目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第54話 ガサ入れしてみた

「うむ、狂人……じゃなかった。そういえば貴様、名はなんと言う?」


 イルグの問いにアスムは嫌な顔をせず頷く。


「日野 明日夢だ。おたくらに質問と提案がある。まず質問だが、その『黒き自主独立団ブラック・フリーダム』が雇ったとされる用心棒について情報を聞きたい」


「用心棒か……実際どのような立場なのかわからん。何せ一人は『闇』を操り、姿を隠しながらの不意打ちを得意とする暗殺者アサシンのような奴だ。奴の姿を見た者は誰一人としていない」


「一人ということは複数人か?」


「ああ、少なくても二人はいる。もう一人は魔法を操る魔法術士ソーサラーだ。どうやら、その暗殺者アサシンをフォローする役割を担っているようだ」


「なるほど(なら転生勇者の可能性は低いのか)……して提案の方だが、その用心棒が現れた際は、この俺のみを前線に出してほしい。仲間及び他の冒険者は後方で待機扱いしてもらえると有難い」


「何だと? アスムと言ったな……貴様は自分一人で連中と戦おうと言うのか?」


「そうだ。その方が戦いに集中できる。あんたらはその隙に拉致された子供達の確保と、モートス及び組織の連中を捕まえてほしい」


 自信ありげに言い切るアスムに、イルグは戸惑いながら「そこまで言い切るなら、何か根拠があるのだろう」と呟いた。


「うむ、わかった。そのように編成しよう」


 イルグは提案を受け入れ、チームの編成が行われる。

 他の冒険者パーティ達は役人達と共に行動することになり、用心棒の件はアスムを中心とした私達が対応することになった。


「……アスム、本当に良かったの? 一人で全てを背負うみたいな感じになったけど……」


 打ち合わせを終えて、私は彼に問い質した。


「問題ない。現場でパニックになられてもかえって迷惑だ。それより万一の回復は頼むぞ、ユリ」


「わかったわ、任せて!」


 私はアスムの言葉を信じている。

 『モンスター飯』に関してはドン引くほどの狂人だけど、勇者の実力は本物だからよ!


◇◆◇


 夜、私達はとある豪邸の前で集結していた。

 評議会の役員モートスの屋敷だ。


 自分の立場を悪用しているだけあり禍々しい雰囲気を感じてしまう。

 この屋敷のどこかで拉致した子供達を売買するための密会が行われているだけに。


「まずは我々が正面から乗り込む。冒険者達は役人の指示に従い裏口から侵入してくれ。いいか鼠一匹たりとも逃がすなよ!」


 イルグの指示にその場に居合わせる者全員が頷いた。

 私達の人数は60名おり、第一斑と第二班の半数に分かれて前と後ろから捜索差押ガサ入れする作戦だ。


「アスムと仲間達は我らと共に来い。きっと真っ先に狙われるのは我ら第一斑となる筈だ」


「わかった」


 そうしてイルグは私達を引き連れ、堂々と正門から入って行く。

 門の扉をハンマーで破壊し、予定通り二手に分かれた。


 玄関から慌てる形で数名の執事達が近づいて来る。

 イルグは部下に指示し執事達の手足に向けて矢を射抜かせた。


「まずは関わっているもの全員を無力化する! 相手は外道だ! 囚われた子供以外は一切容赦するな! ただし極力命を奪わないこと!」


 徹底しているわね。過去に何度か失敗しているだけあって容赦のない気概を感じる。

 だけどこれ……誤認捜査なら、とんでもない事になるけど大丈夫なのよね?


