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第59話 二つ目のスキル

 怒りに駆られたヨウダはリズに爆炎魔法を撃たせ、イルグ達は重傷を負ってしまった。

 間もなくしてアスムとエルミアが駆けつけ、現在の膠着状態となったようだ。

 全てラティのせいだけどね。


「ぐっ、アスム! テメェ、どうしてエルミアが生きている!?」


 ヨウダは醜く顔を歪ませ奥歯を噛み締める。


「教える義理はない。それと彼女はもうお前の奴隷ではないぞ」


「な、何? くっ……バ、バカな! 俺の〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉が解除されているだとぉぉぉ!?」


 ヨウダは左目の〈魔義眼イービルアイ〉でエルミアの状態を把握し驚愕する。


「そのとおりだ、ハネト! もう貴様に縛られぬぞ! リズを解放して投降しろ!」


「ふざけるなぁ、糞エルフが! リズ、何をしている! 早くこいつらを皆殺しにしろぉぉぉ!! 命令だぁぁぁぁ!!!」


 ヨウダが指示をすると、リズは苦しそうに胸を押さえている。


「わ、わかりました……ご主人様」


 今の彼女は従うしか選択ができない。

 抗えば〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉の〈烙印〉により死に至ってしまうからだ。

 アスムは無理強いさせられる少女を見て、鋭い眼光でヨウダを凝視する。


「下衆が……せめて自分の力で抗おうとしないのか? エルミア、お前にリズの相手を任せて良いか?」


「はい、どうか任せてくだされ!」


「よし、ラティ! 念のため、お前もフォローに入ってくれ! 消火活動はニャンキーに任せろ!」


「了解したのじゃ!」


「わかったニャア!」


 指示を受けたラティが駆け出し、エルミアと並び立つ。

 ストレッジハンマーを軽々と掲げ威嚇した。


 リズは「くっ……」と難色を見せ迂闊に動けないでいる。


 その間、ニャンキーは背負っていたリュックから透明色の球体を出して炎に向けて投げつけた。

 球体は風船のように破裂し、そこから大量の泡が発生する。

 ジュウゥと音を立て、瞬く間にその一帯の炎が消えた。


 なんでも「泡玉爆弾バブルボム」という消火用の魔道具だとか。

 プロの支援役サポーターだけに色々と持っているわ。


「――さて、ヨウダ。お前はどうする?」


 アスムは固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を発動した。

 赤い双眸から淡く揺らめく魔法陣が浮かび上がり、ヨウダの動きを捉え始める。

 するとヨウダは後退り、今頃になって狼狽し身体を震わせた。


「ま、待ってくれ! 俺のことはエルミアから聞いてるだろ!? 左腕と左足を失い、まともに戦える身体じゃないんだよ!」


「それで見逃せと? 無理だな。更生の機会はイルグ班長が与えた筈だ。お前はそれを無碍にした時点で、その余地はないと判断している。したがって――」


 パン!


