目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第67話 アスム・ヒストリー「闇森」

 新たな目的地へと向かうため『聖剣の里』を出た、アスム達。

 サスターシャを含む里の人達も、聖剣を手にしたアスムを見直すようになった。

 最後は盛大に里の住人達から見送られていた。


 遡ること一刻前。


「――勇者アスム様、どうかワシらの『聖剣ファリサス』で魔王を討ちとってくだされ」


 里の者達に見送られる中、サスターシャに支えられた長老が懇願してきた。

 随分とやせ細っており枯れ木のような老人だ。

 これまで転生勇者達の横暴にショックを受け寝込んでいたが、真の勇者であるアスムを一目見たいと以前の活力を取り戻したらしい。


「ああ、必ず『魔王討伐』を成し遂げる。その暁には空腹のない世界を築いてみせよう」


「空腹ですかのぅ?」


「そうだ、長老。魔王のせいで各地は食糧難に陥っている……俺はそれが一番赦せん。この聖剣で必ず魔王を討ち斃し、『飢えのない世界を作る』イコール『平和な世界』を作ってみせるぞ!」


 アスムの決意に、里の者達全員が「おおーっ! これぞ勇者様だぁ!」と感嘆の声を上げる。

 特にサスターシャを含む若い女子達から「キャーッ、アスム様ぁ!」と声援を送られ、一部では目が合っただけで「もう激ヤバッ!」と叫び失神する女子もいた。


 最初は声を掛けただけでも唾を吐かれていたのに雲泥の差だ。

もう誰一人としてアスムを信じて疑わない大フィーバーぶりであった。


「……さっき偽勇者だと言って悪かったよ。お詫びにどうかこれを持っていってくれ」


 男の一人がアスムに大きな布袋を手渡している。

 ずっしりと重みがあり、おおよそ5キログラムはある袋だ。


「これは?」


「大豆だ。旅の中、携帯食にでもなるだろ?」


 聞いた刹那、アスムの表情がこれまでにないくらい笑顔になる。


「おお、ありがとう! この里に来て一番の大収穫だ! もう聖剣なんていらないって感じぃ! いっそこの聖剣と大豆を交換しようじゃないか!?」


「ええーっ!? な、何言ってんだ!? 聖剣の方が一番に決まっているだろ! つーか、村人の俺が聖剣持ってどうすんだよ!? 勇者のあんたが持っていろよぉぉぉぉ!!!」


 最後、里の男から「やっぱり、あんたも怪しい勇者だな!」と指摘されてしまう。

 しかしアスムは意に介さず、ご満悦のまま『聖剣の里』を後にした。

 当然、ガルド達はそんな勇者が恥ずかしくて身を縮ませていたのは言うまでもない――。


◇◆◇


 旅の途中。


「――アスムよ、これからどうする? 聖剣を手にした今、このままフォルドナ王国へ戻るか?」


「これだけの大豆だ。醤油と納豆は勿論、豆腐やがんもどき、油揚げ、きな粉、煎り豆、豆乳、ゆばも作れそうだ……ブツブツ。ガルド君は何が食べたい?」


「聞いているのは俺の方だぞ。大豆なんぞ日持ちの良い、ただの野戦食レーションだろうが! 何を早口で興奮しているんだ、貴様は!?」


「はぁ!? ガルド君こそ何を言っているんだ!? キミは正気か!? いいか、大豆の可能性は無限だ! 舐めんなよぉぉぉ!」


「最もイカレ勇者に正気を疑われるほどムカつくことはない……ハンナ、今ここでこいつを殴っていいか?」


「いちいち私を巻き込まないでくださいですぅ! アスム様……ガルド様ではありまあせんが、これから何処に向かわれるのですぅ?」


 ハンナに問われ、舞い上がっていたアスムは「ああ、そうだったな……」と正気を取り戻し始める。


「……このまま『ドワーフの集落』に向かいたいと思う」


「ドワーフの集落だと? ここからさらに北にある鉱山地帯か?」


「そうだ、ガルド君。異世界ゼーレ最高の強度を誇るオリハルコンを加工できる種族は彼らしかいないと聞いている。しかも超一流の腕をもつ、ハイ・ドワーフでなければ不可能だとか」


