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第58話 一石を投じる希望

「勇者アスム殿! 是非にワタシも同行させてください! リズをハネトから解放してあげたいのです!」


 エルミアが真剣な眼差しで訴えていた。

 アスムは「わかった」と頷き、同時に思わぬこと口にする。


「……だがエルミア、場合によって俺はヨウダを殺すかもしれんがいいか?」


 その言葉に、エルミアは一瞬だけ戸惑いを見せる。


「は、はい……それはやむを得ないでしょう。欲に目が眩み外道に堕ちたハネトは最早勇者でなければ仲間でもありません。ワタシとリズも含め、どうか如何様にも処分してくだされ」


「……わかった」


 アスムは呟くと、おぼつかない足取りで歩き始める。

 私は寄り添い、彼の身体を支えた。


「アスム、大丈夫? さっきから調子悪そうよ?」


「ああ、ユリ……少し魔力切れを起こしているだけだ」


「魔力切れ? さっきの戦いで魔法を使ってたっけ?」


「最後、エルミアを無力化した時に〈肉体的増強術フィジカル・ブースト〉魔法を使用している……あれを使うと結構な魔力を消費してしまうんだ」


 あの超高速で移動して背後を取った時ね。

 アスムは『モンスター飯』の失敗を繰り返してイケメンになったのはいいけど、魔力が放出できない体質となり魔法が使えなくなったと聞いている。

 確か元仲間の魔法術士ソーサラーマインが施した〈魔道刺青マジックタトゥー〉により、決められた魔法だけは使用できるという話だ。


「なら『魔力回復薬エーテル』は持ってないの? 前に『モンスター飯』の魔力抜き目的で最大攻撃魔法の〈地獄業炎ヘルズファイア〉をバカみたいに撃って飲んでいたわよね?」


「……言い方よ。『魔力回復薬エーテル』はニャンキーが持っている。それに俺の場合、どういうわけか〈肉体的増強術フィジカル・ブースト〉で消費した魔力は『魔力回復薬エーテル』では回復しない」


 万能勇者なのに妙なところで縛りがあるのね……てか、失敗した『モンスター飯』を食べたことで呪われているんじゃない?

 アスムが言うには「魔法術士ソーサラーに魔力を分けてもらうか、自然の回復を待つしかない」とのことだ。


「戦闘に問題ない。ヨウダとは、俺が必ず決着をつける。同じ転生勇者として――」


 頑なに決意を見せる、アスム。まさしく勇者そのものだ。

 そのまま私達は屋敷を出て、現場へと直行した。



 ヨウダ達は未だ敷地内にいた。

 とはいえ無駄に広大なので結構な距離と時間を有してしまう。


 私達はニャンキーが待機させた玩具の鼠こと〈偽装誘引フォルス〉に導かれ、現場に向かった。

 進路方向から火柱が吹き上がり爆音が鳴り響いている。


「――チッ、既に戦闘が始まっているのか!」


 アスムは舌打ちし駆け出し、その背後をエルミアがぴったりとついて行く。

 めっちゃ足早っ……私じゃ追うことすらままならないわ。


 そうして遅れて辿り着いた時、現場は火の海に包まれていた。

 目の前にはイルグと役人達が倒れており、酷い火傷と裂傷を負い意識を負っている。


 私は彼らの治癒を優先し回復魔法を施して回った。

 そして向こう側でアスムはヨウダと対峙しており、離れた位置では上空に浮遊するリズが魔杖を掲げてエルミアと向き合っている。


 一方でラティがその辺を走り回っており、ストレッジハンマーを振り下ろして炎の侵攻を防ぎ消火活動に当たっていた。

 あの子も軽傷ながら火傷と擦り傷を負っているようだ。


「……ユリ姉さん、ユリ姉さん」


 どこからかニャンキーの声が聞こえた。


 なんとすぐ真下からだ。

 全身に迷彩色のマントを被っており背景に染まっていた。

 まるでエルミアと同じ忍者っぽい猫ね。

 そのニャンキーは迷彩マントからひょっこりと愛らしい小顔を覗かせている。


「もう、あんたってば何やっているのよ! てか普通に怖いんだけど!」


「見てのとおり隠れているニャア。ボクは非戦闘員だから、そうして良いとアスムと契約しているニャア」


「知っているわよ……けど、そのアスムに『極力戦わないように』と言われていたのに酷い有様ね。問答無用で逆襲されたの?」


「……少し違うニャア」


 少し戸惑いながら説明してきた。


◇◆◇


 ニャンキーの〈偽装誘引フォルス〉に翻弄され、ヨウダとリズは逃げれなくなる。

 屋敷の敷地から出られず彷徨っているところ、追跡するイルグ達と鉢合わせとなった。


「観念しろ、ヨウダ! 大人しく掴まれば危害は加えんぞ!」


「うるせぇ、モブ共がぁ! チクショウッ、何故ここから抜け出せねぇんだぁぁぁ!?」


 ちなみに具現化された鼠型のゼンマイ玩具達は、ヨウダとリズから視認されることはない。決して気づくことなく強制的に誘導されるスキルだ。


「抵抗しても無駄だぁ! このまま呼び掛けに応じれば悪いよういしない! やり直す機会も保証しよう! 田舎で母さんが泣いているぞ(勇者アスムが来るまで時間を稼がねば……)!」


