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第62話 釣を楽しんでくれ

 私達は『山代 洵』が引きこもっている山に行くため旅を続けていた。

 ついでに近くの麓にある『ソムケ村』に立ち寄り、リズを親子さんの所へと届けたいと思っている。


「――そろそろ肉類は飽きたな」


 アスムは何気に呟いた。


 ノルネーミ共和国を出てから五日目。

 相変わらず魔物を狩りながら『モンスター飯』として美味しく召し上がっている。

 けど魔王城があった浮遊島と異なり、地上では遭遇する魔物が限定されていた。


 特に私達が向かう進路方向は肉食獣が多く、特に『ライラプス』が出現するポイントであるようだ。

 ライラプスとは通常の狼より大きな体躯で銀色の毛並みを持つ狼系の魔物であった。

 何でも《追跡》スキルに特化しており、迅雷の如く駆ける敏捷性から狙った獲物を決して逃がさない『ハンターウルフ』の通り名を持つ脅威の魔物だ。


 過去、魔王軍も猟犬として多く飼い慣らされており侵略の一躍を担っていたとか。

 本来であれば一流の冒険者とて厄介な魔物であるが、見切りの達人であるアスムには大した敵ではないようだ。


「もう見飽きたな――ほれ」


 鋭い牙を剥き出しに襲いかかってくるライラプスに対して、アスムは悠然と回避しながら出刃包丁でカウンターの一撃を食らわし、あっさりと狼の首を刎ね飛ばした。


 この男……動物の狼達には情を見せスルーする癖に、魔物になると一切の容赦がない。

 全て『魔物図鑑』を参考に、狩るべき存在か判断しているようだ。


「先生! あそこにもライラプスがおりますぞ!」


 さらにアスムの弟子となった忍者みたいな暗殺者アサシンこと、エルミアが加わったので余計にタチが悪い。

 このエルフもアスム並みの軽快さを見せ、忍者刀で斬撃を与えている。

 気づけば10匹ほど駆られたライラプスが地面に並べられていた。


「今日一日でこんなに……野生とはいえ、どんだけ狙われているのよ? 五日間、ずっとエンドレスじゃない」


 すっかり見慣れた光景に私は溜息を吐いた。

 次第に生マグロの競り市場に見えてきたわ。


「おそらく元魔王軍に飼われていた連中だろう……魔王の脅威が去ったことで解放され、野生化したってところか」


「おかげで他の魔物や動物が出て来ないニャア。明らかに地上の生態系を壊しているニャア」


 アスムに続き、ニャンキーも外来種として不満を漏らしていた。

 その傍ら、ラティが「ふむ」と頷いている。


「……まったく空を闇に染めたことといい、ろくなことせんなぁ、その魔王とやらは」


 何、他人ごとみたいに言っちゃってんの!?

 もろアンタの仕業でしょーが! エルミア達の前だから、あえて口に出してツッコまないけど!


「先生、こやつらは如何いたしましょう? 解体いたしますか?」


「いや、エル。今、俺の〈アイテムボックス〉はこいつらの肉で満杯だ。ユリに収納を頼んだが嫌だと断られている」


「当たり前でしょ! ラティのストレッジハンマーと装備類だって渋々なんですからね!」


 んな気色悪もん断固として拒否よ。

 てか、ライラプスの死肉でいっぱいになっている勇者の〈アイテムボックス〉ってどーよ?


 ――というわけで。


 狩った肉を処理するため、ほぼ毎日ライラプス料理を食べている私達。

 アスムも気を利かせて、色々なバリエーションの『モンスター飯』を振る舞ってくれて美味しいけど、確かに些か飽きてきたわ。


 結局、本日狩ったライラプス達はそのまま放置することにした。

 他の魔物が処理してくれるだろうと、去り際にアスムは言っている。


「栄養バランス的にも、そろそろ別の食材が欲しいところだ。俺的には……やはり魚類だな」


 特に魚は血液をサラサラにするDHAやEPAなども含まれているのだとか。

 アスム曰く「肉も魚も交互に食すことが望ましい」と早口で熱弁を振るっている。


「けど、私達は山岳地帯に向かっているわ。海か川、あるいは湖でも行かない限り、お魚は捕れないんじゃない?」


「確かにユリの言う通りだ……しかし、それはあくまで通常の魚に対することだ。魔物となれば話が変わる」


 出たわ、アスムの食に対する狂人的思想。

 さっきから地図を眺めながら口角を吊り上げている。

 あの笑み、絶対に何か企んでいるわ!