 アスムは予め冒険者ギルドでその情報を入手しており、それでノイス国王に打診したのだとか。


「……アスム貴様、その『聖剣ファリサス』を例の包丁に作り替えるつもりだな? 私の宝剣をそうしたように……」


「まぁな。俺は最初からそうするつもりで入手しようと思っていた」


 包み隠すことなく、やたら堂々と胸を張って答えるアスム。


「げぇ、マジかよ!? 貴重なオリハルコン製の剣だぞ!? どうして調理包丁に作り替えるだよぉぉぉ!?」


「ダリオ君、それが俺の戦闘スタイルだからだよ。逆に剣だと使いづらい……みんなだって、それで俺の戦闘力がアップするのなら異論はあるまい?」


「確かに貴様は『魔王討伐』の使命だけは本気だ。そこは認めるが……」


「……『聖剣の里』の皆さんが知ったら絶対に殺されるパターンですぅ、アスム様?」


 ガルドに続き、ハンナも懸念を抱いている。


「なら知られなければいい。俺が生きている間、返却するつもりはない。一生、使い続けるぞ」


「武器だけじゃなく調理道具としても使えるから一石二鳥だニャア!」


 唯一、ニャンキーだけはポジティブに捉えていた。


「その通りだ。出刃包丁に作り替えて貰ったらこの鞘は不要となる……ダリオ君、いるか?」


「おお、純金の装飾がされているやつか!? いるぅいるぅ! これだから、多少イカれていてもアスムから離れられねぇぜぇ!」


 がめつい小人妖精族リトルフことダリオは飛び跳ねて歓喜した。

 ガルドとハンナも『聖剣ファリサス』の所有者はあくまで勇者アスムなので、それ以上何も言えないでいる。


((これは二度と『聖剣の里』には立ち寄れないな……))


 ただ心の中でそう思うのであった。


 目的地である『ドワーフの集落』まで歩いて半月ほど要してしまうらしい。

 アスム達は出現する魔物を斃し、『モンスター飯』にして美味しく頂きながら旅を続けて行く。


 途中、『ミスドゥーアス』という森へと入ることになった。

 この森全体はダークエルフ達の呪いが施されていることで知られ、多くの旅人や冒険者達の行く手を阻んでいるとか。


 本来なら森を避け大きく迂回して進むことが安全なのだが――。


「森は侵入者の想念に反応して行先を惑わせるニャア。煩悩と邪念を考えず歩けば問題ないニャア」


 っと支援役サポーターのニャンキーが助言してきた。


「ならオイラは駄目だ。自慢じゃないが狡くて煩悩と邪念の塊だからな」


 盗賊シーフのダリオは自虐ネタなのに何故か胸を張って堂々と言い切る。


「だが森を避けて行くとなると一カ月は無駄にしてしまうぞ……アスム、どうする?」


「森が想念だかに反応するのであれば、通る間だけでもダリオ君の意識を断ってもらうってのはどうだ? 幸い彼は小柄で軽い。俺かガルド君が背負えば問題ないだろう」


「なるほど、流石アスムだ。貴様は狂人だが妙なところで機転が利く……というわけだ、ダリオ。頭と顎を出せ、私がブン殴って気を失わせる」


「はぁ!? だ、旦那(ガルドのこと)、そりゃあんまりだぜぇ! 他に方法がないのかよぉ!? 魔法で眠らせるとかよぉ!」


「生憎だがダリオ君、俺達のパーティに魔法術士ソーサラーはいない。ならいっそ、俺が背後からヘッドロックで失神させようか?」


「どちらも暴力じゃねーか! このパーティにまともな奴はいねぇのか!?」


 無論、神官で回復術士ヒーラーのハンナもそのような魔法は持ち合わせていない。


 すると、


「こんなこともあろうかとニャア! ボクは即効性のある睡眠薬を持っているニャア!」


「おお、ニャンキー! やっぱあんたはすげぇ猫だぁ! ほら見ろ、唯一まともな奴がいるじゃねぇか!?」


(まともだと? このミーア族が? こいつはアスムを『モンスター飯』へと、さらに狂人ぶりを加速させた元凶の戦犯猫だぞ……)


 ガルドはその台詞を喉元まで出かけたが、パーティの輪を乱さないよう密かに飲み込んだ。


「ただ、この睡眠薬はボクの逃走用の切り札で、本来なら魔物相手に使う薬だニャア。知的種族だと強力すぎて丸一日は寝てしまうから覚悟するニャア」


「わ、わかったよ(そういやこの猫、よく戦闘時は仲間を見捨てて逃げてまくっていたな……実はオイラより卑怯かもしれねぇぞ)」


 ダリオはニャンキーから睡眠薬を受け取り服用した。

 途端、彼はその場で倒れ「ぐーぐー」と寝息を立てている。


「凄いな。もう効いたのか……ダリオ君は俺が背負おう」


 こうしてアスム達はミスドゥーアスの森へと入って行く。

 ニャンキーの説明では進路方向へ真っすぐ歩けば約半日ほどで通過できると言う。


 しかし、


「――ん? みんな何処だ?」


 途中、アスムの視界が真っ白となり深い霧に覆われてしまう。

 気づけば仲間達とはぐれてしまっていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?