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第60話 戦闘後の功罪

 ――思い出したわ。


 魔王城内でアスムは自作のトラップを設置して数多くの魔族達を葬ったと話していた。

 あの時は随分と荒唐無稽で嘘くさい話だと思ったけど、もう一つの固有スキル〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉を使っていたのね。


 アスム曰く、「魔物を狩るのに便利そうだ」という理由で以前からダリオの固有スキルに注目していたとか。

 そして容量キャパのことを知ってから、ダリオにしつこく複製コピーと《スキル移植》を強請っていたらしい。

 まったく『モンスター飯』になると貪欲で見境がない男ね……。


「――〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉は、振れた物や場所に〈引き金トリガー〉を仕掛け、瞬時に『罠』として設置する能力だ。俺は打ち返した毒針をトラップとして仕掛け、お前が身体に触れると毒針が発射される〈引き金トリガー〉を設置したのだ」


 そうか、目を瞑ったアスムが後方へ飛んだのは、ヨウダをトラップの射線上に誘き寄せる陽動だったのか。


 ヨウダは蹲り身を震わせ、辛うじて顔だけを上げる。

 既に皮膚の色は紫色に染まり、口から吐血交じりの泡が噴き溢れていた。

 明らかに毒に侵され、既に解毒も不可能な状態だ。


 それでも倒れ伏せないのは勇者ならではの抵抗力、あるいは長く苦しませるため自ら調合した結果なのか。


「……ぐはっ! クソォ、相打ちか……だが、テメェも道ずれだぞぉ、アスム!」


「どういう意味だ?」


「ぐ、ぐふぅ! 〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉で奴隷化されたテメェも、主である俺に背き攻撃した時点で〈烙印〉の鎖が発動している! もうじき心臓が破裂して死ぬんだよぉぉぉ!!!」


 ヨウダの言うとおり、アスムも奴の術中に陥った状態だ。

 このままでは共倒れということもあり得る。

 現にアスムも平静に見えて全身から大量の発汗が見られ、顔色も悪いわ。


「……お前が言うように、今俺の心臓は強烈に圧迫されている。だがそれは、前が指示した『皆殺しにしろ』という命令を実行に移さないからであって、すぐに死に至るものではない。エルミアとリズを観察した限り、少なくとも心臓が破壊されるまでおよそ3分の猶予がある筈だ」


「だ、だがテメェは俺を攻撃した……ハッ! だとしたら何故、死なない!? どうしてまだ生きている!?」


 アスムは無表情で「フン」と鼻を鳴らした。


「さっきも言ったろ、俺は一切攻撃していない――〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉のトラップが起動し毒針を受けたのも、全てお前自身が〈引き金トリガー〉を引き招いたからだ。トラップとはそういうものだぞ」


「……が、はっ……チキショウ! こ、こいつ、戦闘力だけじゃなく、心理戦まで強いのかよ……お、俺だってそれくらい強ければ……今頃……――」


 ヨウダは悲嘆したまま前のめりで倒れ地に伏せる。

 毒が全身に回って事切れた。

 それが元勇者『養田 羽斗』の最後だ。


 アスムは自身の左胸に掌を当てる。


「術者が死んだことで、俺の奴隷化が解除されたか……しかしヨウダ。せっかくやり直しのチャンスを与えられ、自ら悪に染まってどうする?」


 そう呟く表情は少し悲しそうにも見えた。


「アスムが無事に解除されたってことは、きっとリズも――」


 私は膠着している現場へと視線を向ける。

が、思わぬ展開に瞳孔が開くほど驚愕した。


「ラ、ラティ殿と申されたな! どうかおやめください!」


「ヘイヘイヘーイ! どうした! 魔法術士ソーサラーよ、かかって来るのじゃ!」


 スレッジハンマーを掲げ攻撃しようとするラティの背後で、エルミアが羽交い絞めで必死で抑え込み制止を呼び掛けている。

 一方のリズは地面に座って、「え~ん」と泣いていた。


 え? これって何!? どゆこと!?


 回復魔法を終えた私は彼女達のところに駆け寄った。


「ちょっと貴女達、何してんの!?」


「ユリ殿、面目ない……ですが、どうか止めてください! ラティ殿、幼子とは思えないほど力が強くて……」


 そりゃ私とニャンキーの二人でも手に余していたくらいだからね。


「やめなさい、ラティ! ほら、あの子泣いているじゃない!?」


「泣いて許されるのは赤子までじゃ! 妾の戦闘スイッチが入ったからには手遅れなのじゃ!」


 何言っているのよ! あんたにそんなスィッチがあるなんて初めて知ったわ!

