現在。
私はアスムの『名刀G・Kの完成秘話』を聞き終え、妙な余韻に浸っている。
感動するべきか呆れるべきか戸惑っているわ……。
てか、G・Kってケニーの本名である『後藤 賢司』から拝借していたのね。
あと補足話になるけど――。
アスムはケニーの腹部から藁納豆を取り出した後、ついに彼の肉体は限界を迎えてしまう。
だが寸前でケニーの固有スキル〈
尚、ケニーの肉体はデアナと共に埋葬され、アスム達はセラギ村を脱出したそうだ。
その後、はぐれたガルド達と無事に再会し目的地である『ドワーフの集落』に辿り着き、無茶ぶりを言って貴重な二刀の聖剣を出刃包丁に作り替えてもらったというわけだ。
しかもその際、改造費用として多額の借金を背負ったのは言うまでもない。
「――ケニーさんとは、こうして包丁に触れなければ『思念』でしかやり取りすることはできない。一応、彼の意志でそこそこ動くことも可能だ。しかしヘソを曲げられてしまうと鞘から包丁が抜けない時もある」
「主導権はケニーさんにあるみたいね……ある意味、魔剣じゃないの?」
私がそう言った瞬間、アスムの腰元に携えていた出刃包丁がカタカタと震え始める。
「ん? 何やらケニーさんが、ユリと話したいそうだ」
アスムは鞘から片方の出刃包丁を抜き、私に手渡してきた。
私は恐る恐る受け取ると、脳内にケニーの思念が響いてくる。
『――女神ユリファ、魔剣とは些か失礼じゃないか?』
「わざわざ思念でツッコむな!」
「ちなみにケニーさんの存在を知る者は、勇者パーティでは俺とダリオ君、それにニャンキーしかいない。特にガルド君に知られたら、また何を言われるわかったもんじゃなかったからな」
「もう色々な意味でこってりした情報ばっかで胸ヤケしそうなんですけど!」
こうして翌朝。
アスムは気合いを入れて朝食作りを始める。
テーマは『ザ・和食』だそうだ。
【マンドレイクの味噌汁】
《材料》
・マンドレイク
・マンドレイクの葉と茎
《調味料》
・味噌(自家製)
・酒(自家製)
・水
・だしの素(ウォーター・リーパーの骨から抽出)
《手順》
1.マンドレイクの葉と茎を厚めの斜め切りと輪切りカットします。
2.マンドレイク本体の皮を剥き、一口大の乱切りにカットします。
3.鍋に水・酒を入れて沸かします。
4.だしの素・カットしたマンドレイクを加えます。沸騰した火加減で15分ほど煮ましょう。
5.マンドレイクの本体に火が通ったら、味噌を加えて溶かします。
6.器に盛ったら出来上がりぃ!
「――完成だ! 他には『ウォーター・リーパー塩焼き』も作っておいたぞ!」
あまりにも見事な出来栄えに私達全員が「おお~っ!」と感嘆の声を上げる。
簡易テーブルには、人数分の味噌汁と白身魚の塩焼きが並べられていた。
特に塩焼きはカリカリに焼かれ美味しそうだ。
それに湯立つ味噌汁も、とてもいい香りがする。
しかも驚くのは、それだけじゃない。
「白米よ! ご飯もあるわ!」
「そうだ、ユリ。予めノルネーミ共和国で購入しておいた。この日にためにな」
今じゃ貴重すぎて滅多に食べられないけど、ベルフォードから調味料を売ったおかげで結構リッチだからね。
この男、金に糸目をつけず高級食材に手を出していたのね!
あんだけ宿代はケチっていた癖にぃ!
けど元日本人として、これはナイスなチョイスよ! だからあえてツッコまないであげるぅ!
「驚くのはそれだけじゃない。ご飯のお供といえば、当然これだろう――」
アスムは自身の〈アイテムボックス〉から何かを取り出して見せてくる。
それは独特の臭いを放つ藁包だ。
「むっ! アスムよ、この腐った臭いは何じゃ!?」
「ラティ、知らんのか? これは『納豆』という発酵食品だ。醤油を掛け、よく練り込みごはんと一緒に食べると絶品だぞ」
「……先生、納豆ですか? 確か極東地方にそのような『奇食』があったと聞いておりますぞ」
嘗て冒険者のエルフ
「納豆の文化がない国では『奇食』と見られても仕方のない物だな。しかし、この納豆は俺とある男が体を張って作った逸品だ。どうか信じて食べてほしい」
ん? ん!?
