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第68話 アスム・ヒストリー「屍の町」

 ミスドゥーアスの森に入ったアスム達。

 進む中、ふと視界が真っ白となった。

 アスムはダリオを背負ったまま孤立していることに気づく。


「みんな何処だ? まさか俺だけがダークエルフの呪い効果で迷った……バカな、この俺に煩悩と邪念など――ハッ!?」


 アスムは自分を振り返り思うところがあった。


 数分前、


(――やはり大豆といえば納豆作りかな。だが納豆菌はどこで手に入れる? 基本は稲藁、枯草、落ち葉などに棲息するが、この森で手に入るだろうか? ああ早く作りたい! 納豆を使用した『モンスター飯』を試したい! 海外では日本の奇食と知られる納豆を異世界の奇食である『モンスター飯』と融合させ、俺が至高の一品に化けさせてやる! ああ今から心が躍るぅ! 作りてぇ、作りてぇ、作りてぇぇぇぇ――……(Endless))


 そう実はこの男こそが、もろ煩悩と邪念の化身であったのだ。


「……むにゃ、アスムゥ……もう森を抜け出たのかぁ?」


 背負っているダリオが目を覚まし始める。

 ニャンキーの話では丸一日は寝ている筈だが、一流の盗賊シーフ罠術士トラッパーでもある彼の危険察知能力が疼いたようだ。


 アスムは瞬時にダリオを降ろし、素早く背後に回り両腕で頭蓋骨固めヘッドロックを極める。


「悪いがもう少し眠っていてくれ」


「うごぉ――!?」


 ダリオは白目を向いて失神した。

 これ以上、煩悩と邪念の基を増やしては何が起こるかわからないと判断したようだ。

 アスムは「ふぅ」と溜息を吐き、再び小人妖精リトルフを担ぎ背負った。


「はぐれてしまったのなら仕方ない。まずは森を抜けることを優先しよう」


 双眸を赤く染め、〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を発動する。

 しかし濃霧のせいで視界が覆われ、全体を見通すことができない。


「チッ、見ることができなければ無効化されてしまう……それが〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉の弱点と言える」


 森に入る前に聞いたニャンキーの助言を思い出し、アスムは真っすぐ歩くことにした。


 数時間ほど移動すると、不意に霧が晴れ渡る。

 視界が良好となり辺りを見渡すと、いつの間にか森を抜けていた。


 薄暗く既に夜となっている。

 古びた民家が点々と並んでおり、どこかの村に辿り着いてしまったようだ。


 にしても、


「……どの建物も随分と荒れている。廃村なのか?」


 アスムはそう思った。


 無造作に草木が茂る、荒み廃墟と化した建物ばかりだ。

 何より人の気配がない。

 さらに至る場所には魔物のらしき爪痕があり、通り道には馬の蹄と思われる跡が幾つも見られていた。


(どうやら魔王軍の襲撃を受けたようだな……)


 アスムは〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉で見極める。

 だが同時に思った。


(侵略したなら何故占領していない? この村に戦略的な価値がないのか? いや、奴らは無駄な侵攻はしない……いくら強大な力を誇ろうと、そこまで余裕がある兵数ではないからだ)


