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第61話 新たな仲間と弟子

「――エルミアとリズの二人は、勇者の俺が責任を持って引き取る」


「何だと狂人、いや勇者殿? それはどういう意味です?」


 イルグはアスムを勇者と知ってから横柄だった態度を改めている。

 けど心の底では未だ狂人扱いのようだ。

 アスムは少しだけ複雑な表情を浮かべている。


「殿と敬語は不要だ……イルグ班長、言葉のままだぞ。二人は俺が引き取る。俺にはその資格があるだろ?」


 確かにアスムがいなければ、今頃は全滅もあり得えただろう。


「……だが、そいつらが犯した罪はどうする?」


「裁きを決めるのは、役人のあんたじゃない。このノルネーミ共和国を代表する評議会だ。議員の一人であるベルフォードさんには俺から説明しよう」


 顔が利くアスムが言えば何とかなりそうね。

 イルグもそこは理解しているからか、特に反論することなく「ふむ」と口を閉ざし首肯する。


「……わかった。そこのエルフの暗殺者アサシンが、ヨウダの指示に反しギリギリの範囲で生かしてくれたことは理解している……でなければ今頃、死者多数だった筈だ。それに今回も私を含め部下達全員が、あんた達に助けられたことだしな」


「ありがとう、イルグ班長。無理言ってすまない……既に売られてしまった子供達のことは、俺も協力しよう」


「いや、それは我らの仕事だ。そちらも勇者の使命があるだろう。ただし、そこの二人には子供達に関しての情報提供をお願いしたい」


 イルグの呼び掛けに、エルミアとリズは「はい、是非に!」と力強く承諾した。


◇◆◇


 かくして事件は終わった。


 保護された子供達は無事に親御さんの所に送り届けられている。

 捕えたモートスと奴隷商人達は尋問後に裁かれることになり、イルグより「他の商人達への見せしめで極刑は確定だ」と厳罰が免れないとか。


 また今後はエルミアとリズの情報を下に、奴隷として売られてしまった子供達を奪回するため動くと言う。

 そのエルミアとリズの処分に関してはベルフォードの口添えもあって、「勇者アスムの意志に応え、彼に処分を委ねる」という名目で事なきことを得た。


 今まで散々手こずっていた人身売買組織の壊滅に最も貢献した勇者ということもあって、評議会もアスムに頭が上がらなかったようだ。

 こうして依頼を達成したことで、成功報酬の残り4500万Gを受け取ることができた。


「……これで、しばらくお金の心配はなくなったわ。良かったわね、アスム」


「ああ、ユリ! 新しい調理器具が買えるぞ!」


「いや普通に路銀として貯蓄しろよ! どうせ、あるだけ使い切る算段でしょ!?」


 アスムってば前世じゃ立派なサラリーマンだった割に、どこか金銭感覚が麻痺しているのよね! 私のような監視役が不可欠だわ!


 それから数日後。


「――アスムさん、何から何までありがとうございました」


「まさか貴方が勇者だったとは……数々の非礼、お詫びいたします」


 旅立つ前にアスムと私達は別れの挨拶としてベルフォード邸に訪れていた。

 娘のレシュカから初めて勇者だと知られ、深々と頭を下げられてしまう。

 一方の父親ベルフォードはどこか勘づいていた様子があり、特に驚いた様子もなくただニコニコと微笑んでいる。


「……いや、どうか気にしないでほしい。それよりベルフォードさん、エルミアとリズの件では評議会に口添えして頂きありがとうございました」


「いえいえ。私にとってアスムさんは良い取引相手でもありますので……これからもどうかご贔屓にお願いしますよ」


 流石は商人ね。つい抜け目なさを感じるわ。

 いずれ「モンスター飯を商品化にしてほしい」と言い出し兼ねない。

 けどアスムもこの辺の躱し方が上手く、「……はい。ですが、まず勇者の使命に全力を注ぎます」と告げて話を終わらせた。

 とっくの前に大ボスの邪神を斃し、魔王も無害化させているんだけどね……。


 挨拶を終えて邸宅を出た私達。

来た時と反対側の関所へと向かった。

 警護団の役人が手続きする中、待ち構えたように砦からイルグが出てくる。


「アスム、色々と世話になった。またノルネーミに立ち寄ってくれ」


「ありがとう、イルグ班長。こちらも世話になった……売られた子供達の件は頼むぞ」


「任せておけ。既に第一級の冒険者達を大枚で雇い行動に移している。必ずや全員奪回してみせるよ」


 相変わらず金と冒険者頼りの国ね。大丈夫かしら?


