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第71話 アスム・ヒストリー「屍術師」

 討伐対象である魔王軍幹部の一人、屍術師ネクロマンサーのシグマは村の領主である男爵邸を占拠し隠れ家アジトにしているとか。


 当然、周囲には屍腐乱鬼ゾンビと化した村人達が護衛役として彷徨っているらしい。

 ゾンビは移動速度こそ千鳥足で遅いものの、嗅覚が異様に優れており1キロ離れた先でも生きている知的種族を嗅ぎ分けることができる。

 そして発見しようものなら、数の暴力で一斉に襲い掛かり食らい尽くす習性があった。


 アスムとダリオは屍腐乱鬼ゾンビであるケニーから血液を分けてもらい、民家から拝借した二枚のシーツに染み込ませて羽織っている。

 こうすることで敵に臭いが探知されることなく、アジトの男爵邸まで近づくことができていた。


「――ケニーさん、腹の調子はどうだ? あるだけ『藁納豆』を詰め込んでしまったが……」


「少し張っているようだが別に問題ないぞ、アスム。元々ゾンビであるオレに痛みや違和感はないからな」


「よぉし! 後で取り出してみよう! きっといい感じで納豆菌が増殖し発酵しているに違いない!」


「『よぉし』じゃねーよ! お前ら敵地の前で何納豆の話してんだよぉ!? 緊張感持てよなぁ!」


 木々に紛れ身を隠しながら盛り上がっている二人に対し、ダリオが至極真っ当な指摘をしている。


「……すまん、ダリオ君。つい気になってな。作戦どおり、このまま俺が囮になるからフォローを頼むよ」


 アスムはそう言うと覆っていたシーツを脱ぎ邸宅に向かって歩き出す。

 延々と彷徨っていた村人ゾンビ達は、その鋭い嗅覚で瞬時に彼の存在に気づいた。


「うぅぅぅぅぅぅ――!」


 不気味な呻き声を発し、酔っ払いのような拙い足取りで近づいて来る。


「もう少し引き付けるか」


 アスムは動じることなく、軽快な足取りでゾンビ達と一定の距離を保ちながら誘導した。

 やがてゾンビ達が一箇所に集中し始める。


「ダリオ君、そろそろ頼む」


「わかったよ――〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉!」


 血糊のシーツに包まり、アスムの背後に隠れていたダリオが前に出てきた。

 そのまま地面に両手を触れた刹那、


 ズドォォォ――ン!


 眼前で一帯が大きく陥没し、多くのゾンビ達が雪崩れる込む形で落ちて行く。

 穴底には鋭利な尖端を持つ杭が何本も埋め込まれており、ゾンビ達の胴体や足を貫き身動きが取れずに藻掻いていた。


 触れた箇所に即席でトラップを設置する能力――それがダリオの固有スキル〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉である。

 また直接触れることで範囲と威力が向上する性質を持っていた。


 アスムは羨望した眼差しをダリオに向ける。


「やはりキミの固有スキルは素晴らしいなぁ……心から憧れるスキルだ」


「あんがとよぉ。けどその代わり一つのトラップ設置の持続時間が最長で10分程度と短いけどな……大掛かりなトラップほど時間が短くなる欠点もあるぞ」


「しかし、ニャンキーの強制的に誘導させる〈偽装誘引フォルス〉と掛け合わせれば無敵と言える能力じゃないか」


 アスムの称賛も決してお世辞ではない。

 後に〈スキル移植〉したアスムが魔王城で〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉と〈偽装誘引フォルス〉のコンビネーションで多大な戦果を挙げることになるからだ。


