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第63話 ウォーター・リーパーのフライ

「うおっ! あ、危ねぇ!」


 つい自分が尊く洗練な女神であることを忘れてしまうほど、素でびびってしまっている。

 だって仕方ないじゃない。

 さっきからウォーター・リーパーがやたらと突撃してくるんだもの。


 アスムが沼に向けて釣り竿を放り投げた直後。


 まるでマシンガンの如く、ウォーター・リーパーの大群が水面から飛び出して体当たりを仕掛けてくる。

 その多くが、私が施した〈神聖防御結界魔法セイクリッドバリア〉にブチ当たり激突していた。


 リズの防音魔法で会話以外の音が遮断されているけど激しい衝撃が伝わってくる。

 当然、奴らも無事ではない。強固なバリアに衝突する度に、ぐしゃりと肉体が押し潰れては血反吐を吐き、ずり落ちながらさも恨めしい眼光でこちらを凝視している。

 不気味な蛙顔だから余計に怖い。しかもバリアがべっとりと血塗れだ。


「うほっ、リズよ! これは凄い迫力なのじゃ!」


「凄いね、ラティちゃん!」


 バリアの中にいるラティとリズの二人が楽しそうにはしゃいでいる。

 年齢が近いせいか、いつの間にか仲良くなっていた。


「ここなら逃げる必要ないニャア」


 臆病者のニャンキーも安全圏だと理解すると、余裕ぶっこいて椅子に腰を降ろし傍観している。


 そして私一人が、ひたすら戦慄している絵面だ。

 にしても、いつの間にかスプラッター系のアトラクションに参加しているノリだわ。

 私達、確か釣りをしているのよね?


 一方でアスムとエルミアは水辺に立っていた。

迫り来るウォーター・リーパーを各々の武器で両断し悉く迎撃している。

 竿で釣るより、そっちの方が確実に捕れるじゃね? っと思えてきた。


「ユリ、釣りを楽しんでいるか!?」


 アスムは二刀の出刃包丁を振るいながら訊いてくる。


「た、楽しめるか! てか、こんな時に何言ってんの!? 」


「釣りはいいぞ! 自然の中に身を置くことで瞑想効果を生み、リラクゼーション効果となる! 俺はみんなにそんな気持ちを味わってもらいたいんだ!」


 アスムは意地でも私達に釣りを楽しんでほしいようだ。

 果たしてこの激戦と化した血みどろのグロい状況下で、どうすればリラクゼーションとやらが生み出されるのだろう?


 けどアスムの気持ちはわからなくもない……神界とて所詮はストレス社会だからね。

 つまり人生楽しまなきゃ損ってことよ!


「よぉぉぉし! みんな気合入れて釣るわよぉぉぉ!」


 私は気持ちを奮い立たせ檄を飛ばした。


「うむ、流石はユリじゃ! 妾の腕前を見せてやろうぞ!」


「頑張るよ、うん!」


「ミーア族は魚を捕るのが得意だニャア!」


 ラティ、リズ、ニャンキーの三人は思いの外乗っかってくれる。


 こうして私達は全集中モードでウォーター・リーパーを釣って行く。

 その間、アスムとエルミアは戦いながら交互に私達の釣り竿のキャスティングを行いフォローしてくれた。


 三時間後。


 沼沢地から離れた場所にて、私達が釣ったウォーター・リーパーが並べられている。

 釣れた数は20匹ほど。一人につき5匹ほど釣ったことになる。


 つーか、バリアに衝突して自滅したり、アスム達に斬られた魔物はその数倍以上になるけど。

 おかげであの沼に生息するウォーター・リーパーはほぼ殲滅したでしょうね。


「大量だな。これでしばらく魚に困ることはない」


「魚ね……それにしても凄い状況だったわ。アスム、以前もウォーター・リーパーを釣ったことがあると言ってたわね? ガルドくんを盾にしたとはいえ、よく無事で済んだわ」


「前はあそこまで攻撃的ではなかった……ライラプス同様、環境が変わったことで凶暴になったかもしれん」


 ずっと魔物を配下として抑圧していた魔王と邪神がいなくなったから?

 平和になる一方で、そういったバランスが崩れつつあるってこと?