 こうして第一斑の私達は堂々と正面玄関から強行突破する。

 居合わせた執事やメイドは抵抗せず、「ひぃい!」と悲鳴と両手を上げて降伏の意志を見せた。

 その者達は次々と役人達に縛られ無力化されている。


「……アスム、上階から子供の臭いがするニャア。最上階の方だニャア」


 獣人系のミーア族であるニャンキーが嗅ぎ分けて知らせてくる。


「だそうだ、イルグ班長」


「密告者の情報通りだな! モートスめ! 自分は評議会の役員だから我らが迂闊に捜査できぬと見くびっていたな! 皆の者、最上階を目指すぞ! 第二班にも知らせろ!」


 部下の役人が通信用の魔道具で知らせる中、イルグはズカズカと階段を上り最上階へと向かった。

 最上階は一室だけとなっており広々とした宴会場となっている。


 イルグは扉を蹴破り部屋に入った。

 中には身形の良い複数の商人達と一人の黒装束を纏う者がおり、奥の方には檻に閉じ込められた複数の子供達がいる。

 まさに如何わしい売買をしている最中だった。


「ノルネーミ共和国の警備隊だ! モートス及び犯罪者共ッ、貴様らの悪行は既に割れている! 全員その場を動くなぁぁぁ!!!」


「き、貴様はイルグか!? 誰の家に押し入っているのかわかっているのか!?」


 でっぷり太った中年で、ちょび髭を生やした男が叫んでいる。

 全身に煌びやかな宝石を身に着けており、下手な王族よりも税を極めたような恰好をしていた。

 この男がモートスのようだ。


「黙れ、モートス! 我らは評議会の決議によって行動している! 貴様以外の役員が満場一致で撲滅の指示を下された! こうして現場を押さえた以上、最早言い逃れはできんぞ! 各自、犯罪者共を引っ捕えろよぉぉぉ!!!」


 イルグの指示により武装した役員達が行動を起こしていく。

 あっという間にモートスと奴隷商人達は捕まり拘束された。


「クソォッ! は、離せぇ!」


「モートス、観念しろ! 残るは黒装束だけか……見たところ奴隷商人ではない。奴が人身売買組織の『黒き自主独立団ブラック・フリーダム』だな!?」


 その黒装束は隅っこの方で追いやられ、10名の役人達に囲まれている。

 けど組織という割には一人しかいないのが気になるわ……。


「ヨウダ! 何をしている!? いつものように、こいつらを早く始末してくれぇぇぇ!」


 拘束されたモートスが何やら喚いている。

 ヨウダ? あの黒装束の者を言っているの?

 フードで顔が隠れているが、すらりとした長身で体格から男性のようだ。

 黒装束は「チッ」と舌打ちした。


「――モートスさん。これはあんたが招いたミスだ。つーか、ここまでバレちまったらもう終わりだろ? 役員じゃなければ、あんたに価値はない。ただの肥えたオッさんじゃないか……よって、あんたらとの商売はこれまでだ」


 男の声だ。ヨウダという黒装束はモートス達を見限るような発言をしている。


「な、何だと!? 元々貴様が唆した商談じゃないか! 貧しい辺境村の子供を人材不足の国に奴隷として売れば金になるとな!」


「だからそれも終わりだと言っているだろ? 悪いが俺はバックレさせてもらうぞ。こいつら・ ・ ・ ・を戦わせるのは、あくまで自衛のためだ――」


 ヨウダがパチンと指を鳴らした瞬間だ。

 不意に目の前が真っ暗になる。


「ぐわぁ!」


「うぎゃ!」


「痛ぇっ!」


 すると複数人の悲鳴が一斉に聞こえてきた。

 視界は5秒ほどですぐに戻る。


 直後、ヨウダを囲んでいた10名の役人達が床に倒れ伏せていた。

 全員の背中から鋭利な刃で斬られたような傷があり、かなりの重傷だ。

 不思議に命まで奪われた者はいないが惨事に変わりない。

イルグはその光景を見て戦慄する。


「バ、バカな!? どういうことだ……まさかあの黒装束の男が、組織に雇われたという用心棒なのか!?」


「用心棒? ちょいと違うね……まぁいい。俺はとんずらさせてもらうぜ。邪魔するなら全員こうなると思え。じゃあな――」


 ヨウダが離れようと動いた。


 その時だ。


「――逃がすわけないだろ? お前こそ大人しくお縄につけ」


 気がつくと、アスムが前に出ていた。

 彼の瞳孔が赤く染まっており、淡い光輝を発する魔法陣が浮き出されている。それはまるで炎のように揺らめいていた。

 あれはアスムの固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉が発動していることを意味する。


「何だテメェ? ん……日本人? まさか勇者か!?」


 ヨウダは一目でアスムの正体に気づく。


「ほう、お前も何かを鑑定する『目』を持っているのか? その口振りからして、同じ『転生勇者』だな?」


「う、うるせぇ! クソッ、役員共め! ついに勇者を雇いやがったか!」


 ヨウダは酷く狼狽している。

 奴も同じ勇者ならば、その脅威的な戦闘力は熟知している筈だ。

 その反応から自分で「そうだ」と言っているようなもの。


「……え、嘘? アスム、き、貴様、勇者だったのか!?」


 イルグまで動揺している。

 ずっとイカレた狂人だと思っていたのだから仕方ない。


「そのとおりだ、イルグ班長。黙っていてすまない……ちなみにベルフォードさんも知らぬことだ」


「んなことどうだっていい! どうして偉大なる勇者が民に魔物肉を食わしていたんだ!? 普通に常軌を逸しているだろ!?」


 やっぱそこよね……けど話すと長くなるけどいい?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?