵ぜんりょうが胡座をかいていた。


「で、親分、単刀直入に聞くが、あんた、結局、どっちに付いたんだ?やっぱり、北か」


徐庶じょしょは、キッと全陵を睨み付けた。


「ははは、何を言い出すのやら」


図星か、はたまた、徐庶の読み違えなのか。全陵は、少しも動じない。


「はあー、まあ、あんたは、賭場の親方で、儲けられりゃーそれでいい。うまい話に食いついて、誰に肩入れするわけでもなく、その場しのぎの、風見鶏って生き方なんだろうけどな、あんた、昔は、そんなだったかい?」


賭場の裏方の小部屋で、その、仕切りの親分と、対等にやりあう男に、全陵は、目を細めた。


「いやはや、なかなか、気風きっぷの良い兄さんだ」


「ああ、やっぱり、忘れちまってるか、ずいぶん、昔のことだからなぁ」


意味ありげな呟きを、徐庶が吐く。


「俺だよ、徐福じょふくだよ!あんた、あの時も、気風の良い兄さんだって、言ったよな?!」


「……い、言ったぁっっ!!!あんた、あの時の!!いやぁ、徐福だったのかっ!!!」


全陵は、勢い、立ち上がり、徐庶の肩を掴んだ。


「おー、思いだしてくれたかい?」


「おうよ!あの、徐福を忘れるかっ!」


って、忘れてたがなぁー、と、全陵は照れ笑う。


「しかし、あんだけの腕があるんだ、刺客にでもなっているかと思っていたら、こりゃまた、官吏、と、きたか」


「俺は、過去も名前も捨てた。まあ、あれはあれで、筋は通っていたと思うが、やはり、物事は、力づくで、押さえ込んではならんと、気付いたのだ」


「ははは、言ってくれるねぇ!」


全陵は、たちまちご機嫌になるが、徐庶が、そこへつけ入るように、畳み掛けた。


「ならば、我らのみ、に、付いてくれるか?」


本気の目付きと、冷ややかな影のある双眼が、ぶつかり合い、じりじりと、緊迫した時が流れる。


「……そうさなぁ、諸葛の旦那次第だな……」


暫く後、全陵は、思案顔で重い口を開いた。


その孔明はというと……。


「つまり、賽子さいころを使う、と、いうことは、確率の問題なのですよ」


延々と、賽子というものの仕組みについて、皆に語っていた。


「と、いうことから、まあ、いかさま、と、呼ばれる不正も、行えるということなのです」


「ちょっとまった!!じゃあ、いかさま、は、賽子のせいなのか?!」


「うーん、そうだ、とも言えるし、そうでないとも言えますねぇーそこのところは、確率、を把握した人間の仕業、の、域になりますので」


「いゃー、ちょっとまった!!いかさま用に、賽子を細工するのは、どうゆうことだよ!やっぱり、賽子のせいじゃないか!」


「あー、そこですか。賽子を細工するのは、人の行い。やはり、賽子のせいではないと。そして、なぜ、細工をするか、それは、望んだ目を出しやすくするため、すなわち、確率を上げるためなのです。つまりは、結局、人の行い、ということになるわけなのです」


「わっかんねーなぁー、いや、言いたいことは、わけるよ、でも、言ってること、わかるかぁー?!」


賭場にいる皆は、孔明の弁にすっかり取り込まれていた。


「さあ、菜児や、帰りますよ。あれが、始まったら、いつ終わるかわかりませんからねぇ、帰って、休みましょう」


「はい、奥様……」


あきれ果てる、月英は、大あくび。返事をする菜児は、眠気に負け、舟をこいでいる。


「ああ、そうだわ、親分ーーー!」


月英が、勝負あったと、全陵を呼んだ。


「はいはい、聞きやしたよ、諸葛の旦那の、全勝とね」


いやー、筋がいい、と、全陵は、笑みを浮かべて、ほい、こちらを。と、孔明の勝負相手へ、証文を差し出した。


書かれている、負けの金額に、男は、全陵を睨み付けた。


「すみませんねぇ、あっしらは、こうゆう、人間なんですよ」


「しかし、前金で、この額を渡しているだろう!」


男が、粘った。


「いや、あんた、前金で預けていたなら、負けたんだ、それは、勝った旦那へ渡るのが、勝負ってもんだろ?」


「そうよ。そうだ。あんた、何も分かっちゃいねぇのか?」


と、辺りから、続々声が上がった。


書かれている金額は、男が、全陵を買収した金額……、つまり、全陵は、孔明へ、寝返ったと示したのだ。


しかし、深い事情を知らない、周囲の者は、賭け事の話と取り違えて、男を責める。


窮地に立たされた男は、全陵へ向かって行った。


「危ない!!」


徐庶が、とっさに前に出て、かかって来る男を、蹴り飛ばした。


とたんに、


「賭場荒らしだーーーー!!!」


若い衆が、叫び、男を取り押さえにかかる。


賭場は、一気に騒然となる。


「さあ、今のうちに、帰るぞ!」


徐庶は、呑気に座り込んで、論じている孔明を、引っ張り、月英達へ合図した。


「えーと、まだ、皆さん、納得されてないようで、質問もお受けしているので……」


ゴニョゴニョ言っている孔明を、いいからっ!と、徐庶は、引っ張り、外へ連れて出た。


すでに、月英と菜児は、若い衆と共に、乗って来た馬車に乗り込んでおり、孔明達の馬も、回されていた。


「さすが、全陵だなあ。護衛つきか」


「徐庶、私達は、護衛、って、身分でもないでしょう?」


一人、わかっていない孔明に、徐庶は、思わず、大笑いした。

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