『モンスター飯』の食材として使えないガーゴイルしかいないとされる大トンネル。
意外にもミノタウロスが生息しているらしい。
食材が確保できずに、ずっとテンションただ下がり気味だったアスムのテンションは爆上がりした。
「臭いからして間違いないニャア。多分、冒険者達によってダンジョンから追い出され、ここに住み着いた可能性があるニャア」
何でもミーア族の嗅覚は犬ほどではないが、人族の約数十倍があるそうだ。
ニャンキーの説明に、アスムは「おっしゃぁ!」とガッツポーズする。
「よし! 早速、狩りに行くぞ!」
「え? アスム……寄り道しないって言ってたじゃない?」
「ユリ、何を言っている!? ミノタウロスだぞ! 頭は牛で体はマッチョなアレだぞ! 本来なら筋肉繊維が太すぎてゴムタイヤの如く弾力性があり、通常の種族達ではとても噛めたもんじゃないが、この俺が料理すれば極上級の牛肉並みにしてやるぞぉぉぉ!!!」
アスムは目を血走らせながら断言する。
彼の言うとおり、ミノタウロスは大柄で牛の頭部を持ち胴体は人間の男性に似た隆々とした筋肉質のマッチョ体形であり、下半身は牛だが二足歩行で移動する魔物だ。
普段はダンジョンを根城とし、冒険者の行く手を阻む中ボスとして扱われている中々の強敵らしい。
「うほっ! 極上の牛肉かえ!? アスムゥ、早く食べさせてたもうぅぅぅ!!!」
普段は割と大人しいのに食べることになると大はしゃぎする、ラティ。
でも、アスムが言うと確かに美味しそうに思えてしまうわ。
私ったら最近じゃ、すっかり感覚が麻痺しているかもね……女神としての威厳だけは失わないでおこっと。
まぁ食材させ確保すればペースダウンもできるし、相応のメリットはあるでしょう。
そう自分に言い聞かせ、アスムの暴走に付き合うことにした。
ニャンキーの〈索敵〉スキルと嗅覚を頼りに進んで行くと、不意に彼はピタッと足を止める。
「どうした?」
「……誰かが複数のミノタウロスと戦っているニャア」
「冒険者か?」
「多分そうニャア……色々な種族が混じった複数人で、おそらく全員女性だニャア」
女性冒険者達ってことね。
珍しくはないけど、もし苦戦しているなら助けた方がいいかしら?
「チッ! 先を越されたか!? 全てのミノタウロスが斃される前に、俺達も狩りに行くぞぉぉぉ――〈
舌打ちし焦燥するアスム。
二刀の出刃包丁こと『名刀G・K』を振るい目の前の壁に連撃を叩き込み破壊しながら、猛ダッシュで前方へと突き進む。
「先生、お待ちください! 弟子である私も狩りに赴きまずぞぉ!」
「うおぉぉぉぉ、妾の牛肉は誰にも奪わせんぞぉぉぉぉ!!!」
そんなアスムの背中をエルミアとラティが叫びながら後に続いた。
なんなのこいつら! みんな暴走キャラばっかじゃない!
言っとくけど食材目的でミノタウロスを狩ろうとしているのは、あんたらだけだからね!
残された私とニャンキーは「はぁ」と溜息を吐き、渋々ついて行く。
いざ現場に辿り着いた時、何故か緊迫状態となっていた。
既に全てのミノタウロスが斃されており、アスム達は女性冒険者達に刃を向けられている。
どうやらアスム達は彼女らに警戒されているようだ。
しかも突如壁を突き破って現れたのだから無理はないわね。
けど、あれ?