体を張って作ったって……ちょ、ちょっと待ってぇ!
「おいおい、それぇ! ケニーさんの体内で発酵させた『
「そうだが、ユリどうした? 何か問題でもあるのか?」
「問題だらけよ! もうグロ系は出さないでよねぇ!」
「失敬な! 決してグロではないぞ! 本来の作り方が異なるだけで、中身は立派な納豆だ!」
まぁ、そうかもしれないけどさぁ!
ぶっちゃけ腐乱死体で発酵させた食べ物ってどーよって言いたいのよ!
この勇者、普段はあれだけきめ細かい配慮ができるイケメンなのに、『モンスター飯』になると狂気的なサイコパスと化すわ!
そう声を大にして文句を言ってやりたいど……。
ごくり
私、実は納豆が大好きなのよね。
神界でも仮想だろうと「臭い」とか「清らかな女神のイメージ」じゃないと言われそうだから、ずっと避けていたわ。
「……仕方がありません。郷に入っては郷に従えという言葉もあるでしょう」
私は道徳よりも、元日本人としての性に従うことにした。
「それじゃ皆、いただきます――!」
アスムが音頭を取り、全員が合掌して貴重な命を召し上がることにする。
特に納豆はより粘り気が出るまで念入りに搔き回し、それからご飯に混ぜ込む。
そのまま口へと頬張った瞬間、懐かしい独特の風味と食感が広がった。
「う~ん、美味しい! これよ、これぇ! まさか
「確かに美味ですな、ユリ殿! 臭いだけならワタシの故郷にある郷土料理『ユニコーンの馬糞ライス』に匹敵するアレですが、味は雲泥の差ですぞ!」
ちょっとエルミア! 馬糞と納豆を一緒にしないでよね!
日本人が聞いたら激オコされるわよ!
つーか、ユニコーンの馬糞と匹敵する臭いなんかい……。
「ふむ、確かに不思議な味じゃが、芳醇な独特の味わいが米にマッチしているのじゃ! それにマンドレイクの味噌汁とやらもフワフワで美味じゃのう! 葉と茎も柔らかく味噌にしみ込んで良いアクセントを生んでおる! この白身魚も表面がパリパリで歯ごたえがあり、若干の塩分を加えることでウォーター・リーパーの白身の旨味が、より引き出されておるではないかえぇ!!!」
相変わらず抜群の食レポぶりを発揮する、ラティ。
私の言いたいことを全部言ってくれたわ。
「うん、食べたことのない味だけど美味しいね、ラティちゃん!」
仲良しのリズも同調し舌鼓を打つ。
この子の反応が最も年相応と言える。
けど一方で。
悪食として知られるミーア族のニャンキーは納豆を食べるのに難航しているようだ。
「うにゃ……美味しいけど、ボクは納豆が苦手だニャア。口の中が糸を引いてネバネバするニャア……けど今回はご飯が混ざっていて食べやすく、お味噌汁もいい感じに流してくれるからマシだニャア」
じゃなくても全身がモフモフ毛の猫だからね。
ニャンキー自身も口の周りに、納豆の糸が付かないよう気を配りながら食べているみたい。
「だと思って高額で米を仕入れ、味噌汁を作ってみたんだ……前のパーティでも、納豆はみんなからボロクソ言われ、流石の俺もヘコんでしまったからな」
アスムの話によると、前勇者パーティでは納豆のみを提供したそうだ。
食糧難時代とはいえ、そりゃ納豆だけなら不平不満は出て当然よね。
しかし、この男……。
食に関しては素直に反省して修正できる癖に、一般的な倫理観に関してはいくら指摘を受けようとからっきし修正する気が皆無よね。
それから数日後。
私達は目的地の一つである『ソムケ村』付近に辿り着いた。
まずは村に行き、リズをご両親に引き渡す予定なのだけど。
「……アスム、これはどういうこと?」
異変に気づいた私は彼に問う。
視界には集落らしき光景が見えていた。
おそらく、そこが『ソムケ村』で間違いない。
けど、
辺りには何もない平地である。
つまり本来見えている筈の山がなかったのだ。
勇者『山代 洵』が引きこもっているとされる山が――。
アスムは眉を顰め、「チッ」と舌打ちする。
「――してやられたか。山代は何処かに引っ越したようだ……奴が根城にしている山ごとな」
え? や、山ごとって……。
どゆこと?