「――っというわけで、俺が作る『モンスター飯』は極めて安全な料理だ。誤解しないで頂きたい」
案の定、アスムのうんちくが始まった。
こうなると、やたらと早口となり半分くらいしか頭に入って来ないわ。
その間、ヨウダは「チッ」と舌打ちしたまま動こうとしない。
黒装束のフード越しで、じぃっとアスムを凝視している様子だ。
「……勇者アスム。思い出したぞ、魔王討伐に躍起になっている糞真面目野郎か……四天王も斃しているという、気に入らねぇ勇者だな」
「別に真面目ぶったつもりはない。お前らがふざけすぎているんだ。せめて転生者としての務めを果たしてから、各々のセカンドライフを満喫しろ。ましてや悪行など許さんぞ」
アスムにド正論を言われているわ。
けど彼も勇者の使命をほっぽいて、平気で『モンスター飯』に没頭するところがあるから他人の事を言えた義理はないんだけどね……。
「舐めやがってぇ! 邪魔するなら誰だろうと容赦しないぞ――」
パチン
ヨウダは指を鳴らした。
刹那、再び視界が暗闇に覆われてしまう。
「――それは既に見切っている」
アスムの声。
ガキィィィン!
同時に金属が激しく衝突する甲高い音が鳴り響いた。
そして視界が元に戻る。
「なるほど、お前が噂の
アスムは出刃包丁を抜いており、逆手で握り相手側の剣撃を受け止めていた。
刃同士が接触し合う中、相手の姿が浮かび上がる。
ヨウダと異なる全身が黒装束で覆われ、まるで『忍者』を彷彿させる動きやすそうな恰好。
随分と細身の体形であり、腰元が丸みを帯びているところから女性のように見えた。
そして顔を隠す頭巾から、長く尖った両耳がはみ出ている。
――エルフだ。
手に持つには忍者刀のような
「何をやっている、エルミア! 早くそいつを始末しろぉ!」
「……はい、ご主人様」
エルミアと呼ばれたエルフは、押し込んだ剣を引き流れるように後方へと下がる。
と、同時に懐から何かを取り出し投擲した。
それは小型で十字型の刃であり手裏剣のようだ。
放たれた三枚の手裏剣は高速に回転しながら独自の動きを見せ、アスムに迫って行く。
「チッ!」
アスムはもう一刀の出刃包丁を抜き、両手の二刀で手裏剣を弾いた。
だが最後の手裏剣だけは回避できず、左の頬を掠めてしまう。
思いの外、深く斬られたのか鮮血が溢れ滴り落ちている。
ああイケメンが……あとで私が完璧に治してあげるからね。
「……厄介な攻撃だな。だがもう覚えたぞ」
アスムが呟いた瞬間、また私達の視界が暗闇へと誘われる。
「何度も同じ手は食わないわ――〈
私は聖杖を掲げ共通魔法を放つ。
これは魔力で構成された光の輪を天井に打ち出すことで、その空間内を明るく魔法だ。
だが視界は暗くなったままで明るくクリアになることはなかった。
「嘘ッ、どうして!?」
「――ユリ、同じ魔法でも質が異なるからだ」
アスムの声がしたと同時に私の目の前を何かが通りすぎる。
直後、視界が戻った。
気づけばアスムが私の目の前で出刃包丁を掌で回転させている。
そして周りを見渡すとラティやイルグの頭から顔に至るまで暗雲のような煙で覆い尽くされている。
「な、何……あれ?」
「精霊魔法――闇の精霊テネブラルムを行使していたようだ。ああして頭部を覆うことで一時的に視界を奪うことができる」
アスムは説明しながら、もう一刀の出刃包丁でエルミアを牽制している。
え? ってことは、アスムが闇の精霊テネブラルムを斬ったから視界が戻ったってこと?
たった今、私の顔を通り姿のは包丁の刃だったの?
あ、危ねぇ! なんてやり方で払い除けているのよ! ミスったら、私の綺麗な顔が斬られていたかもしれないじゃない!?
いくら腕が立つとはいえ普通にびびるわよ!
