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第87話 仲間と恋のライバル

「ふわぁ、よく寝たわ」


 快適な朝を迎える私。

 真っ白で清潔感のある壁に囲まれた一室だ。


 私はふんわりとしたベッドで寝ており、むくっと起き上がる。

 周囲には誰もいない。最悪寝相コンビのラティとエルミアもね。

 だから余計に静かで眠ることができた。


 身形を整え、大きな長方形に区切られた箇所に手を触れると、「プシュ」と空気が漏れる音を立て出口が開かれた。


 私が空間を通り過ぎると、白い壁に覆われた渡り廊下へと出る。


「あっ、みんなおはよう」


 別の部屋から出てきた、アスム達に挨拶を交わした。


「……おはよう。ユリは眠れたのか?」


「ええ、バッチリよ」


「そうか。俺はちっとも眠れなかった……転生前のサラリーマン時代、出張でビジネスホテルに泊まった時のトラウマが蘇ってな」


 そこで提供された晩飯がクッソ不味くて……と、アスムはボヤいている。


「先生、ワタシもです。外界はあれほど精霊に満ち溢れたのに、この空間はそれらしさが一切ない……おかげで何度も息苦しくなり目が覚めましたぞ」


 エルミア、それって無呼吸症候群じゃない?

 あんた、エルフの見た目に反して寝相だけじゃなく、いびきも半端ないからね。


「わたしは誰かに見られているような気がして眠れませんでした……あらあらです」


 マイン、あんたは絶対に覗かれているわよ。きっと、勇者ジュンね。


 そう。


 私達はまだ勇者ジュンこと『山代 洵』が作った〈神の山脈マウンテンズ・オブ・ゴッド〉の領域にいる。

 てか夕食後、そのまま泊めさせてもらったのだ。


「アスムぅ、妾は腹が減ったぞぅ……」


「野営と違って魔物に襲われる心配はないけど落ち着かないニャア。早く出たいニャア」


 ラティとニャンキーも不満を訴えている。

 どうやら快適だったのは私だけだったみたい。

 まぁ神界でも似たような生活だったから、野生的な彼らより馴染めたのかもしれないわ。


『――皆サン、おはようございマス』


 突然、廊下から現れた小型ゴーレムことDF-150号ディフ。

 今日から私達と共に旅に出る仲間だ。


「おはよう。早速ですまんが、俺達をここから出してくれ」


『わかりマシタ――』


 ディフのつぶらな赤い双眸が眩く発光した。

 私達を中心に渡り廊下は上下左右に回転し、「ガシャン、ガシャン!」と変形しながら別の通路と連結されていく。

 すると目の前に階段が出現した。


『皆サマ、どうぞ』


 ディフの案内で、私達は階段を上がった。


「――やぁ、明日夢君にみんなおはよう。僕が用意したシェルターはどうだった?」


 上った先には、勇者ジュンの山小屋と繋がっていた。

彼は相変わらずソファで寝そべっている。

 てか、まるっきり動いてねぇじゃん、こいつ。


「まさか山の中に、あんな物が設備されていたとはな……以前はなかった筈だぞ?」


「僕の山は日々バージョンアップしているんだよ。上空から襲われても良いようにね」


 そう、〈神の山脈マウンテンズ・オブ・ゴッド〉の地下は広大な防空壕といえるシェルターとなっていた。

 さらに貯蔵庫には数ヶ月分の食料が確保され、私が泊まった部屋には洗浄式トイレとシャワーも完備されている。

 まさに主軸世界さながらの施設といえた。


 否、メカメカしさはそれ以上で異世界ゼーレには似つかわしくないけどね。

 だからこそ、ジュンが好意を寄せるマインの部屋には隠しカメラのような細工が施されても可笑しくないと思うわけよ。


「……まぁ、あくまで個人の趣味だ。俺がとやかく言う筋合いはない。それより朝食を作るが、当然お前も食べるだろ?」


「疑問形なのに『当然』とか決めつける言い方はやめてくれ……僕は遠慮しておくよ。キミらで勝手に食べて、とっととグサンタム帝国に行きたまえ」


 ぶっきらぼうに答えるジュンに、アスムは「ならそうさせてもらう」と告げ調理を始めた。


 朝食は採取した植物系魔物を使ったサラダだ。

 茹でたジャガイモ味の通常マンドレイクを押し潰し、自家製マヨネーズと塩コショウで和えた一品に薬草が添えられている。

 また例の完熟した人面樹の実も皿に置かれていた。


「――ほう、マンドレイクのポテトサラダじゃな? 中には刻まれたピルツメンチとネペンテスが入っておる。さらにマヨネーズを混ぜることで、より濃厚なポテトの風味が増し、絶妙な歯ごたえを感じるぞ。一見して大胆な見栄えじゃが、実に繊細な味わいじゃ」