「バカめ! 俺は転生者だ! この世界に両親がいるわけねーだろ!」


 そりゃそうだけど、んな裏事情をイルグ達に喚いても伝わるわけがない。


「……ううう、ママ、パパ……会いたいよぉ」


 けどリズには刺さったようで、ぐすぐすと涙を浮かべて細い肩を震わせている。

 彼女は奴隷商人に拉致され売られた村娘だ。ご両親も健在のようね。


「めそめそと泣くな、リズ! クソがぁ、こんなところで捕まってたまるかぁぁぁ!」


「――みっともない男じゃのぅ。貴様、本当に勇者だったのかえ?」


 どういうわけか、ラティが一人で前に出てきた。


「んだと、ガキが!?」


「ヨウダといったな? ずっと黙って見ていたが、貴様は自分では何もしてないではないかえ? さっきから暗殺者アサシンエルフとそこの魔法術士ソーサラーの娘に任せっきりではないか?」


「このガキ、偉そうに何者だ……ん? お、お前……人族じゃないのか!?」


 ヨウダは左目の眼帯をずらし、ラティの正体に気づき始める。

 エルミアの情報によれば左目を失った後、〈魔義眼イービルアイ〉という闇ルートで入手した魔道具が埋め込まれているらしい。

 なんでも他者を目利きする《鑑定》の力があり、また一時的に惑わす《魅了》の力が備わっているのだとか。


「……半魔族? だが見た目の割に年齢がまるで一致しない。しかも他の項目はシークレット状態……何なんだ、このガキは?」


 どうやら魔道具では、ラティが元魔王であることまでは判明できないようだ。

 きっと私を女神だと見抜いたのは、転生前で対面した情報が記憶の片隅にあったからね。


「……先程から、ごちゃごちゃうるさいのぅ。貴様のような落ちこぼれ勇者より、アスムの方が何百倍も優秀で魅力的な勇者じゃぞ」


「なんだと、糞ガキがぁ!?」


 ヨウダはアスムと比較されて憤慨する。

 ラティは可愛らしい幼女とは思えないほど、ニヤッと口角を吊り上げた。


「本当のことじゃ。何せ、いつも妾のために美味な手料理を振る舞ってくれるからのぅ」


「料理? 勇者が? んなの趣味じゃねーか、優秀とか関係ねーだろ!?」


「……馬鹿者め。古来より『食』とは独裁者の胃袋を掴み虜にしてきた要因ファクターじゃ。その『欲』を満たす料理は、時に巨大な権力を持ち歴史を動かしてきたのじゃぞ」


「糞ガキが、何が言いたい!?」


「わからぬか、ヨウダよ? 所詮そこが貴様の限界ということじゃ……アスムはな、勇者だけではなく料理人としても無限の可能性を秘めておる。あの者こそ、この世界に一石を投じる礎であり希望となるじゃろう。貴様如きでは永遠に到達できぬ境地じゃな」


 ラティてば食べることばかりじゃなく、そんな風にアスムのこと見ていたの?

 なんだか随所で魔王の風格を感じるんだけど……記憶ないのよね?

 そのヨウダはラティに言われ、「チッ」と舌打ちする。


「ごちゃごちゃうっせーぞ、糞ガキ! この世は所詮、弱肉強食! 弱ぇ奴は強い奴に従う、これが世界の摂理なんだよぉぉぉ!」


「焼肉定食? そういえば妾は腹が空いたの……おい貴様、何か食べさせてたもう」


「弱肉強食だぁ! なんで俺がテメェに食わせんだぁ!? 舐めてんのか、コラァ! もうテメェらと問答は不要だぁ! リズこいつらを全員始末しろぉぉぉ!! 全て焼き払えぇぇぇ命令だぁぁぁぁぁ!!!」


 かくしてヨウダはブチギレてしまい、リズに爆炎魔法での攻撃を指示したそうだ。


◇◆◇


「――っというわけだニャア」


「え? え? 嘘でしょ?」


 ニャンキーの話を聞き終え、私は愕然とする。

 ついイルグ達の治療する手を止めるほど……。


 ってことはよ。


 ラティ、全ての惨事は寒いボケをブチかましたお前が原因かい!


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