新たな目的地が決まったところで、その日はリズの家に泊まることになった。
アスムは夕食として早速、納豆料理の『モンスター飯』を振舞う。
この
だがアスムは、すりおろしたマンドレイクに納豆を混ぜて油で揚げたり、バジリスクの卵に納豆を加えたオムレツなど見事なアレンジを披露している。
てか問題視されている納豆だけが普通の食材で、他は全て魔物なんだけどね。
それでもだ。
「う、美味い! こんな料理は初めてだ!」
「とても、あの納豆が入っているとは……いえ寧ろ納豆の風味が美味しいわ!」
リズのご両親はご満悦で舌鼓を打っていた。
「『モンスター飯』は、どの種族でも先入観なく如何なる食材だろうと美味しく食べてくれることをモットーとしている。したがって『奇食』と異なり、安全かつきめ細かな下ごしらえは勿論、あえてグロく見せるなど余計なインパクトは不要だ」
「なるほど! 先生、勉強になります!」
アスムのうんちくに弟子のエルミアは称賛してメモを取っている。
まぁ、この『
夕食を終えた私達はお風呂と寝床を借りて就寝した。
民家だから狭い一室で、みんな川の字で寝ている。
私は寝相の糞悪いラティとエルミアを避けて、アスムとニャンキーの間で寝かせてもらうことにした。
案の定、あいつらはお互いの足を絡み合って凄い状態と化している。
まるでオクトパスね……良かったわ避けて、いやガチで。
ちなみにリズは両親の部屋で一緒に寝ており、久しぶりに甘えているみたい。
それは置いといて……この状況。
――激やばッ!
超好みのイケメンが隣で寝ているって……めっちゃドキドキするぅ!
凄げぇ彼の温もり感じまくりだし、さっきからいい匂いしまくりだよぉぉぉん!!
超超超ッ、ドキドキするぅぅぅ!!!
一方のアスムは色恋沙汰より『モンスター飯』に憑りつかれた狂人だから、絶対に何もしてこないだろう。
けど、わかっていても乙女として胸が高鳴ってしまっている。
「――ユリ、起きているか?」
「は、はい! なんでしょうか!?」
何故か改まって敬語で返答してしまう、私。
「きっと女神のお前なら何故、山代が引っ越したのか気になっている筈だ」
え? あっ、いや……そんな奴のことなんて、すっかり忘れていたわ。
今の私はすっかり乙女モードで緊張しまくりだからね。
そんな事情など知る由もなく、アスムは淡々と話を続ける。
「――ドワーフの集落には、嘗て仲間だった『マイン・ハーラック』がいる。きっと山代は彼女目当てで引っ越したのだろう」
マイン・ハーラック。
元勇者パーティの一人で現在の年齢は18歳の女子。
とても優秀な
なんでも別れる際に魔法が使えるよう、アスムの肉体に禁忌魔法である
さらに上空に浮遊する魔王城へ行くため高度な〈
話を聞く限り、かなり凄腕の
「どうして勇者ジュンは、マインって人が目当てなの? 実は好意を持っているとか?」
「ああ多分な。俺の前でもよく彼女を口説いていた……山代曰く、『胸が大きいから眺めているだけでも癒される』らしい」
何、その頭のネジがブッ飛んだ理由。
引きこもり勇者の癖に巨乳好きかよ!
てか導きの女神として言わせてもらうけど、アスムに押し付けてないであんたも魔王討伐しなさいよね!
奴がこの場にいたら、そう怒鳴り散らしているところよ!
「……呆れたわ。それで、どうしてマインはドワーフの集落で身を寄せているの?」
「詳しくは聞いてないが、幼少からヤバイ魔法に手を染めすぎて魔法学園から追放処分を受けたそうだ。それがきっかけで冒険者登録もできない、モグリの
つまりアスムが二本の聖剣を改良しに向かった時に出会ったのね。
アスムが言うには「俺のパーティには
「けど、よく仲間になってくれたわね? 人族不審なのに……」
「マインはニャンキー以外の仲間の中で、最初っから俺が作る『モンスター飯』を絶賛してくれた唯一の女子だ。時に料理は人の気持ちを和らげ心境を変える力がある。きっと、マインもその一人なのだろう」
この
「それで、アスムは『ドワーフの集落』にも立ち寄るの? もう一度、マインに会うために?」
「……そうだな。この先、マインの力が必要な場面もあるだろう。それに山代と交渉するためにも、彼女が傍に居てくれた方が話も進むかもしれん……あの男、いつものらりくらりしていやがるからな。きっと情報をくれる代わりに、また俺に無茶ぶりを要求してくるに違いない。これまでもそうだったからな」
アスムは溜息交じりで訴えている。
彼がここまで不快そうに愚痴る態度は珍しい。
過去によほど酷い目に遭ったようだ。
こうして眠ること翌朝。
私達は旅立つために『ソムケ村』を出発することになった。
それは、リズとも別れることを意味する。
短い間だったけど、苦楽を共にしてきただけに少し寂しいわ……。
「皆さん、大変お世話になりました! この御恩は一生忘れません! 皆さんが困った時は、私いつでも駆け付けます!」
別れ際、リズはぺこりと頭を下げて見せる。
口数の少ない控え目な子だったのに、すっかり明るくなったわ。
「こちらこそだ。リズ、これからはお前の魔法は両親とこの村を護るために使うのだぞ」
「はい、アスムさん!」
「元気でね、リズ。お父さんとお母さんと仲良くね」
「はい、ユリさん!」
「リズよ、妾達は互いに離れてしまうが、お主との友情は永久不滅じゃぞ」
「うん、ラティちゃん!」
「困った時はお互い様だニャア」
「ニャンキーさん、ありがとう!」
涙交じりで返答する、リズ。
そして最も付き合いの長かった、エルミアは感極まったのかリズを優しく抱擁する。
「……あの忌まわしき二年間、本当に頑張ったな。必ず幸せになるんだぞ」
「エルお姉ちゃん……うん、お姉ちゃんもだよ」
こうしてお互いに別れを惜しみながら、リズとご両親に見送られて新たな目的地へと旅立った。
◇◆◇
しばらくの間、魔物と遭遇することがなかった。
勇者ジュンが一掃したからだという。
アスムの話だと、彼が引きこもっている山全体が具現化された固有スキルであり、数十体の
「……それだけの力があるのに、勇者ジュンはどうして魔王討伐に消極的だったのかしら?」
「面倒くさかったからだ」
私の疑問に、アスムは素っ気ない口調で答えた。
だとは聞いているけど……でも、いくらラノベ脳に汚染されているとはいえ、普通は世界を平和にしてからの方がスローライフだって送りやすいんじゃないの?
「……それと固有スキルの縛りで自分から安易に動けないとも言っていた。基本は防衛に特化したスキルらしい」
「なるほど一応は理由があるのね……」
ちなみに勇者ジュンの固有スキル〈
おそらく彼の怠惰性格が生み出した特殊なスキルなのか、あるいは進化して強化された変異したスキルではないかと考えられるわ。
などと世間話を交わし進むこと、10日後。
ようやく中間地点である『