 私はアスムとニャンキーを呼び、一緒に暴走少女を止めるようお願いする。


「まったく……ラティよ、後で俺が『モンスター飯』を作ってやるから大人しくしろ」


「わかったのじゃ、アスム……」


 食いしん坊のラティはあっさりと身を引いた。

 結局、アスムがこの子の操作に最も適しているようだ。


「まるで狂戦士バーサーカーだニャア。いったい何があったニャア?」


 ニャンキーの疑問に、エルミアが「ワタシが説明します」と言ってきた。


 遡ること数分前。

 アスムとヨウダが激戦を繰り広げている中、しばらく膠着状態だった三人。


 しかし主の命令を実行しなければ〈烙印〉が発動され徐々に心臓が圧し潰されてしまう、リズは痛みに耐えきれず攻撃を仕掛けてきた。

 それはイルグ達を重症に負わせた炎系の最大攻撃魔法、〈地獄業炎ヘルズファイア〉だ。


 エルミアが回避する中、ラティだけは逃げずに待ち構える。


「おっしゃ! バッチこーい!」


 この子、なんか人格変わってね?

 ラティは威勢よく叫び、構えていたスレッジハンマーで業炎を撃ち返したそうだ。


 その信じられない光景に、リズは戦意を失いその場でへたり込んでしまう。

 同時にアスムがヨウダに勝った時であり、失敗しても〈烙印〉が作動せず済んだらしい。


「……ですが、ラティ殿はすっかりモードに入ってしまい、あのような暴走となった次第です」


「まぁ状況は理解したわ。てか最大攻撃魔法〈地獄業炎ヘルズファイア〉をどうしてハンマーで撃ち返せるわけ?」


 とても第七級の冒険者がやってのける荒業じゃなくね?


「そのスレッジハンマーは、大枚をはたいただけに軽量化と攻撃力アップの外、対魔法用の術式も施させてある……しかし流石に〈地獄業炎ヘルズファイア〉は無理だ。ひょっとして、それがラティの固有スキルかもしれん」


 アスムは「あくまで憶測だがな」と付け加える。

 けど私も理に適っていると思う。

 仮にも元魔王ラティアスだった子……戦闘中に片鱗を見せたのかもしれないわ。

 何しろ『魔王の権利』とやらは、まだラティの肉体に宿っているのだから。


 ――とはいえよ。


 これで戦いは終わりを告げたようだ。

 ヨウダの呪縛から解かれたリズは戦う意志がなく降伏した。

 呼び掛けにも素直に応じている。


 アスムは損傷よりも魔力切れの方が重症であったため、魔法術士ソーサラーのリズに魔力を分けてもらうことで全快した。


「……そうか、ヨウダは死んだのか」


 意識を取り戻した班長のイルグが呟いている。


「ああ、そうだ。人身売買組織『黒き自主独立団ブラック・フリーダム』は、そのヨウダが自称する架空の組織だった。実質、構成員は主犯各のヨウダを含め三人しかいない」


「そのうちの二人を無力化し組織は壊滅……そういうことだな?」


 イルグの問いに、アスムは無言で頷いた。


「なるほどな。問題はそこの二人をどうするか……特にエルフの暗殺者アサシン、貴様は余罪が多いぞ」


「わかっております。この度の件も含め犯してきた罪は償う所存です。如何様にも罰してくだされ」


 エルミアは全ての罪を認めている。

 確かに彼女は実行犯だ。けどそれは無理矢理やらされていたこと、エルミアが全てを背負うのは何か違う気がするわ。


「お待ちください! 彼女はヨウダのスキルでそうするよう従わされていただけです! その後は私達に協力し、リズと共に抵抗せず降伏しています!」


「聖女さん、だからと言って全てチャラでいいってことにはなりませんよ。確かに彼女の配慮で役人や冒険者の中で死者はいない。だが、そいつらによって拉致され奴隷として売られてしまった村の子供達がいるんだ。犯した罪を償うのは当然じゃないですかね?」


「た、確かにそうですが……」


 なまじ正論を言われ、私は言葉を詰まらせてしまう。

 すると、アスムが私の前に出て来た。


「イルグ班長。俺に考えがあるのだが――」


 その提案に、私とイルグは「え!?」と喫驚した。


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