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第65話 アスム・ヒストリー「聖剣」

 以前にも述べたとおり、『聖剣の里』は勇者の証とされる『聖剣』を守護する里村だ。


 神(多分ゼーレ様)が与えた伝説の最強硬質金属素材である『オリハルコン』が祀られており、一級の腕を持つドワーフ達に加工して『聖剣』へと作り替えるのだと言う。


 なんでも聖剣は特殊な台座に嵌め込まれ、〈神聖錠前セイントロック〉が施されるとか。

 〈神聖錠前セイントロック〉は聖剣を抜こうとする者が、真の勇者であるか力量を図り適正者のみに解錠される特殊魔法であった。

 たとえ選ばれし転生者だろうと転移者だろうと、適正者でなければ抜くことができないとされている。


 そしてかれこれ、20年ほど。

 あらゆる勇者が挑戦するも誰一人として抜いた者はいない。


 理由は簡単。


 今時の勇者の大半がラノベ脳に侵されているからだ。

 俺tueee系願望、実は俺系願望、不本意じゃないのだが系願望を持つ者は、まず抜けない。

 ましてや「スローライフを目指します願望」とか「ハーレム願望」がある者は論外だ。

 『聖剣の里』を代表する長老曰く、「いくら実力と才能があっても精神がお子ちゃますぎだから」だそうだ。


 その通りだけど身も蓋もないわ……そんな連中を転生させた私も恥ずかしいとしか言えない。


 村人達もそんな勇者をこれまで幾度となく見てきたこともあり、訪れたアスムも同じだと思われてしまっている。

 来た早々、帰れコールを受けてしまっていた。


「いきなりバカ野郎呼ばわりか……勇者不信とは聞いていたが酷いじゃないか? 何事も第一印象は大事だぞ」


 冷遇を受けたアスムは呆れた口調で溜息を吐く。


「ふん、どうせあんたも他の勇者と同様に人生舐めた奴らなんだろ!? 偽勇者が」


「そーだそーだ! 神様から与えられた力をさも『自分の力だ』みたいにイキリ散らかしているだろーが!」


「楽して強くなれると思うなよ、この怠慢野郎ッ!」


 やたらと噛みついてくる里村の男達。

 もう半分以上は偏見だと思う。

 しかしそれには理由があるようだ。


「……でも、あの勇者様。今まで訪れた中で一番カッコイイ」


「うん、スタイルも抜群だし、何より足長っ」


「端正なお顔立ちといい、つい見惚れちゃいそう……」


 村娘達が集まって頬を染めながら、アスムのことをぽーっと眺めている。

 その度に男達がヒートアップしているようだ。

 なるほど、つまりやっかんでいるのね。


「――とはいえ、このアスムはフォルドナ王国を代表するれっきとした勇者であることに間違いない。挑戦する資格はあるだろう。それに見ろ、ノイス陛下からの書状もあるぞ。遠方とはいえ、この『聖剣の里』も我がフォルドナと同盟を結んでいる以上、無碍にできまい」


