「バ、バカな！？　超魔キメラの私がこうもあっさりと！？」

　地面に転がるシグマの頭部が戦慄している。

「こいつは驚いた……首を刎ね飛ばしたのに、まだ生きているのか？　そのしぶとさはまさしく超魔キメラだな」

　アスムは『聖剣ゼフォス』を掌で巧みに回転させながら、シグマの頭部へと歩み寄る。

「ちょっと待ってくれ！　話を――」

「臭い息をするな。俺は外道と交渉するつもりはない」

　シグマが足掻く言葉をアスムは全否定で冷徹に制止させる。

　順手で握られた聖剣の刃が流麗なラインを描く。

　繰り出された鋭い刃は無惨に頭部を切り裂き、シグマは斬られたことすら気付かぬうちに絶命した。

　その頃、勇者ケニーは元パーティ仲間であり嘗ては恋仲だった屍腐乱鬼ゾンビの女騎士デアナと戦闘を繰り広げていた。

　先程まで酔っ払いのようなふらついた動きだったにもかかわらず、戦闘モードに入ったデアナの動きが一変する。

　まるで暴風の如き剣撃が、ケニーの身体を幾度となく刻み削っていった。

　だがケニーも屍腐乱鬼ゾンビだけあり一切の傷みを感じない。

　寧ろ回避せず、あえて自ら斬撃を受けている節がある。

　そう――ケニーは狙っていたのだ。

　デアナの攻撃パターンが変わる。

　手数の多い乱撃から、渾身の一撃を打ち放つ大振りで構える体勢。

　それはトドメを刺しに来ることを意味した。

　デアナは両手用広刃剣バスタードソードを掲げたまま地面を蹴り突撃する。

「勝ち急ぐ癖は変わらないか……」

　ケニーは呟き正眼で『聖剣ファリサス』を翳した。

　間合いに入り頭頂部へと流れて襲ってくる斬撃の軌道を見極め打ち払う。

　ギィン！

　弾かれたデアナの両手用広刃剣バスタードソードが剣身から真っ二つにへし折られる。

　最強度を誇るオリハルコン製ならではの武器破壊技だ。

　通常、熟練の剣士であれば武器の性質を見極めこのようなヘマはしない。

　自我を失い思考能力を持たない屍腐乱鬼ゾンビならではの浅慮ミスだと言える。

「はぁぁぁぁぁぁ！」

　裂帛の気合いとともに、ケニーは攻撃を繋げる。

　踏み込み間合いに入り、躊躇なく聖剣を薙いだ。

　冷たい刃は愛しき者の首を捉え――刎ね飛ばした。

　鮮血が舞う中、ケニーは聖剣を投げ捨てる。素早く滑り込む形で、自ら切り離したそれ・ ・を受け止めた。

　それは、デアナの頭部だ。

「……すまない、デアナ。こうするしか、キミを奴から解放する術がなかった」

　だからこそ、与える傷は最小に留めたかったのだろう。

　同時に取り残された胴体部分が両膝を付き倒れ伏せた。

「……もうじきオレ逝く。どうか一足先に逝ってくれ」

　ケニーは力を失ったかのように蹲り、デアナと最後の唇を重ねた。

「どうやら決着がついたようだな――」

　戦闘を終えたアスムが駆けつける。

　彼の背後から、隠れていたダリオも顔を覗かせていた。

「は、早くよぉ、ここから立ち去ろうぜぇ……首謀者の屍術師ネクロマンサーを斃したからって村人のゾンビ化が解かれるわけじゃねぇだろ？」

「……大丈夫だ、小人妖精族リトルフの兄さん。飢えれば三日ほどで全員朽ち果てるだろう。奴らはこのセラギ村から出られないからな……オレも含めて、ぐふっ！」

　ケニーは吐血する。

「大丈夫か？」

「ああ、アスム。少し斬られすぎただけだ……危なく腹に詰め込んだ納豆を吐き出すところだったがな」

「そ、それは困るぞ！　俺が背負ってやる！　ダリオ君、早急にここから抜けだそう！」

「……アスム。テメェは本当にわかりやすい男だぜぇ」

　ダリオに呆れられる中、アスムは傷ついたケニーを背負い疾風の如く男爵邸を抜け出した。

　セラギ村のギリギリ境界線に位置する小屋まで移動した、アスム達。

　念のためダリオが〈即席罠装置トラップ・デヴァイス〉で周囲に罠トラップを設置した。

「……ここならひとまず安全だ。もうじき48時間が経つ。今頃ケニーさんの体内では、きっといい感じで納豆菌が発酵されているに違いない」

「アスム、テメェはいい加減にしろよぉ！　ここは一番にケニーを心配するところじゃねーか！？」

「……フッ、こいつは既に見切っているんだよ。その万能なる『目』でな……オレはもう長くないことを――違うか、アスム？」

　横たわるケニーの問いに、アスムは静かに頷いた。

「まぁな。いくら、〈固定定着フィックス〉スキルで意識と魂を固定させても、肝心の肉体がとっくの前に限界を超えている。呪われた肉体にスキル効果が得られない……そういうことだろ？」

