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第69話 アスム・ヒストリー「屍の勇者」

 突如、現れた謎の男。

 頭部以外の全身に傷だらけの鎧を纏っており、背中には長剣を携えている。

 風に靡いているマントはボロボロであり、まるで敗残の騎士だ。


 そして露出した顔は若い青年風で、癖毛のある黒色の短髪に整った顔立ちをしていた。

 反面やたらと皮膚が青白く所々が爛れており、瞳孔が真っ赤に染まっている。


「……こいつは驚いた。お前も屍腐乱鬼ゾンビなのか?」


 アスムは固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉で男の本質を見定める。


「まなぁな――オレはケニー。そう呼ばれている」


 男は曖昧な口振りだが、どこか親しみのある口調で自己紹介してきた。


「ケニーか……どう見ても東洋人のようだがな。しかし、ここまで意識を保ったゾンビは初めて見たぞ」


「噂に聞く、屍腐乱鬼の感染源者ゾンビ・マスターじゃねぇのか!? きっとこいつが村の連中をゾンビに変えやがったんだ!」


 ダリオの言葉に、ケニーは口端を吊り上げるも首を左右に振るう。


「……そいつは違うな。それと用があるのは聖剣を持つ勇者、お前だ」


「俺だと?」


「そうだ。お前に仕事を依頼したい」


「仕事……つまりクエストか?」


「ああ、さっきの腕前を見せてもらった。聖剣の扱いに少し戸惑いがあったが、まぁ合格だ……確かそれ、『聖剣ファリサス』だろ?」


「随分と詳しいゾンビだな……まさか、あんたも同じ勇者か?」


 アスムの問いに、ケニーは「フッ」と歯を見せ頷く。


「察しがいい……いや、その『目』のスキルか? そうだ、俺もあんたと同じ転生者であり勇者だ。っと言っても、今は見ての通りただのゾンビだがな――」


 ケニーの話だと約5年前に、私こと導きの女神ユリファによって転生された最初の頃の勇者であるとか。


 思い出した……本名は『後藤ごとう 賢司けんじ』。

 元プロのサッカー選手で37歳だ。見た目が若いのは本人にとっての全盛期の姿ね。

 確か年齢と怪我が原因で引退した後、ファンだった子の逆恨みで駅のフォームから突き落とされ亡くなったんだっけ。


 私も当時は奮発して条件の見合う人間の魂を片っ端から転生させていたから、彼のことをすっかり忘れていたわ。

 性格の【備考欄】では、「慎重かつ計画的で、とにかく潔癖症」と表記されていた筈よ。

 そのケニーから大まかの話を聞いたアスムは瞳を細めていた。


「ゾンビになったのは噛まれたからか?」


「そうだ。かれこれ半年ほど経つ」


「……半年だと? にしては保存状態がいいな」


「見栄えに関しては自己管理をしっかりやっているからだ。こう見ても潔癖症なんでね……だが所詮は生きる屍、肉体の内部は腐敗していることに変わりない」


「け、けどよぉ……あんたはどうして理性を保っているんだぁ? そんなペラペラ身の上を喋るゾンビは初めて見たぜぇ……」


小人妖精リトルフの坊や、いや兄さんか? それはオレの固有スキルが影響している――〈固定定着フィックス〉という、何かを任意で固定して定着させる能力だ」


 恐る恐る問うダリオの疑念に、ケニーは気前よく答える。


 〈固定定着フィックス〉とは能力者が触れたモノを固定させる能力で、物質だけでなく生物も固定させ動けなくさせることができる。

 シンプルな能力であるが汎用性が高く、敵の武器や魔法を奪い固定させ定着させることで自分の技能スキルとして習得するなど非常に幅広い。

 ケニーが言うには、この〈固定定着フィックス〉のおかげで自分の意識を固定させ理性を保ち続けているのだと言う。


「なるほど……敵ではないと判断した。それと実年齢も俺より年上だから、あんたのこと『ケニーさん』と呼ばせてもらうぞ。して俺に頼みたい仕事とはなんだ?」


「おっと、アスム! 仕事の依頼なら、当然、依頼料を貰う必要があるぜぇ! あんた、金は持っているんだろーな!?」


 がめついダリオは威勢よく言い放つが、何故かアスムの背後に隠れていた。


「生憎、金は持ち合わせていない。だが――」


 ケニーは腰に携えていた剣を取り出す。

 剣身が片手剣ブロードソード短剣ダガーの中間くらいの長さであり、鞘には黄金の装飾が施されている。

