「……アスム、『勇者ジュン』が山ごと引っ越したってどういうこと?」
「言葉のままだ、ユリ……山代が引きこもっている『山』ごと移動させたんだ」
アスムの言葉に私は怪訝の表情を浮かべる。
「勇者とはいえ、一個人がそんなことできるの? 神様じゃあるまいし……」
女神の私だって無理だからね。
「奴が根城にしている『山』であれば可能だ。それが『山代 洵』の固有スキル能力だからな」
「固有スキルですって?」
私の問いに、アスムは振り返り凛とした端整な顔を向け頷く。
「そうだ、スキル名は――〈
「や、山を作るスキルですって? まさか……いくらなんでも不可能よ」
しかも自身の魔力だけで錬成って……素材無しで出来るわけがない。
異世界を創造する力を持つ、主神クラスじゃない限りはね。
「……さぁな。ただ本人曰く、『山』となるまで相当な根気と歳月を費やしていると語っている。ちなみに『山』は今現在も育ち成長を続けている筈だ」
「なるほど、つまり〈育成〉能力ね。どちらにしても脅威としか言えないけど……でも、ここに『勇者ジュン』が居ないとなると、いったい何処へ行ったの? アスム、心当たりとかあるの?」
「……いや、俺にもわからん。そもそも奴とはそれほど親交があるわけじゃないからな。山代は『働いたら負け』だと常日頃から謳っており、そのスローライフ信念で俺を利用していた。対する俺も奴の高度な『情報収集能力』を利用していた、言わばウィンウィンの関係だ」
「ならもう手詰まりってこと?」
「そう決めつけるのはまだ早い。山代のことだ、ユリやラティの件をどこかで嗅ぎつけているかもしれん。それに奴はまだ、俺に利用価値はあると思っている筈だ……おそらく近辺の『ソムケ村』に何かしらのメッセージを残しているかもしれん」
「うん、そうね! 早速、行きましょう!」
私達は足早に『ソムケ村』へと向かった。
◇◆◇
「おお、リズ! 無事だったか!」
「よ、よかったわぁ! もうてっきり……ううっ」
ソムケ村の民家にて。
まずは目的のひとつである、リズのご両親に彼女を引き渡すことにした。
ご両親は瞳に涙を浮かべ、震える手でリズを抱きしめている。
「……うん。パパ、ママ、ただいま」
リズも嬉しそうに瞳から大粒の涙を流した。
悪徳奴隷商人に拉致され、闇堕ちした勇者ヨウダの固有スキル〈
アスムの活躍で無事に解放され、こうしてようやくご両親と再会することができたというわけだ。
「良かったのぅ、リズ。これからは親子共々仲良く暮らすのじゃぞ」
「……うん。ラティちゃん、ありがとう。アスムさんも、ユリさんも……ニャンキ―さん、それにエルお姉ちゃんも……本当にありがとう!」
リズは満面な笑顔を向け、一緒に旅を続けた私達にお礼を言ってくる。
「気にするな。俺はただ飯を振舞っただけだ」
「……飯以外のことも色々していたと思うけどね。でも気にしなくていいからね」
「旅は道連れ世は情けだニャア」
「これからは両親に甘えつつ親孝行をするのだぞ……」
私達は笑顔で返す中、エルミアだけは少し寂しそうだ。
無理もないわ……二年くらい、ずっと苦楽を共にしてきた姉妹のような仲だもの。
「勇者アスム様、娘を無事に届けていただきありがとうございます!」
「本当なんとお礼を言って良いのか……」
「いえ、ご両親。礼は不要だ。それより腹が空いてないか? 納豆食べるか?」
「食わすなッ!」
アスムは〈アイテムボックス〉から、ケニーさんの体内で発酵させた『
けど彼は気にせず、「絶品だぞ~!」とか満面の笑みでリズの両親に手渡していた。
なまじ恩人の勇者だから無下に断れず、思いっきり気を遣っているわ。
最早この男の狂人ぶりは誰にも止められない……。
間もなくして、村長と名乗る中年の男が複数の自警団を連れて訪れてきた。
村の検問でアスムが自ら名乗りを上げ、会えるよう要請したからだ。
「貴方様が勇者アスム様ですね? リズを無事にお届け頂き感謝しております」
「あんたが村長か? 聞きたいことがあるんだが」
「はい、『勇者ジュン』様のことでしょうか?」
「ん? 奴のことを知っているのか?」
「え、ええ……時折、村に買い物目的で
なるほど、だから近辺に魔物が現れなかったのね。
にしても、『
勇者が作り出すなんて聞いたことがないわ……。
一方のアスムは形の良い顎先に指を添え、「なるほどな」と頷いている。
「
「はい、仰る通りです――勇者ジュンより、『やぁアスム君、僕に会いたかったら最北の鉱山地帯「ドワーフの集落」に来たまえ。その付近で引きこもっているからねぇ』とのことです」
「なんだと? チッ、結局遠回りしただけじゃないか……まったく迷惑な男だ!」
アスムは顔を顰め舌打ちし愚痴を漏らしている。
以前から思っていたけど、アスムは『勇者ジュン』に嫌悪感を抱いているようだ。
そういえば「怠惰男の癖に忖度主義なところが気にくわない」とボヤいていたっけ。
「ドワーフの集落って『聖剣の里』の近くだったわよね? アスムが行ったら殺されちゃうんじゃないの?」
何しろ大切な聖剣二本を出刃包丁に魔改造したからね。
しかも現在も元勇者であるケニーさんの意志と魂を宿らせているわ。
おまけに高価そうな鞘なんて仲間だったダリオにあげているんでしょ?
「無論、『聖剣の里』に立ち寄るつもりはない。俺の場合、食料面はどうとでもなるからな……問題は途中の大トンネルだ。ここからなら、近道するなら否応でも通らなければならぬ洞窟だろう」
――
旧魔王軍の襲来でドワーフ達が避難用に造ったとされる地下洞窟だ。
なんでも至る箇所に凶悪な罠が設置され、魔族兵の襲撃から退いたとか。
現在も一部の罠が健在で優秀な
ちなみにそのトンネルを通れば一ヶ月も掛からずドワーフの集落に辿り着けるが、遠回りしてしまうと二ヶ月は要してしまうそうだ。
「……でも、私達なら問題ないわね。
「別に罠などどうでもいい――俺が懸念しているのは、トンネル内は全て石工で覆われているため、大したモンスターが住み着いてないという噂だ。聞けばガーゴイルばかりだと言う」
ガーゴイルとは石膏で造られた
「確かに全身が石だから硬そうね……けどオリハルコン製の包丁を持つ、アスムなら問題ないんじゃない?」
「いや大いに問題があるぞ、ユリ! 石膏の塊であるガーゴイルが食べれるわけないだろ! そんな奴らしかいない大トンネルでどうやって食料を確保するんだ!?」
「結局、『モンスター飯』かよ!? んなもん、トンネルに入る前に多めに食料を確保すればいいでしょうがぁぁぁ!!!」
私の指摘に、アスムは「……なるほどな、その手もあるか。流石、ユリだ」と納得する。
んなんで「流石」とか褒められたくないんですけど!
かくして次の目的地が決まった。