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第77話 古のドワーフ大トンネル

 私達は幾つもの白大理石が積み重ねられ加工された洞窟の入口前に立っている。


 ここが『いしにえのドワーフ大トンネル』。


 随分と鮮やかに掘られた門構えだ。

 風化により大理石の所々は破損し欠けているが、頑強そうな作りで崩れる気配はない。

 まるで古代神殿の門を彷彿させる立派な出で立ちだ。


「大トンネルと言われているだけあり、とにかくバカ長い。通常は五日ほど費やしてしまうが、俺達は三日で通り抜ける必要がある」


「え? どうして?」


「食材の残りを考えての配慮だ……山代が、あの一帯の魔物を一掃したせいで、食材確保に失敗した。バジリスクの卵も切らしてしまい、しばらくおかずはマンドレイクのみとなってしまう」


「別にいいじゃない……ジャガイモみたいで、私わりと好きよ」


 私のふとした言葉に、アスムはいきなりカッと双眸を見開く。


「いいわけないだろぉ! 何を言っているんだぁぁぁ!? 栄養は満遍なく! それが『モンスター飯』の基本だぞ、ユリィィィ!」


 めっちゃ怒られたんですけど。

 その異様な迫力を前に、本来なら「食材を魔物限定にするからそうなるんでしょ!」と言い返してやりたかったけど出来なかった。


「さ、流石、先生! まさか食べてもらう側の栄養面まで配慮されるとは……学びになります!」


 弟子のエルミアが感心しながら、師匠であるアスムの奇行ぶりをワッショイしている。

 こういうやたらと承認欲求を満してくるヒロインが主人公を駄目にするのよ。


「アスム、ということはノンストップでトンネルを抜けるわけだニャア?」


「いやニャンキー、それはそれでリスクがある。休憩は食事時と睡眠時のみとする。ユリは疲れたら俺がおぶってやるからな」


 こういう時だけ細かな気遣いと優しさを見せる勇者アスム。

 色々とツッコんでやりたいけど、言えなくなっちゃったじゃない。


 まぁ確かに回復術士ヒーラーの私は他の体力バカ系(ラティとエルミア)と違って体力面が見劣りするかも……けど一応は女神だし最高位聖職者アークビショップなんですけど。

 でも、アスムの背中におぶさるのも魅力的だわ……ここぞとばかり堪能、いえ甘えちゃおっあかなぁ、ウフ。


 などと楽観的に考えながら、大トンネルの門を潜った。


◇◆◇


 広々とした石造りの通路を渡り進んで行く、私達。


 アスムの話ではトンネル内は巨大な迷路状となっているらしい。

 なので探索力に優れた支援役サポーターのニャンキーが先頭を歩き、後方でアスムが〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を発動しトラップ感知を行っている。

 その後ろを私とラティが続き、最後尾に暗殺者アサシンのエルミアが技能系の〈索敵〉スキルを発動していた。


「アスム、仕掛け式のトラップならボクかエルでも解除できるけど、魔動力式ならどうするニャア? リズと別れた今、このパーティには魔法術士ソーサラーがいないニャア」


「最悪は俺がトラップごとブチ壊す。迷路にハマるようなら、壁を破壊して突き進めばいい。とにかく極力ロスタイムは控えるべきだ」


 急いでトンネルから抜け出したいあまり、手段を選ばない勇者アスム。

 でもそれは『モンスター飯』の食材不足により、私達の栄養面を考えての配慮だから少し微妙だ。


 三時間ほど歩くと閉じられた大きな扉の前へと突き当たる。


「……この扉を開けたらガーゴイルが出てくるニャア」


 危険察知能力に特化したミーア族のニャンキーが髭をピンと張らせ知らせてくる。


「俺が先陣を切り殲滅する。エルもやれるか?」


「はい先生! ガーゴイル如き遅れを取ることはありません!」


 流石は勇者と弟子のエルフ。

 二人とも戦闘力だけは抜群だから頼もしいわ!


 ニャンキーが扉を開けると、アスムとエルミアは飛び込んで行く。

 私は聖杖を掲げ、補助魔法の〈光の輪ライトリング〉を発動し内部を明るく照らした。


 室内は同様の通路となっているが、先程より狭く感じられる。

 通路の左右には、小高い台座に飾ら得た彫刻像がびっしりと並べられていた。


 それは背中に両翼を持つ小悪魔インプに模された石像だ。

 石像の両目がギョロと動き、侵入してきたアスム達を捉えた。

 すると彫刻像は生命を与えられたかのよう背中の翼を羽ばたかせ、一斉に襲い掛かる。


 あれがガーゴイルね! 存在を知らなければ不意を突かれていたわ!


