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第72話 アスム・ヒストリー「超魔」

 逆ギレと言わんばかりのアスムに凄まれ、屍術師ネクロマンサーシグマは動じず「フン」と鼻で笑い一蹴する。


「言われなくてもそうしてやるよ……ところで後藤、今の貴様はこちら側・ ・ ・ ・の筈だ。違うか?」


「……何が言いたい?」


「私の配下になれ。さすれば悪いようにせんぞ。貴様は自我のある唯一無二の貴重な屍腐乱鬼ゾンビだからな」


 シグマの思わぬ勧誘に、ケニーは動じることなく唾を地面に吐き捨てる。


「フザけるな! オレは絶対に貴様を赦さん! よくも仲間を……デアナを!」


「フン、まだこの女のことを好いているのか? 今はすっかり魂の抜けた、私に忠実な肉奴隷だ。だが見ろ、私の管理により美しさを保っている。後藤、配下になれば貴様もこの女を自由にしても良いのだぞ」


 これ見よがしにシグマはデアナを抱き寄せる。

 吐き気を催すほどの醜悪なNTR光景に、ケニーは憤怒の形相となり『聖剣ファリサス』を構えて剣先を向けた。

 だがしかし、剣を握る手が異様なほど震えて狙いが定まらない。


「こ、殺す! ぐっ、お……か、身体が動かん!」


 ケニーは殺意こそ漲らせるも、自分の意志に反し肉体が攻撃を拒むんでいるようだ。

 そう、屍腐乱鬼ゾンビである彼では、術者のシグマを攻撃することができない体質となっていた。


「後藤、貴様では私を斃すことは不可能だ。その為に、その勇者を連れて来たのだろ?」


「黙れぇぇぇ! テメェだけは絶対に殺してやるぅぅぅ!!!」


 憤るケニーの肩をアスムがそっと触れる。


「落ち着け、ケニーさん。あの下衆野郎は、この俺が必ず屠る。ケニーさんは勇者として落とし前をつけるのだろ?」


「アスム、すまん……頼むぞ」


「問題ない」


 アスムは『聖剣ゼフォス』を鞘に収めると、高々と両腕を広げる。


 そして、


 ――パァァァン!


