目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第57話 奴隷の聖痕

 とりあえず、エルミアが何を施されているのか調べなければならない。


 私は気を失っている彼女の胸に手を添え、〈身体診察魔法エグザミネーション〉を発動する。

 これは負傷や病、呪術など診断する神聖魔法だ。

 しかも最高位聖職者アークビショップとなれば精度は折り紙つきである。


「アスムが予想した通りね――〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉。それがエルミアに施された、ヨウダの固有スキルよ」


 掌から伝わる情報を口にした。


「やはりな……ヨウダはエルミアが目覚めたら『死ぬ』と言っていた。どういう意味かわかるか?」


「ええ」


 アスムの問いに、私は答えた。



奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ

 能力者:養田 羽斗

 能力系統:束縛系

 レアリティ:SR(E<C<U<R<SRの五段階に分類される)


〇能力

・対象者に触れることで〈烙印〉の鎖を心臓に刻み、奴隷として服従させるスキル。

・奴隷は主(能力者)の命令に服従し命令に従わなければならない。

・主の指示に反した場合、あるいは危害を加えた時点で〈烙印〉の鎖が心臓を締め付けていく。逆らい続ければ心臓が破裂し死に至る。

・主が指示に失敗と判断した場合も〈烙印〉が発動され死に至る。

・奴隷は自傷や自害、性的な悪戯などの指示は拒否する権限を持つ。

・奴隷は常人よりも急スピードで成長し強化されていく。

・奴隷は三名まで作ることが可能。

・新しい奴隷を作る場合、三人の奴隷のうち誰かの〈烙印〉を消去、あるいは死亡による空枠が必要となる。



「――以上よ。酷いスキルだわ……固有スキルの能力は潜在的な人格が反映されているものだから、初めからヨウダは歪んでいたのね。それを見抜けなかった私のミスだわ……ごめんなさい」


「以前も言ったとおり、最初は真っ当でも後で闇に染まる勇者もいる。ユリが謝る話じゃない」


「……ありがとう、アスム」


 温厚で優しい性格のアスムに、私は目頭が熱くなり瞳を潤ませる。

 主神ゼーレ様なら激オコじゃ済まされない話だけに……。


「だが、この〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉というスキル……調教師テイマーのような育成要素もあるようだ。それに使い方によっては強力な攻撃技にもなる。だから奴隷枠を一つだけ開けていたのだろう」


