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第64話 アスム・ヒストリー「名刀」

 焚火を愛でながら、ずっと独り言を呟く、勇者アスム。

 まるで目に見ない誰かと話しているようだ。


 はっ! まさか……!


 ――イマジナリーフレンドってやつ?

 つまり空想上の仲間とか?

 所謂、エア友達?


 ……オーマイゴッド(あっ、私も女神だったわ)。


 てっきり『モンスター飯』に取り憑かれた無駄イケメンの狂人だと思っていたけど、意外と繊細な心の持ち主だったのね。


「――ん? ユリ、今日も眠れないのか?」


 アスムはテントから出てきた私に気づき視線向ける。

 クールな性格もあってか、普段通り堂々としており感情が読みにくい。

 私に見られたと気づいてないのかしら?

 ここは武士の情けとして見て見ぬふりをするべきか。


「……いつものことよ。ラティとエルミアの寝相が悪くて……ね」


「テントは一つしかないからな。次の村で購入しよう。それまで俺の傍で眠るがいい。必ず守ってやる」


 アスムってば、超やーさーしーい!

 これよこれぇ! もう完全に惚れちゃたじゃなーい!

 今時のラノベ主人公に共感して魔王討伐すると言っておきながらハーレム願望とか、承認欲求の塊と化した転生者達に見せてあげたいわ!


 ――でも、だからこそよ。


 アスムが精神的に何かを背負っているのなら、私も共有してあげたい。

 だって彼が居てくれるおかげで、私も魔王だったラティを守り女神の使命を全うしよう頑張ることができているのだから。


「ア、アスム……何か悩みごととかある?」


「ああ沢山あるぞ。明日の朝食は何を作るかとか、食材はどうするかとか」


「それって平常運転じゃない。そうじゃなくて、心に何か引っ掛かっているとか……やっぱりコハルちゃんの件とか?」


「……心春の件は『山代』に会うまで保留にしている。今、焦っても仕方ないからな。何故、訊く?」


「え、えーと……何か独りでブツブツ『大丈夫だ』とか言っていたみたいだから」


 ついストレートに訊いてしまった。

 私も清く正しい女神だからか、誤魔化すとかって苦手なのよね。


「ん? そうか……見ていたのか。そりゃそうだな。傍から見ればそう思われても仕方ない」


 アスムは頷くとその場で立ち上がり、両腰に携えた鞘から二本の出刃包丁を抜いて私に見せてきた。


 名刀『G・K』と彼が呼ぶ、地上で最も硬質とされる伝説級のオリハルコン製であり、元は一振りの聖剣だとか。

 それをアスムがドワーフの鍛冶師に頼み、出刃包丁に作り替えたのよ。

 最初に聞いた時は狂気の沙汰としか思えなかったわ。


 だけど、どうして今抜いて見せるの?


「――俺が話していた相手は、この包丁だ」


 おっと。

やべーよ、アスムさん。


 まさか出刃包丁をフレンドに見立てていたなんて……まぁ『モンスター飯』の料理人になるって豪語しているくらいだからね。


 けど私は気にしない。全て受け止めるわ。

 だってアスムが真の勇者であることには変わりないのだから……。


「そう……わかったわ。けど、これからは私にも相談してね。女神として勇者アスムの支えになるから」


「……ありがとう、ユリ。だがお前は誤解をしている。俺は病んではいない。この愛刀『G・K』には、ある男の意志が宿っている。今も俺に語り掛けてくるんだ……持ち主である俺にだけ聞こえる思念の声でだ」


 アスムは説明しながら、私に出刃包丁の一本を手渡してきた。


 すると、


『――やあ、導きの女神ユリファ。久しぶりだな。まさか再びあんたと話せるなんてよぉ』

 頭の中に男の声が響く。


「きゃっ、何ッ!? 包丁が……包丁が喋ったわ!」


 しかも私のこと知っているんだけど!

 久しぶりって……以前に私と会ったってこと!?