「……ならいいが。エルミアとリズの件は感謝する。イルグ班長も証人として評議会に訴えてくれたそうだな?」


「まぁな……私とて彼女達が被害者なのは理解している。自分の立場と世間体でああ言ったまでだよ。国を出てしまえば咎めるつもりはないさ。二人とも、これからは正しき行いのために力を使ってほしい」


 イルグに諭され、エルミアとリズは「はい、ありがとうございます!」と頭を下げた。

 別れを告げて私達はノルネーミ共和国を出る。


 もう一人の勇者、『山代 洵』が引きこもっているとされる山へと向かうため――。


「ここから10日ほど北へと歩いた場所に山脈がある。その一角に山代がいる筈だ」


地図マップ上だと近くの麓に、『ソムケ』という集落があるわ……そこで一休みしましょう」


「……あっ。その村、わたしが生まれた村です」


 地図を広げ確認する私に、リズが控え目な口調で教えてきた。


「なら都合がいい。その村で休むと同時に、リズをご両親に引き渡そう。それでいいな?」


「はい、アスムさん!」


 リズは年相応の可愛らしい笑顔を浮かべる。

 すっかり明るい表情を見せるようになったわ。

 そっか……リズとは10日間だけの仲間なのね。少し寂しいわ。


 私は何気にエルミアの方へと視線を向ける。


「エルミア、貴女はこれからどうするの?」


「はい。特に行く当てもございませんので、願わくばこのまま皆さんと行動を共にしたいと思います。それとアスム殿……」


「何だ?」


 すると何を思ったのか、エルミアはアスムと向き合い跪き畏まって見せる。


「――是非、ワタシを貴方様の弟子にしてください!」


「弟子だと? どういう意味だ?」


「はい! 貴方様と刃を交え、その強さに深く感銘を受けました! ワタシもアスム殿のように強くなり、弱き者達のために剣を振るいたい所存です! それがワタシの贖罪だと思っております!」


 エルミアは決意を見せ懇願してきた。けどこの子、今でも十分に強いけど……。

 何せ防御に徹したアスムにあそこまで傷を負わせたのだから。


 そのアスムは両腕を組み考えている。

 いきなり弟子にしてくれと言われたって、そりゃ戸惑うわ。


「……しょくざい、食材か。なるほど、いいかもな」


 ん? ん? 何だろう……何か捉え違いしているような気がする。

 アスムはしゃがみ込み、エルミアの肩に手を添えた。


「――いいだろう、エルミア。俺の弟子になれ」


「本当ですか、アスム殿!?」


「ああ勿論だ。お前に俺の全てを伝授してやる。これからは『エル』と呼ぶぞ」


「はい、師匠ッ!」


 エルミアは瞳をキラキラと輝かせ、アスムのことをそう呼ぶ。

 なんだか師弟コンビが結成されたわ……。

 まぁエルミアは腕が立つし、義理堅い性格だから好感が持てるわ。

 あとアスムを色眼鏡で見てないのも高ポイントね。


 師匠となったアスムは立ち上がり、フッと爽やかに微笑む。


「……師匠か。『先生』と呼んでくれた方がいいな。丁度、俺一緒に食材を調達してくれる仲間を探していたところだ。それに長寿であるエルフであれば、俺よりも普及活動に適しているだろう」


「え? 先生・ ・、普及活動でありますか?」


「そうだ――エル、お前に『モンスター飯』を伝授する。そして世界中の貧困層に普及させるんだ。そうすれば食糧難問題が解決する!」


「モ、モンスター飯? それはなんでありますか?」


 アスムは懇切丁寧に詳細を説明した。


 束の間。


 エルミアの色白の顔色がサーッと蒼白になる。


「……おお精霊の神よ。つまりそれは『ゲテモノ食』ですな?」


「失敬な! ゲテモノではない、『モンスター飯』だ! それにエルフにだけは言われたくないぞ! お前らこそ『ユニコーンの馬糞ライス』とか平気で客人に提供しているだろ! 貴重な栄養源とはいえ、あれは食わされた俺でさえ心が折れかけたからな!」


 つまり文化の違いだと、アスムは言いたいらしい。

 しかも狂人で知られる彼の心が折れかけるなんて……『ユニコーンの馬糞ライス』、ネーミングからしてヤバすぎでしょ。


「……確かに正論ですな。わかりました、先生! このエルミア、必ずや『モンスター飯』を極めて見せましょう!」


「期待しているぞ、エル!」


 どちらもズレた感覚の持ち主だからか、なんか勝手に馬が合い成立してしまったわ。

 こうして新たな仲間を得て私達は旅立つのであった。


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