 森に入り、しばらく歩くと沼沢地に入る。

 広く浅い水面には様々な形をした水草が多く茂っていた。


 何だろう……沼から異様な邪気を感じるわ。


 アスムは双眸を赤く光らせ、〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を発動し沼地を見据えている。


「……ふむ、間違いない。ニャンキー、例のモノを用意してくれ」


「はい、ニャア」


 ニャンキーは背負っていたリュックを下し、中から四名分の釣り竿と折りたたみの椅子を取り出している。


「……アスム、ここで釣りでもするつもりなの?」


「そうだ、ユリ。ここは『ウォーター・リーパー』の生息地でもある。大量ゲットを目指すぞ!」


 目指すぞじゃねーよ。

 この無駄イケメン、何言っちゃってるの?


 ウォーター・リーパーとは沼沢地の水中に生息する魔物であり、見た目は手足のない蛙の身体に真っ白な魚の鱗と尾を持ち、さらに飛び魚のような翼を持っている。

 体調は約80~90センチ。攻撃する際は「キーキー」と甲高い声で鳴き、聞いた者を気絶させ捕食する獰猛な肉食性であった。

 小動物なら簡単に丸飲みされ、時に知的種族も食べられてしまうとか。


 もろ危険でヤバイ奴じゃん!


「呑気に釣り竿なんかで釣れる魔物なの!? 鳴き声聞いただけで全滅よ!」


「問題ない。今の俺達には優秀な魔法術士ソーサラーがいる――そうだな、リズ?」


「はい、アスムさん。大丈夫です」


 まだあどけなさを残すリズが健気に頷く。

 そして私達全員に防音効果がある魔法が施された。


「これで私達の会話以外の音が全て遮断されました」


「グッドだ、リズ。嘗て仲間だった魔法術士ソーサラーマインのように優秀な子だ」


 外道勇者ヨウダによって嫌々魔法術士ソーサラーにさせられたとはいえ、奴の固有スキル〈奴隷の聖痕スレイブ・スティグマ〉で成長を促進された恩恵は伊達ではないわ。


「それで、餌はどうするの?」


「ライラプスの肉が大量に余っている。好きなだけ使ってくれ」


 そうだったわね。

 この男、ここぞとばかりに消費するつもりだ。

 それ自体は別に良いんだけど……。


「ウォーター・リーパーって鳴き声以外でどんな攻撃をしてくるの?」


「水面から飛び出して体当たりを仕掛けてくる。その速さは弓矢に匹敵するだろう。もろに食らえば即死する場合もある」


「いや超危険じゃん! 命懸けでやることじゃないでしょ!?」


「確かに以前のパーティでは至高騎士クルセイダーのガルド君がいたからな……彼はウォーター・リーパーの体当たりなんぞ物ともせず、あっさり弾き返していた。なので俺以外の全員が彼の背後に隠れていたものだ」


 防御力バカなのは知っているけど、ガルドくんも常人離れしているわね。


「けど、ここにガルドくんのような盾役タンクはいないわ」


「ああ、だからユリに〈神聖防御結界魔法セイクリッドバリア〉でみんなを守ってほしい」


最高位聖職者アークビショップの最大級を誇る光属性魔法の防御結界ね。

 それならウォーター・リーパーの体当たりだとうと余裕で防げるわ。


 けど釣りする理由で使いたくねーっ。

 ああ見ても超希少でレアリティの高い魔法なんですけど!


「……わかったわ」


 どうせ渋っても「頼む頼む頼む……」と延々と連呼されお願いしてくるに決まっている。


「すまん、ユリ。それと俺とエルに防御魔法は不要だ。エルもそれくらい躱せるよな?」


「はい、先生ッ! この私にお任せください! 必ずや大量に釣ってみせまずぞ!」


 何よ、この狂人師弟コンビ。

 まだ結成から日が浅いのに、やたらと意気投合しているわ。

 つーかアスムさん、女神使い雑じゃありませんか?


 仕方ないので私は聖杖を掲げ、〈神聖防御結界魔法セイクリッドバリア〉を発動する。

 私を中心にラティとニャンキーとリズを覆うように円蓋型の魔力バリアが施された。


 そしてアスムの注文に従い、魔力を調整して結界防壁に四つの小さい穴を開ける。

 なんでも、そこから釣り竿と糸を通して外部とやり取りするための穴だとか。

 ウォーター・リーパーの突撃対策と釣りを同時にできる配慮らしい。

 ちなみに糸を遠くに飛ばす作業はアスムとエルミアが行い、その都度この穴を通して手渡ししてくれるそうだ。


「流石だ、ユリ。収穫は俺とエルで担うから、みんなは釣を楽しんでほしい」


 楽しむか……楽しんでいいのかしら?

 旅の醍醐味とはいえ、私達もすっかりスローライフを満喫しているわ。

 一風変わっているけどね。


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