 常識人のガルドは書状を見せつける。

 論破された男達は「うぐぅ……」と奥歯を噛み締めた。


「――その騎士様の言う通りです」


 人混みから凛とした美しい声が響き渡る。

 途端、人混みが二つに割れ、中央に一人の女性が悠然と歩いてきた。

 流れるような綺麗な藍色の長髪を靡かせ、スタイルのよい清楚感を漂わせる美女だ。


「貴女は?」


「はい、勇者様。私はサスターシャ。『聖剣』を管理する責任者です」


「俺は日野 明日夢。にしても随分と若いな……管理しているのは長老ではないのか?」


「私は長老の孫にあたります。お爺様はそのぅ……数年ほど前から寝込んでおりまして」


 なんでも『とある勇者』がやらかしたせいでショックを受け寝込んでいるらしい。

 それ以来、村人達からも余計に勇者不信がヒートアップしているそうだ。


「……噂は聞いているが、その勇者は何をやらかしたのだ?」


 ガルドの問いに、サスターシャは「答えましょう」と頷く。


「その勇者は聖剣を抜く試練に挑み、案の定抜くことができなかったのですが……同時に里に侵入してきた魔物と交戦となり……そのぅ、里を半壊させて逃げ去ったのです」


「嘘だろ? 勇者がそんな真似などするもんか! それだけ凶悪な魔物を相手にして戦いが激化してたってことだろ!?」


 ダリオは否定しつつ、最後に「魔王軍じゃあるまいしよぉ!」と付け加える。

 しかしサスターシャは双眸を閉じて首を横に振るう。


「いえ、あれは明らかな故意です。実際、里に侵入してきた魔物は、たかが数匹のコボルトであり里の男達でさせ威嚇すれば逃げ出すような低級の魔物でした」


「コ、コボルト!? 小人妖精族リトルフのオイラでさえ、素手で殴り倒すことができる連中じゃねぇか!?」


「ええ……そのような魔物相手に勇者は己の固有スキルと思われる高出力の魔力砲を平気で撃ち放ったのです。場所をわきまえずに……そして唖然と見ていたお爺様達に向けて、勇者はドヤ顔でこう言い放ったのです、『ぼくぅ何かやっちゃいました? てへペロ』と――」


 完全にラノベ脳のアレね……そのやらかした勇者、相当な厨二病とみたわ。

 前世の記憶がある癖に何故か常識だけ抜け落ちた類を意識した模倣犯よ。


「なるほど、完全にふざけているな。里を半壊させた者の台詞ではないぞ」


 ガルドは頷き「まったく今時の勇者はなぁ、アスム!」と、何故か彼をチラ見しながら妙な同調をしている。


「……ガルド君、キミは何が言いたい? 言っておくが俺はそんな非常識な真似などしないぞ。壊してしまったら素直に謝る性分だ。なぁ、ハンナ?」


「はい! アスム様は『モンスター飯』では盲目的で空気を読まない方ですが、それ以外の部分だけはわりと謙虚ですぅ!」


「そうそう、アスムは優しいニャア! ただ『モンスター飯』に魅了された狂人勇者だニャア!」


「いや、お前ら誰もフォローになってないぞ! ニャンキーなんて、もろ狂人勇者って言ってんじゃん! あと謝れば済む話じゃないからな!」


「……わかっているよ、ガルド君。どちらにせよ、ここで揉めても仕方ないだろ(みんなが普段、俺のことどう思っているのかわかったからな)? こうしてサスターシャさんが現れたということは、俺に『試練』とやらをチャレンジさせてくれるのだろ?」


「はい。是非について来てくださいませ――」


 アスム達はサスターシャに案内されて行く。


 数十分後。

 里から少し離れた麓の洞窟にそれがあった。


「これが『聖剣ファリサス』です」


 サスターシャは威厳を込めた口調で説明する。


 奥の方で岩々が山のように積み重なり、剣身が固定された一振りの剣が埋まっていた。

 鮮やかな装飾が施された両手用広刃剣バスタードソードだ。

 常に手入れが施されているようで、空洞の隙間から照らされた日差しによって神秘的な光沢を発している。


 その光景に、誰もが「おおっ」と魅入り息を飲んだ。


「……これはどういうことだ、サスターシャさん?」


 しかしアスムだけは違っていた。

 何か疑惑の眼差しを彼女に向けている。


「勇者アスム様、どういう意味でしょうか?」


「あんたの言うとおり、聖剣が刺さっている岩には〈神聖錠前セイントロック〉とやらは施されているようだ。しかし同時に剣と岩の隙間には、強力な接着剤のようなモノまで塗られているぞ」


「本当か、アスム!?」


「ああ、ガルド君。俺の〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉で見極めている」


 気づけばアスムの瞳孔が赤く染まっている。

 密かに固有スキルを発動していたようだ。

料理スキルとはいえ、その精度の高さはパーティ間でも最早折り紙付きとして知られている。


「それってよぉ……あんたらは最初っから、どの勇者にも聖剣を抜かせるつもりがないってことじゃねぇか!」


 ダリオの指摘に、サスターシャは無言で頷いた。


「流石、勇者アスム様……ノイス王から頂いた書状どおり、四天王の一人を斃した実績は伊達ではありませんね。仰る通りです。聖剣ファリスには〈神聖錠前セイントロック〉以外にも簡単に抜けないよう些か細工を施しております」


「どうしてそのような真似を? 貴女達『聖剣の里』の信義に反するのでは?」


「ズルは駄目だニャア!」


 ハンナとニャンキーの指摘に、サスターシャは「わかりました。お話しましょう」と応じた。


「聖剣の素材とされるオリハルコンは、もうその一振りの剣ファリスしか存在しません。したがって我ら『聖剣の里』の者達にとって全てと言える『ファリサス』をワケのわからない勇者が抜き所持させるわけにはいかないのです――」


 この後、サスターシャの口から語られた事実にアスム達は絶句することになる。


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