「フン、問題ない」


 アスムは鼻を鳴らし、〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を発動する。

 赤く染まった双眸から淡く揺らめいた炎のような魔法陣が浮かび上がり、迫って来るガーゴイル一体ずつの動き補足した。

 両腰に携えた出刃包丁を抜き、高速かつ縦横無尽に振るう。

 ほんの一瞬で数体のガーゴイルが斬撃を受け刻まれて斃された。


 流石、元は聖剣のオリハルコン製ね……アスムの腕もあってか抜群の切れ味だわ。

 相手が石の塊だろうと、紙切れのように両断している。


「流石は我が師――これは弟子として良いところを見せねばなりませぬ!」


 一方のエルミアは軽快な動きで飛び跳ねながら、ガーゴイルの攻撃を回避していた。

 そしてカウンターを言わんばかりに、精霊魔法である闇の精霊テネブラルムを行使し、ガーゴイルの視界を覆わせ暗闇へと染めている。

 さらに片手剣ブロードソード型の忍者刀に風の精霊ウェンティを纏わせることで武器の強化と攻撃力を上昇させて、硬質のガーゴイルを両断した。


 そういえば彼女、エルフだけあり精霊術士エレメンタリーでもあったわね。

 元勇者ヨウダの《|奴隷の聖痕《スレイブ・スティグマ》》の恩恵で相当鍛えられただけあり、アスムに並ぶ戦闘力だ。


 そしてラティもストレッジハンマーを振るい、私達を護る形でガーゴイル達を見事に粉砕している。

 凄く頼もしいけど末恐ろしい幼女だわ……。


 数分後、あれだけ群がっていたガーゴイルが全滅させられている。


 まるで暴風にでも見舞われたかのように、斬撃された破片がそこら中に散乱していた。

 無惨としか言えないわね……。


「おや? 先生、何をなされているのです?」


 戦闘が終わりエルミアは、アスムの行動に首を傾げている。

 彼は〈アイテムボックス〉を展開させ、ガーゴイルの破片を無造作に押し込み収納していた。


「素材の回収だ。無駄な手間を掛けさせられた分、戦利品として持っておく」


「……お言葉ですがガーゴイルは石でできております。『モンスター飯』の食材には使えないのでは?」


「まぁな。だが戦闘には使えるだろう。いざって時の投擲ようの武器とかだな」


 そういえば、アスムが包丁以外の武器で戦ったのは見たことがないわ。


「アスムの|投石器〈スリング〉ショットは通常の石だろうと、竜の強靭な鱗を貫くほど超エグいニャア」


 ラティの背後に潜んでいた、ニャンキーが教えてくる。

 あんた……元魔王とはいえ、そんなちっちゃい子の背後に隠れて恥ずかしくないわけ?


 なんでも邪神パラノア戦でも遺憾なく発揮され、アスムはほぼ無傷で完勝しているとか。

 そういえば初めて会った時もノーダメージでしれっと「竜田揚げ」を作っていたわ。

 つまりアスムは近距離パワー型だけじゃなく遠距離狙撃も可能だってこと?


 伊達に邪神を斃したわけじゃないってことか……。


 おまけに常に別の戦いを想定し、入念に武器を補充する辺りは本物の勇者よ。

 私は珍しく『モンスター飯』以外にも〈アイテムボックス〉を使用する勇者アスムを見て感心した。


「……クソッ! せめてガーゴイルこいつが食材として活かせればな! 武器にでもしないと割に合わん!」


 半ギレし大声で愚痴るアスム。


 ……前言撤回。

 やっぱ狂気的グルメ志向に汚染された、ただの狂人よ。


 その後、部屋を出て新たな通路に入った。

 より高さと幅が狭くなっており、幾つも枝分かれした迷路となっている。


「これだけ複雑に入り組んでいると、どう進んでいいかわからないわね……他の人達はどうしているのかしら?」


「ただの迷路なら冒険者ギルドの方で情報が統一されているニャア」


 先頭のニャンキーがリュックから取り出した地図マップを確認しながら歩いている。


「厄介なのは魔動力式の迷路だニャア。定期的に魔法壁が動いて進路を塞ぐから、解除するのに魔法術士ソーサラーが必要だニャア……まぁ、アスムがいれば……ん?」


 不意にニャンキーは立ち止まり辺りを窺っている。


「どうした?」


「……アスム、この迷宮にミノタウロスが生息しているニャア」


「何ッ!? それは本当か!?」


 あっ、急にテンションが上がったわ。


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