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第70話 アスム・ヒストリー「納豆作り」

 屍腐乱鬼ゾンビのケニーから魔王軍の幹部である屍術師ネクロマンサーシグマの討伐を依頼され、引き受けた現役の勇者アスム。

 彼には何やら思惑があるようだ。


「オレに頼み事だと? 何だ、それは?」


「……その前にケニーさん、この村に『わら』はあるのか?」


「ああ農村地域だからな。その辺の小屋の中にある筈だが……どうして訊く?」


 ケニーの問いに、アスムは「グッド。好都合だ」と不敵に微笑む。


「――納豆を作るんだよ。せっかく上質な大豆があることだしな……ここは禁断の『藁納豆』といこうじゃないか、ん?」


「いや戦闘関係ないじゃん! シグマる件はどうしたんだよぉ!?」


 ダリオの至極当然の指摘に、アスムは瞳をギラギラと輝かせる。


「無論、そいつは俺が斃す――だが、その前に納豆作りだ! ダリオ君、俺は早く作りたくてうずうずし、勇み立っているのだよ!」


「だからどうして納豆作りが優先されるんだよ!? そこがわかんねーよ!」


「ぶっちゃけると割に合わない――」


「は?」


「だから割に合わないと言っているんだ。考えて見ろ、シグマという屍術師ネクロマンサーは幹部クラスである以上、常時ゾンビ軍団に護られているに決まっている。そんな中、俺は単身で乗り込み戦わなければならない……しかも慣れない武器でな。正直、依頼料も聖剣一本じゃ割に合わないと思っている」


「……そりゃそうだけどよぉ。でも狡い性格のオイラやニャンキーならともかく、アスムが損得勘定を主張するなんて珍しいよなぁ? そういうの皆無なイカレ勇者だと思ってたによぉ」


「酷い小人妖精族リトルフだな、キミって奴は……俺だって損得で動くことだってあるさ(主に『モンスター飯』に関してだが)。というわけでケニーさん、依頼料として『聖剣ゼフォス』を貰うだけでなく、俺と一緒に納豆作りに協力してほしい――それが引き受ける条件だ!」


 アスムは真剣な表情を浮かべて妙な追加要求をしてくる。

 その脈絡が皆無で突拍子のない内容に、ケニーは「ん? んん?」と首を傾げ戸惑っていた。


「……よくわからんが、アスムよ。お前が相当変わった勇者だってのは理解した。だがオレも無茶な依頼していることは百も承知だ……わかった、いいだろう。オレで良ければ納豆作りを手伝うよ」


「ありがとう! これでお互い成立したな! なっ! なっ! なぁぁぁっ!」


「やたらと『な』を連呼するな。さっきから目を血走らせ何を興奮しているんだ? それでオレは何を手伝ったらいいんだ?」


 ケニーの問いに、アスムは冷静になり「そうだな……」と思考を巡らせる。


 束の間。


「――ケニーさん、『キビヤック』という料理を知っているか?」


「また唐突なことを……ああ知っている。エスキモー諸民族に伝わる発酵食品だろ? 海鳥をアザラシの死体の中へと詰めこみ、地中に長期間埋めて作るガチ系の奇食料理だったよな?」


「その通り、流石は同じ転生者だ。嘗て過ごした地球では世界第四位を誇る激臭の食べ物で、奇抜な調理方法と完成後もグロさ満点の奇食だが、味の方は意外にも鳥の芳醇な旨味があると言う……無論、日本人の俺達では縁遠い料理だ」


「それがなんだと言うんだ?」


「だから、その『キビヤック』と同じ発酵法で納豆を作る」


「は? 何を言っているかさっぱりわからん」


「いいだろう。まずレシピを説明しようじゃないか――」



【ゾンビのキビヤック風・藁納豆】

《材料》

・大豆

・枯れたわら

・ケニーさん(屍腐乱鬼ゾンビ


《手順》

1.大豆を洗い水に一晩浸しておきます。

2.浸し終えたら5時間ほど煮詰めましょう。

3.それまでの間、大豆を包むための『藁苞わらづと』を作ります。

・藁は片手で握れるくらいの量を用意し、ごみや枯れ葉を取り除きます。

 ・藁を束ねて下部を揃え、下の方を糸で縛ります。

 ・縛ったら上の部分のわらを1本ずつ丁寧に折り返します。

 ・下の方を固くしばり、余った先の方は切り揃えます。

4.完成した『藁苞』を消毒するため沸騰した鍋に入れて10分ほど煮詰めます。

・煮沸することで藁に潜む雑菌はいなくなり、熱に強い納豆菌だけが生き残るでしょう。

・水煮した大豆を藁苞の中に入れ綺麗に整えたら布に包みます。

5.いよいよケニーさんの出番です。※注:ここからはグロ注意でお願いします。

 ・予めケニーさんの腹部を裂いて不要な内蔵を取り除きます。

 ・『藁苞』をケニーさんの腹部に入れ縫合して密封して二日間放置します。

 ・その間、より恒温を保つため、ケニーさんには土の中で過ごして頂きます。

6.二日後、ケニーさんから『藁苞』を取り出し、半日から一日ほど風通しのよい日かげに放置します。

7.藁の中で納豆菌が発酵され、大豆が上手に納豆になっていれば完成です!