この女性冒険者達って……もしかして、
「……ん? なんだ、明日夢殿ではないか。久しぶりだな」
刀剣を翳していたサムライのような少女は構えを解く。
長い黒髪のポニーテールで袴姿に軽装の装甲を着込む、凛々しい美少女。
そう彼女はアスムと同じ、私が転生させた勇者。
――勇者イオリこと、『
彼女の傍らにはパーティであるドワーフの
見たところ全員ノーダメージで快勝したようだ。
アスムも構えを解いて出刃包丁を下げ、両腰の鞘に戻している。
「イオリさん達だったのか……キミらとは戦えない。仕方ないか、ミノタウロスはキミらに譲ろう」
「え? いや、既に我らで斃してしまっているのだが?」
イオリは周囲を見渡しながら、屠られ倒れているミノタウロス達に視線を向けている。
おおよそ5体くらいだろうか。
しかし中ボス級の魔物をたった6人の無傷で斃しちゃうなんて相変わらず鬼強だわ。
けどアスムは暗い表情を浮かべ首を横に振るう。
「そうじゃない。ミノタウロスのシビエだ……残念だが、『モンスター飯』のルール上、先に狩ったキミ達のモノとなる」
モンスター飯にそんなルールがあるなんて初耳よ。
「ああ食料のことか。今のところは大丈夫だ。アスム殿のおかげで、あれから食料を多めに蓄えるよう心掛けている。持って行って構わない」
イオリの言葉を聞き、アスムの表情がパッと晴れやかになる。
「そうか! それは有り難い! やったぞ、ユリ!! ミノタウロスの肉をゲットだぁぁぁ!!!」
や、やめてぇ! どうしてそこで私の名前を出すの!?
まるで私が一番ミノタウロスの肉を欲しがっている感じになっているじゃない!
そんなこと一言もいってないからね!
催促したのはラティよ!
アスムが狂人ぶりを披露する中、イオリは私をじっと見つめている。
「……ユリ殿か? 以前、何処かでお会いした覚えがあるのだが……」
「え? いえ、初対面です」
別に正体を明かしても良いけど、元魔王のラティもいるから言わない方が無難ね。
幸いこの子も
「そうかな……見覚えがあるのだが」
「ちょい、イオリ様! 他の女子に目移りしちゃ駄目だよ!」
「そうです! イオリ様はわたし達だけを見てくれれば良いのです!」
「もう! 浮気は駄目ですよ!」
「……けどイオリ様のこういう反応は珍しい。てか初めて」
「そこの水色髪の神官さんも気をつけてよねぇ!」
イオリ愛の『百合軍団』がウザいわ。
てか、どうして私まで怒られるの?
「――おっ! お前はフィヒルではないか! 久しいな!」
エルミアが口元を覆っていた布をずらし自分の素顔を晒している。
そのフィヒルはイオリの背後に隠れてしまい、ちょこんと顔だけ出している対照的な態度だ。
「どうした、フィヒル? あの忍者のようなエルフ殿と知り合いなのか?」
「……うん、イオリ様。同じエルフの里出身。私と違ってポジティブで陽キャだから苦手」
陽キャ? 陽キャラって意味ね。
確かにエルミアは、大人しそうなフィヒルとは真逆のタイプね。
「相変わらず悲観的な奴だな。だがワタシは幼馴染のお前を友達だと思っているぞ」
「……そう言って陰で私のこと悪く言っているんでしょ? 方向音痴の駄目エルフって」
このフィヒルってエルフの子、相当ネガティブな性格なのね。
いくらエルミアが「そんなことないぞ!」と明るく接しても「聞く耳を持たず」って感じ。
逆によくパーティにいられると思うわ。
「ところで明日夢殿、どうしてこの大トンネルにおられるのだ? やはり我らと同様、迷われたのか?」
やっぱり迷っていたのね、この方向音痴パーティ。
あのアスムさえドン引きするほど重症だったからね。
「違う。これから最北の鉱山地帯『ドワーフの集落』の辺りに行く途中だ。その付近の山脈で俺達と同じ勇者『山代 洵』が引きこもっている。伊織さんも奴の噂くらい聞いたことあるだろ?」
「ああ、洵殿か……あれほどの力を持ちながら『魔王討伐』に消極的な勇者だな。生憎、我らと違い己が使命を放棄した者になど興味がない」
バッサリと斬り捨てるサムライガールの勇者イオリ。
極度の方向音痴さえなければ、アスム以上の志を持つ立派な勇者だ。
「……まぁ言われて当然の男だ。俺も奴をフォローする気などない。それよりシビエが傷まぬ内に血抜きと捌かせてもらう――エル、ニャンキーも手伝ってくれ!」
アスムは気持ちを切り替え、いつものとおり魔物の解体を始める。
作業終了後。
「おぉぉぉし! ついにミノタウロスの肉を手に入れたぞぉぉぉ! ラティ、何が食べたい!?」
「決まっておるぞ、アスムゥ! 牛肉といえば、断然アレじゃ! アレェェェ!」
「そうだよな、アレだよなぁ!」
アスムとラティは見つめ合い、何故か「せーの」と音頭を取り始める。
「「――焼肉ぅぅぅ!!!」」
超うぜぇ! この現役勇者&元魔王コンビ!