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第88話 煽られる勇者パーティ

「アスム、あと九日ほど歩けば目的地のグサンタム帝国に着くニャア。けど、そこからどうする気だニャア?」


 野営時に焚火を囲む中、支援役サポーターのニャンキーが地図マップを眺めながら訊いてくる。


「勿論、勇者パーティとして堂々と入国を求めるつもりだ」


「けど、あそこは『勇者特権』が使えない国だニャア。きっと門前払いされるに決まっているニャア」


「どうして?」


 私の問いに、アスムが「ニャンキーの言いたいことはこうだ」と前置の説明をする。


「グサンタム帝国は勇者がおらず、俺が祖国とするフォルドナ王国と同盟を結んでいない。ある意味、他国から孤立した閉鎖的な大国ななんだよ」


「したがって冒険者ギルドもなく、冒険者もいない国だニャア」


「なら外交はどうしているの? 商人の行き来とかは?」


「目立った外交はないが、商人の出入りくらいはあると聞く……かなり厳粛に取り締まられるらしいがな。だから以前のノルネーミ共和国のようにはいかない。今回は伝手やコネもないからな」


「では先生、商人と偽り潜入する手は如何でしょう? ワタシの得意とするところですぞ!」


 意気揚々と脳筋キャラぶりを発揮する暗殺者アサシンエルフのエルミア。


「……エル、この面子で商人を名乗るは流石に無理があるじゃないか?」


 アスムじゃないけど、この種族バラバラのパーティじゃ変装や偽装は難しいわね。

 つい最近、仲間になった一人なんてもろ四角形の小型ゴーレムだし。


「ならば下手な小細工などせず、堂々と勇者パーティだと名乗った方が、まだ不要なトラブルも避けられる……潜入は奥の手で良いだろう」


「わかりました、先生。流石は聡明なお考えです!」


 やたら持ち上げるエルミアに、私は少しイラっとする。

 彼女は根が素直で好感が持てるけど、時折アスムの承認欲求を満たすだけの舞台装置ヒロインに見えて仕方ない。

 まぁアスムも狂人だけど、某ラノベ主人公のように変にイキリ散らかしたり無自覚で周囲に迷惑を掛けない大人のイケメンだからね。


「あのぅ、ひとつ情報があるのですが……」


 マインが控え目な口調で手を上げる。


「情報? なんのだ?」


「はい。これはドワーフの族長ギルムさんから聞いた内容なのですが……つい最近グサンタム帝国の領土でダンジョンが出現したみたいで、少数ほどですが腕の立つ冒険者を雇い始めているようです」


 なんでもグランタム帝国に訪れた商人伝手で流れた情報だとか。

 マインが暮らしていた『ドワーフの集落』も近場に位置する村だから、たまたま情報が入ったようだ。


 話を聞きアスムは眉を顰める。


「ダンジョンだと? 地下に潜伏するイシュタム派の邪教徒の仕業か?」


「……そこまでは。ですが、それを理由に入国の許可を頂き、上手くいけば邪教徒のことも探れるかもしれません」


「確かに……ディフ、お前の主である『山代』なら情報を掴んでいるだろ? 奴はなんと言っている?」


『イエス、勇者アスム。マスターとのリモートを繋ぎマス――』


 小型ゴーレムのディフは上を向き、円らな双眸から光線を発した。


 夜空には、ソファで寝そべる『山代』こと勇者ジュンが浮かび上がる。

 どうしてこいつはいつも同じ体勢なの?