「――という感じで作りたいと思う。どうだ、燃えるだろ?」


 おいおいおいおいおいぃぃぃぃぃ!!!


 この狂人勇者、何しれっと燃えるとか言っとんねん!?

 5.の工程辺りから、すっかり倫理に反しているんじゃないのぅぅぅ!?

 つまるところ、ゾンビのケニーさんをアザラシの死体代用にしているだけじゃないぃぃぃ!

 完全に狂気の沙汰よ! この無駄イケメン、超引くわァァァッ!


 ――っと。

 私が(ユリファ)その場にいたら全力でツッコんでいるところよ。


 実際にレシピを聞いた、ケニー本人とダリオはやっぱり絶句している。


「……ふぅ、アスムさんよぉ。ちょっと来てもらっていいか?」


「なんだ、ダリオくん?」


 二人はケニーから少し離れ、互いに向き合う。

 ダリオは息を吸い込み深呼吸を繰り返した。


「アスム……テメェが狂っているのは既にわかっている。けどよぉ、ケニーの腹部を裂いて納豆を入れるとかってどーよ? それで『禁断の藁納豆』だと言ったのか?」


「それは誤解だぞ、ダリオ君! 藁納豆を『禁断』と称したのは、過去にサルモネラ菌により食中毒の事故が発生し、それ以後は製造が禁止されてしまった理由からだ! しかし職人達の決死の愛と努力の末に一部では絶対に食中毒を発生しない製法を確立し、奇跡の復活を遂げた店もある! どうだ、感動する話だろ!?」


「しねーよ! つーかどうでもいい、うんちくじゃねーか! オイラが言いたいのは、やり方の問題だっての! ケニーだって流石に可哀想だろ!?」


「心配ないぞ。彼はゾンビだ。腹を裂こうと臓器を失おうと傷みはないし、死ぬことも決してない。取り除いた内蔵は俺の〈アイテムボックス〉で保管し、後できちんと戻して縫合するから安心してくれ」


「……お前、女神様から貰った恩寵ギフトを何だと思ってやがるんだ?」


 ダリオ君、ガチそれ……私がアスムにずっと言いたかったことよ。


「――オレは構わんぞ、小人妖精族リトルフの兄さん」


 二人の不毛なやり取りが丸聴こえだったのか、ケニーがあっさりとした口振りで承諾すしている。


「マ、マジで? あんた、狂人勇者のしょーもない納豆作りの容器にされちまうんだぞ?」


「別に良いと言っているだろ。それでアスムが満足してシグマを斃してくれるなら本望だ。ただし、オレを『丸2日間、土の中で過ごさせる』という案は却下だ。オレもお前らと一緒に戦う――それがオレからの絶対条件だ」


「しかしケニーさんはゾンビで言わば動く死体だろ? 自力で体温を維持することができるのか? 言っておくが納豆菌の発酵を適正に進めるためには35度から40度の温度を保つのが理想なのだ。キビヤックとてその為に地中で長期間埋めるから美味しく発酵させられるんだ」


 アスムの懸念に、ケニーは「フッ」と笑みを零す。


「忘れたのか? オレには固有スキル〈固定定着フィックス〉がある。体温を40度に固定させれば問題あるまい」


「……なるほど、その手があったか。まさに動く『恒温器』というわけだな?」


「そのとおりだ。見てろ、戦いながら納豆を美味く発酵させてやんよ!」


 やたらと盛り上がるアスムとケニーさん。

 その傍らで――。


「え? え? 『オレもお前らと一緒に戦う』だって? お前って、あ、あれれぇ……ひょっとしてオイラも戦うことになっているのか? なぁアスム、ケニー、答えてくれよぉ!」


 ダリオは疑問を投げかけるも、二人からスルーされてしまったのは言うまでもない。

 こうして狂人達により狂気の納豆作りが開始された。


 そして二日後。

 屍術師ネクロマンサーのシグマを討伐するため、アスム達は動き出す――。


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