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第66話 アスム・ヒストリー「試練」

 岩の台座に挟まれている、聖剣ファリス。

 実は〈神聖錠前セイントロック〉だけでなく、意図的に抜けないよう施されていたことを知る。


 アスムは〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を解除し、切れ長の双眸でサスターシャを見据えた。


「ワケのわからない勇者とは、さっき話してくれた『里を半壊させた』という奴のことか?」


「いいえ、勇者アスム様。その者だけとは限りません……大半の勇者に言えることです。特に最近の勇者は女性の扱いが酷いですね。何かの本だかの影響で、大半の女性は自分の承認欲求を満たすだけの道具としか思っておらず、妙なマウントを取ろうとイキリ散らかしてはハーレムを作りたがります。挙句には私も『聖剣抜いたら処女くれ』と迫られたことすらありました」


「……それはキツいですね。男女平等のフォルドナ王国ならとっくの前に有罪ですぅ!」


 同じ女子のハンナは同調し始める。


「はい神官様。奴らが謳う男女平等とは武力に対してのみであり、実際の人権など皆無に等しいでしょう」


「なるほど。フォルドナ王国の勇者様は紳士的な方ばかりですけど、騎士様とかそういうタイプが多いですね。ねっ、ガルド様?」


「そういう話を私に振るな! 迷惑だ! 言っておくが私ほど気を遣う武人はおらんぞ! なぁ、アスム! そうだよぁ、アスム!! 散々私を困らせたお前ならわかるよなぁ、アスムゥゥゥ!!!」


「……どうして俺を名指しで念を押しまくるんだ? 話がズレにズレているぞ。サスターシャさん、あんたら『聖剣の里』の連中が多くの勇者達に対して不信感を抱いているのはよくわかった。しかし魔王討伐を達成するためにも、非協力的な姿勢はどうかと思うぞ」


「お言葉ですが、勇者アスム様。ならば今の勇者達は本気で魔王討伐するつもりはあるのでしょうか? これまで関わってきた私にはそうは見えませんが?」


「他の連中なんぞ知らん。だが少なくとも俺は本気だ。どのような硬質を誇る敵を斬っても絶対に折れない包丁……ぶほっ! け、剣が欲しい」


 今さらりと「包丁」とか言って思いっきり咽たわ、この狂人勇者。


「それとよぉ、もうオリハルコンはその『聖剣ファリサス』しかないって……他の聖剣はどうしちまったんだぁ?」


「はい、小人妖精リトルフ様。嘗て我が『聖剣の里』には三刀の聖剣が祀られておりました。今から約20年前と5年前に二人の勇者が抜き未だ返却されておりません」


「持ち逃げされたニャア?」


 ニャンキーの問いに、サスターシャは「いいえ、お猫様」と首を横に振るう。


「それは違います。聖剣は一度手にすれば所有者が死なない限り、永遠にその手に収められる仕様です。おそらく、二人の勇者は未だ健在なのでしょう。しかし、この度の魔王出現から目立った活躍を耳にしてないことから戦えない状態なのか、あるいは恐れを成して隠れているのか……どちらかと思っています」


「所有する勇者の意志で聖剣を破棄することは?」


「可能です。その場合、自然と『聖剣の里』に戻されているでしょう……この『ファリサス』のように」


「……なるほど話はわかった。ではサスターシャさん、このまま俺が『聖剣を抜くチャレンジ』をしてもいいよな?」


 アスムの言葉に、サスターシャは「え?」と首を傾げる。


「……構いませんが抜けませんよ。アスム様も仰っていたじゃありませんか?」


 なんでも聖剣と岩々の隙間には、『アラクネ』という上半身が人族の女性と下半身が大型の蜘蛛となる最上級クラスの魔物が吐き出す糸を溶かし、僅かな隙間に刷り込ませて特殊加工しているとか。

 アラクネが吐き出す糸には強力な粘着性があり、如何に強靭な腕力を誇ろうと引き抜くことは不可能だと言う。


「――『デスタイト』と呼ばれる強力な接着剤です。横の衝撃には弱いですが、縦の衝撃には絶対的な強度を誇ります」


 つまり岩の台座から引き抜くことは、ほぼ不可能だそうだ。


「要はこの岩から聖剣を取り出せばいいのだろ? 俺に考えがある」


「お考えですか?」


「まぁな……もし俺が取り出せたら、あんたはどうする?」


「私の処女を差し上げましょう」


「……いらん。いきなり何を言っているんだ? 気でも触れたのか?」


 アスムは顔を顰め不快感を露わにし、まともなツッコミを入れた。


「これは失礼。大抵の勇者達は私にそう言わせて、『うっひょ~、超たまんねぇ!』と飛び跳ねて歓喜されているので、異界ならではの通過儀礼かと思っておりました」


 ラノベ脳に侵された勇者達にとって、異世界セーノの美少女達はどの子もチョロく見えるのだろうか?