身に纏う鎧とは異なり一切のくすみが見られない上質な剣であった。


「代わりにこれをお前にやる。『聖剣ゼフォス』だ」


「ゼフォス? そうか5年前、『聖剣の里』で聖剣を抜いた勇者は、ケニーさんだったのか?」


「ああ、だがこの聖剣はサブウェポンとして使っている。普段は背中のロングソードがメインだ」


 オリハルコン製なので切れ味や耐久性こそ絶対だが、その形状上ケニーの戦闘スタイルに合っていないのだとか。

 アスムとは逆のニーズがあるようだ。


「いいのか? サブ使用でも大事な剣だろ?」


「ゾンビと化したオレが持っていてどうする? 現役の勇者であるお前が持っておくべきだ」


「俺は日野 明日夢だ。わかった、内容にもよるが仕事を引き受けよう……ダリオ君、いいよな?」


「……チッ、金じゃなく剣かよ。けどアスムの戦力アップにはなるか。それに鞘も上質だし、どうせそれも包丁に改造しちまうんだろ? だったら鞘だけでも、オイラにくれよぉ」


「わかった約束しよう。その代わり俺が煩悩と邪念とやらで、ガルド君達とはぐれてしまい、この村に迷い込んでしまったことはチャラにしてくれ」


「しゃあねぇなぁ……って待てよ? え? アスムどういう意味だ!? こうなったのも、お前のせい!? 勇者の癖に邪念と煩悩って何よぉぉぉ!?」


 アスムから説明を受け、ダリオは「はぁ!? 大豆のこと考えて呪いにハマっちまっただとぉぉぉ!? テメェって奴はガチでイカレてんなぁ!」と罵られ叱責されてしまう。

 だがアスムは全く悪びれず、しれっと「俺にとって包丁に似た『聖剣ゼフォス』の方が使い勝手が良さそうだな……」と関係ないことを呟いている。


 その光景をケニーはなんとも言えない表情で呆然と眺めるシュールな絵面と化していた。


「……お前ら揉めるのは勝手だが、依頼内容を説明していいか?」


「わかった、頼む」


アスムこいつに『へこたれる』って言葉はないのか? どうしていつも平常運転なんだよぉ……」


 ダリオがアスムのメンタルを疑う中、サニーより詳細の説明がなされた。

 まずはこの村についてだ。


 ――ここは『セラギ』の村という名で、ミスドゥーアスの森から数キロほど離れた場所に位置する農村地域である。


 半年ほど前、魔王軍は領国を攻め入るため、このセラギ村を拠点地にしようと攻めてきた。

 だが、たまたま近くの町で滞在していた勇者ケニーとパーティ達が立ちはだかり応戦する。

 戦いは勇者ケニー側が優勢で魔王軍の兵士と魔物らを全滅に追いやったが、最後に残った将軍クラスの幹部によって返り討ちに遭ってしまう。


 ――屍術師ネクロマンサーシグマという魔族だ。


 死霊使いとも呼ばれ、死者や霊を用いた呪術ネクロマンシーを操りスケルトンや屍腐乱鬼ゾンビを生成することができる。

 シグマはその力で死んだ村人を屍腐乱鬼ゾンビに変え、村中を感染させたと言う。


「――当時、パーティの仲間も村人に噛まれゾンビとなってしまった……そしてオレも仲間に噛まれてしまい、この身体になっちまったということさ」


 ケニーは説明しながら首筋に刻まれた噛み痕を見せてくる。


「その仲間達は今どうしている?」


「一人を残し、オレが首を刎ねて殺した。その最後の一人はオレが責任を持って殺す。アスム、お前はシグマを殺してくれ」


「そのシグマという屍術師ネクロマンサーは今もこの村にいるのか?」


「ああ、ここは一応拠点扱いみだからな。魔王軍も人手不足の事情もあり、兵の補充はなく村人のゾンビが彷徨っているだけだ。おかげでオレも連中に紛れ、シグマに見つからずに済んでいる」


「だったら、ケニーさんがやればいいじゃないか? ゾンビの群れに紛れて、そいつを暗殺する方法だってある」


 アスムの言動に、隣で聞いていたダリオは「少なくとも勇者の発想じゃないぞ!」とツッコミを入れている。

 対して、ケニーは無言で首を左右に振るう。


「……ゾンビと化したオレはシグマを殺せない。パワーバランス上、奴はオレの『主』扱いだ。いくら意識を固定しようと、この肉体が奴に背くことを許さない……そういう縛りがあるんだよ」


「それで俺を雇ったのか? わかった、シグマは俺が必ず斃そう」


「すまない、助かる」


「ただしケニーさん、あんたに一つ頼み事がある――」


 アスムは言いながらニヤリと口角を吊り上げて見せた。


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