「先生、この魔物は如何いたしましょう?」


「無論、捌いて調理する。俺が手本を見せるから、エルもやってくれ。まずは血抜きして三枚おろしだ。魚系の場合、魔力抜きには塩水で清めるのがベストだな」


 アスムの指示にエルミアは「はい!」と忠実に返答している。

 その間、ニャンキーは簡易テントを説明し野営の準備を始めた。

 私達も手伝うことになる。



【ウォーター・リーパーのフライ】

《材料》

・ウォーター・リーパー(三枚おろし)

・小麦粉

・溶き卵

・パン粉

・千切りマンドレイクの葉

・千切り薬草


《調味料》

・塩(自家製)

・胡椒(自家製)

・揚げ油(自家製の食物油)

・ウスターソース(自家製)

・タルタルソース(自家製)


《手順》

1. あらかじめ三枚おろしで捌いた、ウォーター・リーパーの背身と腹身の境い目にある血合い骨(小骨)を背骨と共に切り取ります。

2. 骨を全て取り除いたら、ウォーター・リーパーの身の両面にうっすらと塩と胡椒をまぶし下味をつ、10分ほどおいて置きます。そうすることで身に適度の塩味が入り、生臭さがより解消されるでしょう。

3. ウォーター・リーパーの両面に小麦粉を薄くつけ、溶き卵でからめます。それからパン粉を全体につけていきます。その際、パン粉がはがれないようギュッと手で押さえるようにつけるのがポイントです。

4. 揚げ油を170~180℃に熱しておき、パン粉をつけたウォーター・リーパーを入れます。途中で上下を返しながら、2~3分ほどを目安に揚げれば完成です。

5.付け合わせとして、千切りマンドレイクの葉と薬草の千切りを混ぜ合わせれば、よりさっぱり食べることができます。

6. お好みで手作りのウスターソースをかけて食べたり、手作りのタルタルソースをかけて食べても美味しいです。



「――完成、ウォーター・リーパーのフライだ!」


 こんがりと揚がった沢山のフライが簡易テーブルの上に並べられている。


「そういえば、アスム。ウォーター・リーパーって見た目は蛙っぽいけど魚類なの?」


「『魔物図鑑』では混合型魔物ハイブリッドと記されているが、顔意外は白身魚と同様と思っていい。だからフライにしてみた。ムニエルとか煮つけも美味いが、それはまた今度だ」


「アスムゥ、早く『いただきます』してたもぅ! 妾はもう待ちきれんぞぅ!」


 ラティに促され、アスムと私達は合掌して「いただきます」と命を頂くことにした。

 私は激推しのタルタルソースをつけてフライを頬張る。


「美味しい! 衣がサクサクで白身部分もふわふわ!」


「ほう、実に美味じゃのぅ……カリッとした衣と柔らかい身のコントラスト。おまけに繊細で細かくふわふわで噛むとほろほろと崩れていく触感。さらに鮮やかな純白な身あり高級感を漂わせる上品な味わいじゃ!」


 ラティさん、相変わらず私の薄いコメントに絶妙な食レポ被せるのやめてくれる?

 悪気がないのは理解しているけど、なんだか嫌がらせに思えてきたわ。


「とても美味しいね、ラティちゃん!」


「最初は『モンスター飯』と聞き、弟子入りした自分の行く末を案じていましたが、ここまで美味いとは……流石です、先生ッ!」


 すっかり仲良しとなったリズは、ラティに同調している。

 あとエルミア、あんた今さらりと本音を言ったわね。


「魔力抜きで使用した塩も、いい感じで身に染みついているニャア!」


「まぁな、ニャンキー。水属性の魔物の魔力抜きは冷水に漬けるだけで十分だからな。おかげで下味の変わりとなったというわけだ」


 アスムは「これぞ雨降って地固まるだな」と語っている。

 彼の言う通りね。

元々魔物を美味しく調理するという概念のない世界だから、今なら食の革命だと思えるわ。


 夜、テントにて就寝していると。


「うみゃ、妾にも食べさせてたもぅ~」


「ぶほっ!」


「先生、日々精進ですね~、ぐーっ」


「うごぉ!」


 ラティとエルミアの間で寝ていた私は、顔面に肘打ちと腹部に足蹴りを受けてしまう。

 こいつら超寝相悪ぃ……ラティは知っていたけど、まさかエルミアまでとは。


 一方でリズは隅っこの方で、すやすやと寝息を立てている。

 大人しい子だから気配を消して回避するのが上手いのか。そういえば不意打ちとか得意だったわね。

 あとテントも狭すぎるのよ……四人も川の字で寝ているから特に。


「どちらにせよ寝れたもんじゃないわ!」


 私は毛布を羽織ったままテントから出た。


 外ではアスムが焚火の番をしており、隣でニャンキーが身を丸くして横になっている。


「……ああ、わかっている。問題ない。大丈夫だ」


 ん? アスムったら誰と喋っているのかしら?

 ニャンキーじゃないわよね……寝ているし。


「……だからしつこいぞ。先輩だからって口出し不要だ。心配性にもほどがある」


 独り言にしては変だ。まるで誰かと話しているみたい。

 元々狂人勇者だけに、私はその光景が余計に異様だと思えてしまった。


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