 かくして邸宅を護る大半のゾンビを削ることができた。

 しかし遠くから別のゾンビ達がゆったりとした速度でこちらに向かっている。

 ダリオは渋い顔で「うげぇ……」と言葉を漏らした。


「やべぇぞ、アスム! こりゃキリがねぇ! 言っとくが一度に設置できるトラップも限られているからなぁ!」


「わかっている。いちいち全員を相手にする必要はない。体制を立て直される前に正面突破だ」


 アスムは冷静な口調で言い、腰に携えている両手剣型の『聖剣ファリサス』を引き抜いた。

 だが心なしか眉を顰めている。


「――アスム、良かったらこれを使え」


 ケニーが近づき、短剣ダガー型の『聖剣ゼフォス』を手渡してきた。


「……いいのか?」


「言ったろ、オレの戦闘スタイルでは、ただのサブウェポン的な武器だと。お前なら上手く使いこなせるだろう」


「助かる。ならば長剣使いのケニーさんに、俺の『ファリサス』貸そう」


「そうか、それは有難い。聖剣なら魔法攻撃や幽体だろうと特性を無視して斬れるからな」


 現役勇者と元勇者の二人は互いの武器を交換した。


 アスムは手にした『聖剣ゼフォス』を巧みに掌の上で回転させてみせる。

 出刃包丁と同じくらいのサイズだからか、両手剣より使い勝手がよさそうだ。


「――よし! 改良は必要だが幾分かマシになったぞ!」


 アスム達は脇目を振らず突撃を開始する。


 迫って来るゾンビ達を薙ぎ払い正門前に辿りつくと、盗賊シーフのダリオが一瞬で解錠して男爵邸宅の敷地に入ることができた。


 直後、上空を彷徨っていた数体の『幽霊ゴースト』が襲い掛かってくる。

 幽霊ゴーストは実体のない幽体であるため物理攻撃が通じず、神聖魔法による浄化や魔力で吹き飛ばすしか倒す方法はない。


 だがアスムとケニーが持つ聖剣であれば容易に斬り裂くことが可能であった。

 勇者二人の圧倒的な戦闘力により、幽霊ゴースト達は蹂躙され殲滅される。


「……この幽霊ゴーストらもシグマの仕業なのか?」


「ああ、屍術師ネクロマンサーは死体だけでなく魂も意のままに操る。番犬代わりに彷徨わせているのだろう」


 ケニーの説明にアスムは不快な表情を浮かべる。


「命を冒涜するだけでなく、死後の尊厳まで奪うとは……そのシグマという外道、生きる資格がないと判断する。必ず俺が葬り去ろう」


 逆手で聖剣を振るい断言した。


 束の間。

 邸宅の扉が開けられ、内部から邪悪な魔力が放出される。


「シグマが来るぞ、アスム!」


 ケニーが叫ぶと同時に、入口から二人の男女が姿を見せた。


 一人は漆黒の魔道服ローブを纏う男。

 露出した顔と手が随分と痩せ細ったスキンヘッド、まるで髑髏がそのまま露出したような容貌。両耳の先端が尖っている魔族だ。

 男は窪んだ眼光でアスム達を見据え不敵に笑っている。


 もう一人は軽装な鎧を纏う、艶やかな長い金髪を靡かせた女騎士だ。

 ケニーと同様、青白い皮膚に瞳孔が真っ赤に染まっていた。

 おそらく屍腐乱鬼ゾンビと思われるが、ケニーよりも皮膚状態が良く随分と美しい顔立ちをしている。

 女騎士は恍惚な微笑を浮かべ、すがるように痩せこけた男の腕の中で寄り添っていた。


「……ぐっ、デアナ」


 ケニーが女騎士に向けて呟く。


「デアナ? そうか、あの女騎士がケニーさんの仲間か?」


「そうだ、アスム……オレのパーティで共に前衛を務めていた『女騎士デアナ』だ。仲間であると同時に、オレ達は恋人同士でもあった……」


 つまりケニーを噛んで屍腐乱鬼ゾンビ化させた元凶の仲間が、嘗ての恋人だってこと?


 そのデアナは見た目こそ綺麗なままだけど、自我があるとは思えない。

 ずっと笑みを浮かべたまま上の空って感じに見える。

 すると魔道服ローブを纏う男こと、シグマが口を開いた。


「勇者ケニー、いや後藤ッ! ようやく姿を見せたな! それと貴様が勇者アスムか? あの四天王ダドラ将軍を斃したという……信じられんな」


「ほう、シグマとか言ったな。俺のことを知っているのか?」


「貴様は魔王軍でも賞金首に挙がるほどの有名人だからな。戦う気のないイカレ転生者の中で、唯一功績を挙げた『やる気のある勇者』だとな。何を隠そう、貴様をこのセラギ村まで導いたのはこの私だ!」


「……やはり罠だったのか。てっきり煩悩と邪念でガルド君達とはぐれ、迷ったとばかりに思っていたが……あの視界を覆った霧もお前の仕業だな! この卑劣な下衆め!」


「いや、それは知らん。私はただフラフラと独りでミスドゥーアスの森を抜け出した貴様を下僕の幽霊ゴーストに指示させ、〈誘導〉スキルで村まで道案内させただけだ」


 シグマの話によると、ミスドゥーアスの森の呪いで視界が真っ白になったのは、あくまでアスムの邪念と煩悩によるものだそうだ。


「やっぱ旦那達とはぐれたのはお前のせいじゃねぇか、アスム! 何が納豆作りだぁ! 後でみっちりと反省会だからなぁぁぁ!」


「……ダリオ君、キミはしつこいぞ。今は戦闘中じゃないか……魔王軍が俺の首に賞金だと? 上等だァッ! 屍術師ネクロマンサーシグマよ、今すぐかかって来いぃぃぃ!!!」


 気まずくなりイキリ散らかすことで、矛先の修正を試みる狂人勇者アスムであった。


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