 各地に猛威を振るい年々侵略地を増やしている魔王軍だが、その数は限られている。

 魔族で補えない兵力は獰猛な魔物を飼い馴らし、あるいは人工的魔法生物のスケルトンやゴーレムを生成して不足を補うことが多い。

 特にこういった辺境の村などは基本、新たな侵攻の準備として戦略的な拠点地として占拠することが魔王軍のやり方であった。


 刹那、アスムの足取りがぴたりと止まる。


「――なるほど、既に囲まれているということか」


赤い光輝を宿す双眸から浮き出された二つの魔法陣が回転し何かを索敵した。

 アスムは背負っているダリオをドサッと地面に落とし覚醒を促している。

 案の定、臀部を強打する形でダリオは目を覚ました。


「い、痛ッ! 何すんだよぉ、アスム!? ん? てかここは何処だ!?」


「説明は後だ。それより敵に囲まれている――アンデッドだ」


 ダリオは「なんだと!?」と叫び軽快に飛び跳ねて立ち上がる。


「ハ、ハンナは!? ガルドの旦那とニャンキーもいねぇじゃねーか!? あっ、ニャンキーはいつもどっかで隠れているから普通か……」


「三人はこの場にいない。奴らがもうじき姿を見せるだろう。その前にキミの固有スキルで足止めしてくれないか?」


「……わかったよ」


 ダリオは懐から三本の小さなナイフを取り出し投擲した。

 ナイフは三方向に分かれ各々の地表に突き刺さる。


 それと同時だった。


 薄闇から、ぞろそろと複数の何かが歩いてくる。

 非情にゆっくりとした動作で酔っ払ったような千鳥足ばかりだ。


 シルエットからして人族の男女であるが、何かが違っている。

 近づく度に異臭を放ち、爛れ落ち腐敗した皮膚。目玉や鼻など、何かしらの部位が欠損しており、中には腸を晒している者もいた。


「――屍腐乱鬼ゾンビか。ざっと見て20人はいる」


 ゾンビとは魔法の力で死体のまま蘇り動く人族のことだ。

 腐敗が脳まで達しているため自我がなく、生きる血肉を求めてひたすら彷徨い徘徊する屍の鬼であった。

 戦闘力はあってないようなものだが集団性を好み、数の暴力で襲い掛かる傾向がある。


 最も厄介なのはゾンビに噛まれると、その者も数時間後にはゾンビと化してしまう感染性ウイルスを宿していることだ。

 弱点は首を刎ねるか頭部を破壊するかの二択。また三日間、空腹のままだと餓死して死ぬとか。

 それ以外は手足を失おうと、目標に対してひたすら突き進む性質を持つ。


「身に着けている衣服から、この村の者達か? どこかで魔王軍が潜んでいるのか?」


「んなことよりも、アスム! 今は神官プリーストのハンナがいねぇ! 噛まれたらヤバいぞ!」


 アスムとダリオが互いに背中を預け合い警戒する中、ゾンビ達は真綿で首を絞めるかのように徐々に近づいて来る。

 先程、地面に突き刺したナイフの位置に足を踏み込む。


 その刹那だ。


 ――ドオォォォン!


 地面が陥没し、ゾンビ達は次々と落下した。


 アスムとダリオを中心に円を描く形で深く抉られた空洞。

まるで人為的に造られた落とし穴のようだ。


「見たか! これがオイラの固有スキル――〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉だぁ!」


 触れた箇所に即席でトラップを仕掛け、引き金トリガーにより作動させる能力である。

 ダリオが投げたナイフに能力を施し、突き刺した領域エリアに踏み込むことで「落とし穴の罠」を仕掛けたのだ。


「相変わらずいいなぁ……ダリオ君のスキルは。罠こそ狩りの基本……その能力さえあれば、色々な魔物を狩り『モンスター飯』の食材を容易に調達できるのだが……」


 アスムは瞳を輝かせ羨望の眼差しで見入っている。

 後々この狂人勇者は我慢できず、半ば強引に闇ルートで〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉を複製コピーして〈スキル移植〉で獲得してしまうのは言うまでもない。


「それよりもよぉ! 穴に落ちたゾンビ共はどうすんだぁ!?」


「放っておけばいい。どうせ赤子並みの移動能力しかない連中だ。自力で這い上がることはできんよ。三日放置すれば餓死して朽ち果てるだろう」


 アスムは吐き捨てるように言い、高々と跳躍して軽快に穴を飛び越える。

 腰元の鞘に収めた『聖剣ファリサス』を抜き、速攻で残りのゾンビ達に斬撃を与えて首を刎ね飛ばした。

 瞬く間で視界内に存在する全てのゾンビ達が一掃されていく。


「おお、イカレても流石は勇者だなぁ! 戦闘力だけは抜群に高けぇ!」


 ダリオはテンションを上げながら陥没した穴を軽々と飛び越える。

 穴に落ちたゾンビ達が呻き声を上げながら必死で手を伸ばしているも、地上に届くことはない。アスムが言うように自力でよじ登る能力はないようだ。


「……切れ味は申し分ないが、やはり両手用広刃剣バスタードソード型の剣だとしっくりこない。一刻も早く『ドワーフの集落』に行かないと」


 アスムは聖剣の感触を確かめ、ブツブツと不満を口にしている。


 その時だ。


「――なるほど。聖剣持ちの勇者か……こいつは面白いねぇ」


 男の声。


 音もなく何者かが近づいて来る。

 月明かりに照らされ姿を見せる鎧とマントを纏った謎の男。


「何者だ、お前?」


 アスムは聖剣を掲げ警戒度を上げた。


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