 そういえば女の子の識別を胸の大きさでしか判別できない連中ばっかだし、処女以外は女子だと認めない節があるからね。


 おまけに他の男子と話しているだけでも、やたらと嫉妬し殺意を漲らせていたわ。

 夢の中でコンタクトを取った時も、そういった悶々とした怨嗟の声ばっか聞かされ、嫌になり応答を切ってやった記憶がある。


「……サスターシャ(頭に来たので呼び捨て)、俺をそいつらと一緒にしないでくれ。いちいち不快だ」


 アスムにとって色欲より、あくまで『モンスター飯』オンリーである。

 それもどーよって気もするけど……。


「大変申し訳ありません、勇者アスム様。それではこれより『試練の儀』を行わせて頂きます。どうぞ前へ――」


 サスターシャに促され、アスムは聖剣が刺さっている岩山の前に立つ。


「おいアスム、大丈夫なのか?」


「細工されているのをわかっているのに、チャレンジするバカはいねぇぞ」


 背後でガルドとダリオが心配している。


「俺に考えがあると言っただろ? ヒントは『マンドレイク』だ」


「マンドレイクですか? あの地面に埋まっている魔物?」


「そうだ、ハンナ。俺がマンドレイクを採取する時どうしていた?」


「わかったニャア! 周りの土を掘って取り出すニャア!」


 ニャンキーの答えに、アスムは口端を吊り上げる。


「流石は『モンスター飯』の師といえる猫――正解だ。そのまま引っこ抜けば、マンドレイクは悲鳴を上げ周囲の者を攻撃する。ならば抜かずに周囲の土を掘って取り出せばいいというわけだ――」


 すると、アスムは拳を高々と掲げて大きく振りかぶる。


 刹那


 ――バゴォォォン!


 フルスイングで拳を岩に叩きつけ殴りつけた。

 ピシッと岩から亀裂は走り、まるで伝染する形で積み重なった岩全体にまで及んだ。


「そして『デスタイト』によって硬く固定された岩同士の衝撃は伝わりやすく、脆く崩れやすくなっている」


 アスムが言った瞬間、どっと岩々が砕け崩れていく。

 その勢いで『聖剣ファリサス』も抜け落ち、彼の足元まで滑って転がった。


「これで晴れて聖剣が俺のモノとなったわけだ――」


 アスムは『聖剣ファリサス』の柄を握り手にする。

 すると聖剣の刃から眩い光輝が放たれた。


「おおーっ! 聖剣がアスムを所有者と認めたぞ!」


 ガルドを初めとするパーティ達が歓喜の声を上げる。

 そしてサスターシャだけが、ぽかーんと口を開けて見入っていた。


「……ま、まさか。台座の岩を砕き、聖剣を取り出すなどと……」


「インチキだと言いたいのか? だがそれを言うなら、先に『デスタイト』で固定したあんたらにも言えるだろ、違うか?」


 アスムの論理に、サスターシャはフッと微笑み首を横に振るう。


「いえ、寧ろ感心いたしました。己が使命を放棄し、意味不明な我欲ばかりを優先される他の勇者ではまず思いつかない発想ですね……アスム様、貴方こそ真の勇者のようです。数々のご無礼、お許しください」


 サスターシャはその場で跪き深々と頭を下げた。

 真の勇者としてアスムを認めた証である。


「別に構わない。俺はただ剣が欲しかっただけだ」


「わかりました。同時に私の処女を差し上げましょう」


「だからいらんと言っている。いちいち何なんだ? 悪いが他をあたってくれ」


 アスムに完全拒否され、サスターシャは真顔で「そうですか……」と少し残念そうな素振りをみせる。

 この女、なんだかんだとアスムに心を奪われたのね……。

 けど相手は変人かつ狂人勇者だから、いくら美少女だろうと決して靡かないわ。


 かくして、アスムは無事に聖剣を手に入れることができた。

 だがこの後、彼は思わぬ事件に巻き込まれることになる――。


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