 力強く合掌する。


「シグマよ――貴様・ ・の薄汚い命をいただくぞ!」


 これまで見せたことのない怒りの感情を露わにした。


「フン、だが好都合だ。デアナよ、お前は後藤の相手をしてやれ」


 シグマの指示で、デアナは無言で離れ歩き出した。その歩調は、他のゾンビと同様にゆったりとした千鳥足だ。

 そしてアスムとすれ違い、ケニーと対峙する。

 デアナはゆっくりと腰に携えた両手用広刃剣バスタードソードを抜く。


「……デアナ。必ずオレが解放してやるからな!」


 ケニーも『聖剣ファリサス』を構え戦闘態勢に入る。


「な、なぁ……二人ともぉ、オイラの援護はいるか?」


 ただ一人、ダリオは物陰に身を隠しながら二人の勇者の戦闘を覗き見していた。


「不要だ」


「いらん」


 アスムとケニーは素っ気なく拒むと、ダリオは安堵の表情を浮かべ「あっそう、なら頑張れよ!」と顔を引っ込めて気配を消した。

 この辺がニャンキー並みに命根性が汚く狡い小人妖精族リトルフと言えるだろう。


 一方で、


「勇者アスム――貴様の距離では戦わんよ!」


 シグマの全身から闇の魔力が放出し宙へと浮き高々と上昇した。

 いつの間にか手には魔杖が握られている。


「遠距離からの攻撃が得意なのか? だからわざわざ屋敷から出て来たわけだ」


「フン! 余裕ぶってられるのも今のうちだぞ、食らえ――〈深淵闇の連射火炎魔法ダークネス・ラビットファイア〉!」


 浮かび上がった魔法陣から無数の強烈な黒炎が放たれ、アスムへと襲い掛かる。


「その手の攻撃は、これまで何度も見ている」


 アスムは前方へと疾走し難なく攻撃を躱していく。

 また短刀の聖剣で一つの黒炎を器用に弾いてみせた。

 その黒炎は、上空に漂うシグマへと迫る。


「な、何だと!? クソッ!」


 思わぬ奇襲に、シグマは狼狽しながらも辛うじて回避した。


 が、


 それだけでは終わらない。


 アスムは既に邸宅まで迫っており、壁際で素早く跳躍した。

 建物の壁を軽快に伝って飛び移り屋上の壁を蹴って飛翔する。

 一瞬で上空にいるシグマに迫っていた。


「うおっ、こいつ!」


「必ずしも空が安全圏とは限らんぞ」


 アスムは冷たく言い放ち、逆手に握られた刃を振るう。


 咄嗟にシグマは魔杖を翳し盾にする。

 魔杖が紙切れの如く真っ二つにされるも、刃は胸部を掠める程度で通り抜けた。


 何とかギリギリで防御に成功する――しかし、アスムの追撃は終わらない。

 聖剣を振った反動を活かし身体を回転させ、シグマの鳩尾に目掛けて蹴撃を浴びせた。


「ぐふぅ――!」


 呻き声と共にシグマは落下し地表に叩きつけられる。

 アスムは華麗に着地すると、柔軟で力強い猛獣の如く飛び跳ねて追い打ちを仕掛けた。


「その程度の実力で幹部なのか? 貴様、弱すぎるぞ」


「な、舐めるなよぉぉぉ! 勇者がぁぁぁぁぁ!!!」


 シグマはよろめきながら起き上がり、何故か右腕を掲げた。


 刹那、


 突如ぐいーんと右腕が伸長し急激に肥大する。


「――なっ!?」


 流石のアスムも回避できず直撃を受け、吹き飛ばされた。

 だが寸前の超反応で後方に退避しており、軽傷で済み地面を滑りながら着地する。


「見たことのない魔法だ……いや、『魔改造』か?」


 アスムの双眸が赤い光輝を放ち、浮かび上がった魔法陣が淡い炎の如く揺らめく。

 彼の固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉で、シグマの変貌を見定めていた。


「そのとおりだ――私の肉体は最新の嵌合改造キメラ手術を施している。しかと見よ!」


 シグマは右腕だけでなく全身が肥大化する。

 漆黒のローブが破れ、隆起した筋肉が膨張し浮き出された。

 髑髏のような頭部の大きさは変わらないが、頭頂部から鋭利で歪な両角が生えている。

 その全長はアスムの身長を優に超え、巨人といえる存在となった。


「どうだ、これが我が切り札である究極の生体強化だ! 私はこの偉大なる形態を『超魔キメラ』と呼んでいる!」


 後に知ることになるが『嵌合改造キメラ手術』とは、数百種類の魔物の体組織を身体に移植手術であるとか。

 以前アスムが斃した玄武のダドラや他の四天王も同様の存在であり、上級魔族ほど自身を強化するため、より多くの魔物の体組織を特異の能力として肉体に取り込んでいるようだ。


「間抜けな瘦せっぽちが、マッチョになったからって何が変わる? 寧ろ十八番の魔法や呪術が使えなくなっているんじゃないか?」


「ぐっ……き、貴様、どうしてそれを! はっ、その『目』の力か? 確かに、この姿では魔法の使用ができなくなるというリスキーな制約がある……だが唯一欠点はそれだけだ! 〈生体強化増幅術法バイオ・ブースト〉により、圧倒的な攻撃力と防御力を手に入れ、スピードと柔軟さを兼ね備えた絶対で最強の肉体的姿フィジカルなのだ!」


 要するに、すぐ躱されてしまう魔法を自ら封じ肉弾戦でアスムに挑もうとしている。

 自ら最強と言い切る肉体を武器にしてだ。


 シグマは全身に闘気を漲らせ、「ハァァァァ!」と呼気を吐き臨戦態勢を取る。

 その様は、まさに武道の達人と化しており肉体こそが武器だと言わんばかりだ。


 本当に屍術師ネクロマンサーなの、こいつ!?

 対するアスムは鋭い視線を向けて、いつもと変わらぬ淡白な表情だった。


「……ふむ。確かに肉体面に関しては大幅なレベルアップが図れたようだが……それでも何とかなる気がする」


「何とかなるだと!? 勇者アスムゥ! 貴様ァ、舐めているのか!?」


「どう捉えても結構だ。シグマよ、貴様は俺が必ず屠る――その決定に変わりない」


「バカめぇ! 屠るのは私の方だ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」


 シグマが猛加速で突撃する。

 隆起した右腕を振るい上げ、アスムに目掛けて拳を振るった。


 ゴォォォッと空気を切り裂く猛烈な拳撃。ヒットすれば間違いなく致命傷に至る破壊力だ。


「その攻撃、さっき見たぞ」


 アスムは動じることなく寧ろ果敢に突進する。

 限界まで引き付け擦れ擦れの際どい角度で躱し切り、右の上腕部を目掛けカウンターの斬撃を放った。


 短刀とはいえ最強の金属であるオリハルコンの『聖剣ゼフォス』。

 鮮やかな切り口で、あっさりと太く隆起した右腕を刎ね飛ばした。


「な、何だとぉぉぉ!?」


「さっきの初手で仕留めておくべきだったな――俺に二度同じ攻撃は通じない」


 アスムは冷たく言い切る。

 流れるように攻撃を繋げ、聖剣の刃がシグマの首を捉えた。


 ――斬ッ!


 頭部が虚しく、そして華麗に宙を舞う。

 残された胴体が血飛沫を上げ、その場で倒れ伏す。


 屍術師ネクロマンサーシグマは行動不能となった。


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