 最後は抜群すぎるラティの食レポで締め括り、みんなで完食した。


「しかし先生、ひとつの個体でも様々な調理法や食べ方があるのですね?」


 美味しく召し上がった後、弟子のエルミアが訊いている。


「エル、それが『モンスター飯』の真髄だ。だが俺とて、まだ極めきれていない……同じ食材ばかりだと料理もマンネリしてしまうからな。これからは未知の魔物を狩り探求していくことになるだろう」


「はい! ワタシも研鑽を積んで精進いたしますぞ!」


 勝手に盛り上がっているわね、この師弟コンビ。

 私はニャンキーと後片付けを手伝いながらそう思い、何気にマインの方をチラ見する。

 魔法士ソーサラーの彼女は、ディフの身体に触ればがら「興味深いです」と呟いている。


「……あらあらこの子、至る箇所に仕掛けギミックが施されていますね。動力源は魔力石ですが、通常の鋼鉄の守護巨人兵アイアン・ゴーレムと異なり魔核コアらしきモノが存在しません」


 魔核コアとは心臓のようなものだ。

 作られた魔法生物は、魔核コアによって体内で魔力が循環され動くことができる。


「マインちゃん、動力源はあるよ。ディフは魔法と科学の融合型魔法生物ハイブリッドだからね。博識の魔法士ソーサラーでも、流石に異界の知識は持ち合わせてないだろ?」


 ソファで寝そべる勇者ジュン曰く「僕は前世じゃ科学者じゃないけど、一応は医者だったから人体の構造は熟知しているからね~ん」とドヤ顔で説明している。

 言うなれば、ディフは魔法科学という新しい分野で生成された異端のゴーレムのようだ。


「……異界の知識ですか。凄く興味深いです」


 黒魔法を極める魔法士ソーサラーほど、貪欲に知識を追い求めるらしい。

 だからこそ禁忌魔法にも平気で手を染めるのだとか。

 マインもその気質があるようだ。


「ね? だから僕と付き合おうよぉ。向こうの知識を手取り足取り教えてあげるからさぁ……」


「あらあら、勇者ジュン様。それだけは死霊と化してもお断りします」


 愛想笑いを浮かべながら身も蓋もないほど全力で拒否する、マイン。

 んなぐーたらした怠惰的な男なら、私でも嫌だわ。


 一通りの準備を整え、私達は小屋から出ることにした。


「じゃあな、山代。色々と世話になった」


「いえいえ。どうか明日夢君も頑張ってくれたまえ。何かわかったら、ディフ伝手で情報提供するからねん。マインちゃんと女神ユリファ様もまたね~」


 勇者ジュンはソファで寝そべるったまま、面倒くさそうに軽く手を振って見送っている。

 その起き上がる気配すらない態度に、女神として「お前も頑張れよな!」と指摘したくなったけどぐっと我慢した。


◇◆◇


 下山した後、再び『ドワーフの集落』に戻った。

 マインが世話になった族長のギムルに別れを告げるためだ。


「……そうか、またそこのイカレ勇者と旅に出るのか。マイン、いつでも戻って来いよ」


「はい、ギムルさん。ありがとうございます」


 簡単な挨拶だが深い絆を感じる。

 ところでギムルさん、堂々と「そこのイカレ勇者」とかって何気に酷くない?

 そのイカレ、じゃなかった……アスムは顔を顰め「チッ」と舌打ちしていた。


「……ドワーフとは皆、どうしてああも口が悪いんだ?」


 集落を離れてから、アスムは不満を呟いている。


 元はといえば、あんたが聖剣を出刃包丁に改造したり、ミスリル製の鎧と盾をフライパンと鍋にしたりと色々やらかしているからでしょ!

 ……っと言ってやりたい。


「しかしマイン、俺から誘っておいてなんだが村を離れて良かったのか?」


「はい、アスムさん。自分の見聞を広めるには、やはり旅にでるのが一番です。それにこのパーティ、わたしのような魔法士ソーサラーがいないではありませんか?」


「……まぁな。おかげで結構、大変な目に遭っている。正直、俺にはキミの力が必要だ(『モンスター飯』の発展のためにもな……)」


「そう言って頂けると嬉しいです(では、またアスムさんの肉体に魔改造を施してあげましょう!)」


 私の前でそんな会話をして歩いている二人。


 なんか雰囲気いいわね……ちょっとイラっとするんだけど!

 ひょっとしてライバル出現かと思えてしまう、私こと女神ユリファであった。



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