「それが『G・K』の意志だ。少し長くなる話だが聞いてくれるか?」


 アスムに言われ私は「うん」と頷き隣に座り、女神スキルである〈第四の壁フォース・ウォール〉で聞いた話の内容を脳内で観客的なイメージ化を行う。


 そして、再び彼の口から仲間達と共に『魔王討伐』の旅を続けていた頃の話が語られた。


◇◆◇


 約四年前に遡る。


 勇者アスム率いるパーティ一行は、先の戦いで失った新たな剣(包丁)を手に入れるためフォルドナ王国を出発した。


 当時の仲間は至高騎士クルセイダーのガルド、神官の回復術士ヒーラーのハンナ、支援役サポーターのニャンキー。


 そして、


「――やっぱ、オイラがいなきゃ駄目だろ、アスム?」


 ダリオ・エンバス。

 一流の盗賊職シーフであり罠術士トラッパーでもある男だ。

 見た目はニャンキーよりも低身長で人族の子供のような体躯を持つ、可愛らしい童顔の少年である。

 だが実年齢は28歳であり熟練の冒険者だ。


 そう、このダリオという男は小人妖精リトルフという種族であった。

 小人妖精リトルフは器用な手先と軽快な身のこなしを持ち、各種感覚器官も優れた種族だ。

 一方で腕力は子供並みであり魔法も苦手だとか。


 ダリオとは冒険者ギルドで負った借金を返済するため、とあるクエストで知り合ったらしい。

彼は当時ギルドで最速ルーキーと話題となっていたアスムに目を付け、今回の冒険にもついてきた経緯がある。

 ダリオ曰く「金に無頓着な奴ほど大金を得る臭いがする」とか。


「ああ、ダリオ君が一緒に来てくれるのは頼もしい。よろしくな」


「……どっかの子供が猛スピードで駆けつけて来ると思ったが、小人妖精リトルフとはな。悪知恵が働く、ずる賢い種族だと聞く。我らは『魔王討伐』の任も受けている。くれぐれも足を引っ張るなよ」


 爽やかに微笑むアスムの隣で、ガルドは不審の眼差しを向け忠告している。


「わかったよ、オッさん」


「おっさんだと!? 私はまだ26だぞ! てか貴様、28歳だよな! 貴様の方が年上ではないか!? アスム、こいつ殴っていいか!?」


「やめてくれ、ガルド君。あとダリオ君、俺達はこれから『聖剣の里』に行き、新しい武器を手に入れなければならない。それと食事は俺が毎食作るから文句言わないこと。いいな?」


 アスムが言った途端、ダリオは顔を顰める。


「……例の『モンスター飯』か? オイラ、魔物食は苦手なんだ。雑食性のミーア族と違ってよぉ」


 話を振られ、先頭を歩くニャンキーが振り返る。


「アスムが作る『モンスター飯』はちゃんとした料理ニャア。安心するニャア」


「そういえば、ダリオさん……以前にアスム様が『モンスター飯』を振る舞っても、絶対に口にしなかったですよね?」


 ハンナの問いに、ダリオは「まぁな」と首肯する。


「……知的種族の中で、オイラ達小人妖精リトルフが最も魔物の餌になりやすいと言われている。だから因縁深いんだよ。それに魔物の爪や牙は金になるが、『モンスター飯』が金になるとは思えない」


「俺も『モンスター飯』で商売するつもりはない。空腹の者の胃袋を美味しく満たすための新た改革だ。したがって貧しき者には無償で提供し、レシピも惜しみなく広めていくつもりだ」


「アスムは言っていることは勇者として立派なんだよ……うん。けど納得できねーっ。だからどうして魔物なんだって話だろ?」


 ガルドも首を傾げながら疑問を投げかけていた。

 それでも以前と違い『モンスター飯』に関してダリオほど否定的ではなく、「それしか食べるモノがなければ仕方ない」と割り切っている。


「答えは簡単だ。魔物ならいつでも狩れるだろ? ほら早速現れたぞ、ガルド君――」


 アスムが視線を向けると、茂みの方から何かがぞろぞろと現れる。


 犬に似た頭部を持ち、小柄で二足であるく魔物ことコボルトだ。

 手には他の冒険者から奪ったと思われる剣と盾が装備している。

 コボルトは集団性であり、10匹ほど潜んでいると思われた。


「今晩の夕食は決まったな――」


 アスムは口角を吊り上げ、不慣れな片手剣ブロードソードを抜き逆手で握る。


「もろ亜人系じゃないか……そういうのも食うのか? 勘弁してくれよ……」


 ダリオは不満を漏らしながら、懐から携帯型射出武器の『スリングショット』を取り出した。


 あっ、戦闘の方は割愛するわね。

 これだけの錚々たるパーティが、ゴブリンと同等の低級魔物で知られるコボルトに苦戦するわけがないから――。

 実際、瞬殺されて『モンスター飯』の食材となって美味しく頂いたみたいよ。


 それから一カ月が経ち。

 アスム達は、ようやく『聖剣の里』に辿り着いた。


 が、


「ん? あんたら勇者パーティだと……帰れ、バカ野郎ッ!」


 早々に村人に追い返されそうになったみたい。


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