 アスムは力強く手を叩き合掌した。


「――お命いただきます!」


 両腰の鞘から二刀の出刃包丁を抜き逆手に握り構える。

 その強烈な圧は、ヨウダにとって死神に見えるだろう。


「わかったよ! 降伏する! だから勘弁してくれ!」


 ヨウダは首を垂れて義足である左膝を屈ませて跪く。


 刹那、


 シュッ


 義足の左膝部分から何かが射出された。


「フン!」


 アスムは完全に見極め出刃包丁で弾いた。

 それは鋭利な針であり、地面に深々と突き刺さっている。


「……毒針か。如何にもしょーもない下衆の考えそうなことだ」


「クソがぁ! だが、まだやりようはある!」


 ヨウダは悪態をつき左腕の義手を掲げた。

 するとカシャカシャと音を鳴らし妙な形へと変化する。

 拳部分が棘付きの鉄球のような形状となった。


 さらに鉄球が手首から撃ち出され、射線にいるアスムを襲う。

 それは鎖で繋がられた『鋼球鎖モーニングスター』という武器だ。


「面白い芸当だが、おおよそ見切っている!」


 アスムはサイドステップで回避し、伸びきった鎖を出刃包丁の刃で切断する。


 しかしほぼ同時だった。


 ヨウダが尋常ではない速さで跳躍し、アスムへと迫っていたのだ。

 なんと左義足の足首が筒状に変化され、そこから猛烈な気体が噴出している。

 まるでジェット噴射さながらだ。


 対してアスムは回避した直後で迎撃できない体勢にあった。


「――くらえ、〈魔義眼イービルアイ〉!」


 ヨウダは左目の義眼に備わった〈魅了〉の力で、アスムを一時的に魅了しようと企てる。


「そういった類は、基本見なければいい」


 アスムは冷静に両目を閉じた。

 そして素早く体を反転させ、バックステップで後方へと退避する。


 視界を塞いだとは思えない流れるような動き。

 明らかに格が違う。アスムの戦闘センスは抜群だ。


 だがヨウダの口端が吊り上がる。


「アスム、テメェならそう躱すと読んでいたぜ! 今度は俺が見切ってやったんだよぉぉぉ!」


「何ッ!?」


 突如、アスムの脇腹を掠め何かが馳せる。

 さっき鎖を断ち切った筈の鉄球だ。

 おそらく何か魔法が施されていたのだろうか。


 まるで磁力が発生したかのようにヨウダの左手首へと回帰したのだ。

 しかも攻撃はそれだけではない。


「もらった――〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉ッ!!!」


 現存する右掌から光輝を発する魔法陣が浮き出され、アスムの胸に触れた。

 魔法陣はアスムの肉体の中に浸透され消えていく。

 エルミアとリズのように心臓に〈烙印〉が刻まれてしまったようだ。


「これでテメェは俺の奴隷となった! 死にたくなければ従うしかねぇってわけだ、ハハハハハッ!」


「アスム!?」


 私は負傷者の回復魔法を止めて立ち上がる。

 すぐにでも女神の力を解放させ、アスムの奴隷化を解こうと後ろ髪を縛るリボンに手を掛けた。


 が、


「……ユリ、問題ない。俺なら大丈夫だ。どうか負傷者の治療を続けてくれ」


「アスム? 何を言っているの?」


「そのとおりだぜ! テメェはもう俺の奴隷だ! さぁ勇者アスム、テメェの手で周りの連中をブッ殺せぇ――命令だぁ!」


 ヨウダは指示すると、アスムは「ぐっ」と顔を顰める。

 植え付けられた〈烙印〉の鎖が彼の心臓を締め付けて始めた。


 やっぱ駄目よ! アスムが従う前に私が解除してあげないと!

 しかしアスムはすぐに平静さを取り戻し、沈着冷静の淡泊な表情になる。


「――お前の負けだ、ヨウダ。その〈魔義眼イービルアイ〉を攻撃に転じてしまったおかげで見極めることができず、俺が仕掛けた〈引き金トリガー〉を自ら引いてしまったのだ」


「トリガーだと――うっ!?」


 突如、ヨウダの首筋に傷みが走る。何かが刺さったようだ。

 引き抜いたそれは、先程アスムが弾いた『毒針』だった。


「バ、バカな!? どうして俺が放った針がァ……ッ」


 ヨウダは膝を崩し蹲った。即効で毒が全身へと回り始めている。


「――〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉。俺が所有する、もう一つの固有スキルだ」


「な、固有スキルだと……う、嘘だ! スキルは一人一つと決まっているだろ!?」


 吃驚するヨウダの言うとおりよ。

 修練で獲得できる技能スキルならまだしも、固有スキルはあくまで個人の魂に宿る才能から引き出され覚醒した特殊な力よ。

 原則は一人につき一つの能力と決まっているわ。


 しかしアスムは首を横に振るう。


「俺は以前、覚醒した〈極限光輝の爆撃滅殺マキシマム・バーストエンド〉というスキルを今の〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉に『固有スキル交換儀式スキル・コンバージョン』で入れ替えている」


「……い、いきなりテメェは何を言っている? なんで伝説級のスキルをわざわざ一般の料理スキルと交換しなきゃならねーんだ!?」


 闇堕ちした勇者にまで疑問視されてしまう、狂人勇者アスム。

 だが彼は意に介さず、やたら早口で説明してきた。


「その後、固有スキルには魂に備わった容量キャパというモノが存在することを知った。当時、俺の容量キャパは相当余っていたらしい……例えるなら本来の容量キャパが100%として、交換した〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉は20%くらいの値だったとか。だから残り80%の容量キャパ分を埋める形で仲間のダリオ君に頼み、闇ルートの店で彼の固有スキル〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉を複製コピーし《スキル移植》させて貰ったのだ」


 おそらくは以前アスムが利用した黒魔術を生業とする道具屋だろう。


 ちなみにダリオとは、アスムの勇者パーティに所属していた仲間であり、優秀な盗賊シーフであると同時に罠術士トラッパーでもある。

 会ったことないけど、最終決戦前で喧嘩別れしたと聞いているわ。


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