束の間、ラティとイルグを覆っていた暗雲も消え去った。
「黒装束のエルフは
流石はアスムね。
固有スキル〈
しかし危なかった。
てっきり部屋全体を暗くしていると思っていたけど、まさか直接視界を奪っていたなんて……下手したら、あのままパニックを起こして斬られていたかもしれないわ。
「その程度を見破ったくらいで勝った気にならないで頂きたい――光の精霊ルミニスよ! 我との盟約を果たせ!」
エルミアが翳した掌から光の粒子が出現する。
それらは一箇所に集約すると、全身に光輝を纏う小さき羽が生えた妖精の姿へと形成されていく。
妖精はフッと妖しく微笑むと羽根から鮮烈の光が放たれた。
「――ぐっ!?」
今度は眩しすぎて私達の目が眩んでしまう。
「生憎、ワタシの引き出しは一千通りあります!」
エルミアの声が発せられ、再び金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
ようやく視界が戻ると、エルミアはアスムに近接戦闘を仕掛けており縦横無尽に忍者刀を振るっていた。
アスムはまだ目が眩んでいるのか、二刀の包丁を振るい迎撃するも捌き切れず、腕や顔に幾つも刃を掠めてしまう。
「痛いじゃないか! 人をケバブのように削りやがって……そうだ。ケバブと言えば羊肉、牛肉、鶏肉の三種類が使われるとか。どの肉も俺の〈アイテムボックス〉にストックされてないぞ……やはりミノタウロスの肉が欲しいところだ。にしてもあの調理法だと、どうしても肉塊は使い切れず特に芯の方とか無駄にしてしまいそうだ。日本人として勿体ない精神でつい心が病んでしまうぞ……」
この男、何斬られながらケバブのこと考えているの!?
しかも結局、魔物肉じゃない!?
それに勿体ない精神で心が病む以前に、頭の中身がイカレているんですけど!
何気に追い詰められているんだから真面目に戦いなさいよ!
「ふざけたことを長々とぉぉぉ――(こ、こいつ! 急所部分だけは確実に外している! しかも次第に防御の精度が増しているだと!?)」
「当の前に視界は戻っている。エルフの女、確かエルミアとか言ったな? お前の斬撃は全て見極めたぞ。俺に二度同じ攻撃は通じん!」
アスムは強引に包丁を振るい、忍者刀の斬撃を弾き払い除けた。
その衝撃でエルミアの「ぐぬぅ!」と呻き声を上げて後方へと飛び跳ねる。
「剣圧だけでワタシは止められんぞ!」
ほぼ同時に三枚の手裏剣を飛ばした。
が、
「それは既に覚えた」
アスムはタイミングを完璧に見極め全ての手裏剣を出刃包丁で打ち返し回避する。
しかもそれだけじゃない。
「な、なんだと!?」
打ち返した方向には、ヨウダが立っており一枚の手裏剣がフードを切り裂いた。
バサッとフードが捲られ、ヨウダは素顔を見せる。
長い黒髪を後ろで束ねた東洋人の若い男だ。丸眼鏡を掛けている一方で、左目には眼帯をしていた。
素顔を晒されたことで、私は神界での記憶が想起する。
「――あんたぁ、『
アスムが予想したとおり、間違いなくこの男は私が導いた転生勇者だ。
……確か第二級の女神として最初の頃に導いた人間よ。
あの頃は厨二病ながらも純粋さが見られたのに、現在では見る影もない悪辣な形相になっている。
そういえば彼も数年前から音信不通だったわ。
ヨウダは顔を隠すことなく、名前を呼ばれた私を凝視している。
「おい、神官の女! どうして俺のフルネームを知っているんだ!? ん……お前、何処かで見たことがあるぞ……ハッ! め、女神だとぉ!? 何故、あんたがここにいるんだ!?」
ヨウダの左頬には薄っすらと頬を斜めに斬られ血が滲んでいた。
しかも『鑑定』するスキルを持っているらしく、私の正体も見抜かれてしまう。
けどそんなの関係ないわ!
「ハネトォッ! あんたこそ、何してんのよ! 厨二病だったけど、魔王討伐だけは真面目に取り組んでいた方じゃない!?」
「チッ、うっせーっ……前世の教師みたいなこと言ってんじゃねぇ。エルミア! 何やっている! とっととそいつらを殺せぇぇぇ!!!」
嘗ての転生勇者ヨウダ・ハネトは、エルミアに怒号を浴びせ抹殺を命じた。