「ヨウダの奴隷は、エルミアとさっきの魔法術士ソーサラーの二人だけってこと?」


「おそらくな。そのエルミアは指示が失敗したと見なされ、目覚めると〈烙印〉が発動してしまうようだ……その前に解除しなければならない。ユリならできるか?」


最高位聖職者アークビショップでも固有スキルの解除は不可能よ……けど、女神の力なら――」


 私は縛っていた髪を解き、神衣を纏う『導きの女神ユリファ』と化した。


「前にガルドくんを〈呪解〉したように、固有スキルだろうと強制的に解除することが出来るわ」


「……いいのか? そう何度も使えない力なんだろ?」


「まぁね……けど今回は私にも責任がある。だからケジメとして使うのよ」


 ゼーレ様には絶対に黙っておこっと……。

 私はエルミアに触れて女神の力を発動する。


「この者を蝕む悪しき力を解き放ちたまえ――〈神聖呪解法ゴッド・ディスペル〉!」


 瞬間、私を伝って光輝が彼女を包む。

 そして心臓を拘束する鎖のような何かが消滅したことを理解した。

 女神パワーで《刻印》を消滅させたのだ。


「――成功よ! これでエルミアはヨウダの呪縛から解放されたわ!」


 私は淡く薄い水色アイスブルー髪を縛り直し、最高位聖職者アークビショップの姿に戻った。

 同時にエルミアの瞼が痙攣し目を覚ます。


「……う、うん。ハッ!」


 起きた直後、素早く飛び跳ねた。

 物凄くアスムを警戒している。


「エルミア、もう戦う必要はない。お前が施されたスキルは、このユリが解除してくれたぞ」


「何だと? まさか……言われてみれば胸が苦しくない。それにまだ生きている……」


 エルミアは左胸を押さえ首を傾げている。

 けど少しずつ状況を理解し始めたようだ。


 私は両手を広げ、彼女に近づく。


「アスムの言うとおりよ。貴女を縛るモノは何もないわ。だから刃を収めなさい」


「……聖女殿、まさか絶対無比の固有スキルを解除させるとは……貴女はいったい?」


 エルミアは顔を覆っていた頭巾を外し、素顔を晒した。

 長く洗練された絹のような銀髪が解け背中の辺りで揺れている。

 切れ長でエレガントな青い瞳、小顔で美しい真っ白な肌といい、やはりエルフの女性だ。


「今は私のことはいいわ。それより、貴女と『養田 羽斗』について話してもらえないかしら?」


「わかりました――」


 エルミアはその場で跪き、降伏の意志を示しながら説明した。

 その間、私は耳を傾けながら同時にアスムが負った傷を回復させる。


 ――今から九年ほど前。

エルミアは過疎化により滅んだエルフの里の出身で弓術士アーチャーの冒険者としてソロ活動していたそうだ。


 そんな中、勇者だったヨウダと出会い、誘われるがまま勇者パーティに加入した。

 当初のヨウダはイキリ散らかしてはいたものの、魔王討伐は真剣に取り組んでいた勇者だったとか。

 だが不思議に自分の固有スキルだけは決して誰にも明かさなかったと言う。


「――ご主人様、いえハネトですね。出会った時は癖こと強かったですが、それなりの勇者でした。しかし三年前、魔王軍との戦いで大敗し負傷して以来、あのような人格へと変貌したのです」


 当時組んでいたパーティも後方支援だったエルミアを残して全滅し、彼女が瀕死のヨウダを救ったとそうだ。


「あの左目の眼帯も当時の名残か?」


 回復中のアスムが問うと、エルミアは素直に頷いた。


「はい、それと左半身が義手と義足の魔道具で補われています。敵の呪術武器の強力な呪いにより、回復魔法での蘇生ができない状態だとか」


「だったらエルミア、お前はヨウダにとって命の恩人じゃないのか? どうして奴隷をさせられていたんだ?」


「……勇者パーティが崩壊した後、唯一生き残ったワタシは身体が不自由だったハネトを不憫と思い、献身的に介護していたことから始まります。ある日、突如言い寄られ激しく拒んだことで逆上され、ワタシの心臓に〈烙印〉を捺されました。奴隷化されたことで、初めてハネトの固有スキルを知った瞬間でもあります」


 エルミアの善意を無下にするなんて酷い男だわ!

奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉は、奴隷と化した者の命と尊厳を脅かすことは指示できないのが逆に幸いね。


 それからヨウダの指示で暗殺者アサシンの訓練を強いられ今に至っていると言う。

 エルミアは従いながらも、常に相手の命を奪わず重症を負わせることで要求を満すよう努めてきた。

 余談として彼女の忍者のような衣装と武器や喋る方など、ヨウダの趣味であるとか。


 話を聞き、アスムは「ふむ」と相槌を打つ。


「なるほどな。もう一人の魔法術士ソーサラーの少女は何者だ?」


「リズですね。あの子は一年前、別の奴隷商人によって、とある辺境村で拉致されハネトに買われた10歳の娘です……奴がリズの才能を見出し、ワタシ同様に《刻印》の強化で魔法術士ソーサラーとして急成長を遂げております」


 今では第一級の冒険者を凌ぐ実力を持つらしい、

 たった一年で……これも〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉の恩恵なのか。


「リズは普段は大人しく誰かを傷つけるような子ではありません……ですが、ハネトの指示があれば容赦しないでしょう。ワタシと違い不器用な性格でもありますので……」


 エルミアの話にではリズに他者の命を奪わせないよう主のヨウダに懇願し、ずっと支援役を担わせて自分が矢面に立っていたそうだ。


「ならば、その子の〈烙印〉とやらも解除してやらなければ……それとヨウダは他に仲間がいないのか? 『黒き自主独立団ブラック・フリーダム』の連中は?」


「基本ハネトという男は誰も信じておりません……仲間と呼べる者はワタシとリズだけです。人身売買組織とすることで謎の存在と知らしめたかったのでしょう」


 つまり組織はブラフだったわけね。ようやく全貌が明らかになったわ。

 間もなくして、アスムは回復を終えて傷は完治した。

 けど何故か疲労は回復しきれていない。

 額に発汗が見られ顔色も悪い。血を多く失ったからだろうか?


「……俺達もヨウダを追うぞ! 今度こそ決着をつける!」


 それでもアスムは自ら奮い立たせ闘志を滾らせた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?