「その通りだ。まだ人を食えば腐敗しながらも動くことができるが、オレは人を食ったことはない……ずっと野鼠ばかり食って辛うじて繋いでいた。いくら飢えて人の血肉を欲する衝動に駆られようと、それが勇者として最後に残された矜持だったからな――」

　これも自我があるが故か。自分一人で半年間も肉体を維持できたのは執念としか言えない。

　無論、勇者としての矜持もあるだろう。

　けど私にはそれだけじゃないと思う。

「……それと、デアナのことだ。ずっと彼女のことが気掛かりだった……オレはなんとしても、デアナをシグマから解放してやりたかったこともある」

「ケニー、あんたスゲェな……ガチの勇者だわぁ」

　ダリオじゃないけど、私もそう思うわ……他のラノベ脳に侵され承認欲求ばかり高い転生者達とは雲泥の差ね。

「――よし、時間だ。ケニーさん、今すぐ腹部から藁納豆を取り出してやるからな」

「アァァスムゥゥゥ！　テメェも少しは納豆作りから離れよなぁぁぁぁ！！！」

「……ダリオ君、キミこそさっきから何を興奮しているんだ？　今生の別れでもあるまいし」

「え？　え？　どゆこと？　いや、どう考えたって今はそういう流れだろーが！　お前だって、そう見極めているんだろ！？」

「確かにケニーさんの肉体は今にも朽ち果てようとしている……だが幸い、彼には固有スキル〈固定定着フィックス〉がある。確か己の意志だろうと魂だろうと固定させてしまう能力なのだろ？」

　アスムの問いに、ケニーは弱々しく首肯する。

「……何が言いたいんだ、アスム？」

「――ならば、この聖剣『ファリサス』と『ゼフォス』にケニーさんの魂と意志を固定させてくれ。そして俺の仲間になってほしい」

「……な、何だと？」

「アスムゥ、テメェはまた何を言ってんだよぉ！　正気かぁぁぁ！？」

　ダリオの指摘に、アスムは「無論だ」と即答する。

「俺は至って正気だよ、ダリオ君。これはスカウトだ。ケニーさん、先輩勇者として俺の助言指導者アドバイザーになってほしい」

「ア、助言指導者アドバイザーだと……オレが？」

「ああ、一緒に戦ってわかったよ。あんたは至極冷静で緻密で計算高い勇者だ。俺にはない自制心もある……」

　傍で聞いているダリオは、（おま……そこ気づいているのかよぉ？）と口に出さずに思った。

「だ、だから仲間になれと？　このまま昇天させて、デアナと天国で暮らしたいんだがな……」

「同じ転生者のあんたなら知っているだろ？　神界に輪廻転生はあっても天国や地獄は存在しない――魂が浄化されれば別の存在に生まれ変わるらしい」

　アスムの言うとおり、それが生命の循環である森羅万象の仕組みよ。

　その代わり悪い事ばっかした奴は転生せず、そのまま消滅しちゃうけどね。

　――だから私は「神になる」ことを選んだ。

　主軸世界では病弱でまともに生きられなかった分、女神になって自分の好きな世界を創造してやろうと思ったわけ。

　けど甘かったわ……神界でもヒエラルキーやパワハラは存在するのよ、いやガチで。

「……ならば、この異世界ゼーレでもう一花咲かせろか。悪くない……アスム、オレもお前のことが気に入っている。その真っすぐ過ぎるほどの狂気じみた信念、嫌いじゃない。が、常人から見れば常軌を逸した狂人だ。誰かの指導やストッパーが必要だろう……」

「た、確かにオイラ達のパーティにもガルドの旦那がその役割だけどよぉ……いつも、この勇者に翻弄されちまって嘆いているよなぁ」

「……ダリオ君、今はそのことはいいじゃないか。それよりケニーさん、どうだろう？」

　アスムに問われ、ケニーは最後の力を振り絞り震わせながら片腕を伸ばす。

「ぐ、ぐふ。い、いいだろう、アスム――お前の仲間になろうじゃないか」

「ありがとうケニーさん……それでは腹部に敷き詰めた『藁納豆』を取り出してから『魂と意志』の固定をしてもらうぞ」

「いや先にやれよ！」

◇◆◇

「――こうして、この二刀の包丁にケニーさんの魂と意志が継承され、我が愛刀『G・K』が完成したのだよ、ユリ君」

「最後の方だけ、随分とざっくりね。色々とツッコミんでやりたい事は山ほどあるわ……」

　なまじ長かったエピソードだけに余計よ！