『――やぁ、明日夢君。昨日別れたばかりなのに、もうグランタム帝国に着いたのかい?』


「んなわけあるか。それより山代、グランタム帝国内のダンジョンについて何か知っているだろ?」


『ああ知っているよ。入居を許可した精霊から聞いているからね。一ヶ月ほど前に出現した洞窟らしいよ。でもキミが狙うイシュタム派の邪教徒とは関係ない存在だ。だから不要だと判断し、あえて教えなかったんだけどねん』


 なんでも異界の空間と繋がったダンジョンだとか。

 魔素が強い場所ほど、ごく稀にこういった現象が起こるらしい。

 アスムは形の良い顎先に指を添え、「なるほど……」と頷いている。


「実は入国する手段をどうするか迷っている。グランタム帝国は冒険者を募集しているのか?」


「ああギルドを通さず商人達を介して呼び掛けているらしいよ。以前は軍隊で対応しようとしたが、あの国は魔王軍や対人戦にはめっぽう強いけど逆に魔物相手にはからっきし駄目みたいだからね。ならば高額を払っても専門家を雇った方がましってやつさ」


「……なら、その枠でなんとかなりそうだな。ありがとう、山代。参考になったぞ」


『いえいえ。それよりマインちゃんと少し話させてくれない? いくら彼女にフラれようと、僕は彼女を忘れられないんだ……何故だか知りたいかい、明日夢君?』


「別に。ディフ、用事が終わった。もう切っていいぞ」


『――僕はねぇ、彼女のおっぱいに埋もれてスローライフを送るのが夢って、あ――プチッ』


 強制的に応答が切られ、元の夜空に戻った。


 にしても随分としょーもない最低な理由だったわ……結局ただのぐーたらな、おっぱい星人じゃない。

 そのマインは呑気に、「あらあら応答が切れちゃいましたねぇ」と口にしながらまるで他人事だ。

 天然だけど、何処か罪深さを感じる……無自覚で男を虜にするタイプと見たわ。


◇◆◇


 五日目。


 地平線が見える広大な平原の中を私達は歩いている。

 目的地まで、まだ半分くらいだろうか。

 一人だと気が滅入るわね。


「――後方から何かが近づいて来るニャア」


 ニャンキーが髭をピンと張らせ知らせてくる。

 危機察知能力に長けたミーア族と従来の命根性の汚さもあってか、エルフや最新型のゴーレムより感度が抜群だ。


 アスムは立ち止まり「どれ」と双眸を光らせ、固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を発動させる。

 なんでも双眼鏡のように遠くの先々も見渡すことができるそうだ。


「――クユーサーの群れだ。しかも運搬車両ワゴンを牽引している」


「クユーサー?」


「そうだ、ユリ。この異世界ゼーレでは牛に該当する家畜の魔物だ。ワイバーンのように躾ければ飼いならすことができる。草食で大人しく無害なことから世間では動物扱いとされ、俺の『モンスター飯』では狩りの対象外としている」


 アスムは「きっと商人の団体だろ」と教えてくれた。

 しかしこの男。ミノタウロスじゃ、あんなにテンション爆上げしていた癖に、『モンスター飯』に該当しない魔物や野生動物だと至極冷静であっさりとしている。


 私的には人型に近いミノタウロスの方が倫理的に抵抗感あるんだけどね……。


 ドドドドドド


 間もなくして、大地を駆けて来る蹄の音が聞こえてきた。

 次第に目視できるようになり全貌が明らかになる。


 まるで闘牛を彷彿させるビジュアルの群れ、いや隆起した肉体美と体格はそれ以上の大きさと迫力だ。

 あれが、クエーサーという魔物ね。目測でも数十頭はいるわ。

 バファローのような太く長い湾曲した角を持ち、各々の身体には運搬車両ワゴンを牽引するハーネスが取り付けられている。


 その運搬車両ワゴンもやたらとデカい。巨大な船のような大きさで、ちょっとした城のような建築物に相応サイズの車輪が激しく回っていた。

 しかも全体が鋼鉄で覆われており、まるで要塞さながらの風貌だ。


「……商人じゃないな。軍隊、いや違う……冒険者か?」


「うにゃ、アスム! あの旗を見るニャア! あれは【黄金の流星団】だニャア!」


 ニャンキーが興奮気味で知らせてくる。


 確かに車両の天辺には、高々と大きな旗が掲げられており『煌めく流れ星』が刺繍されていた。


「【黄金の流星団】? 知らんな。俺は他所の冒険者パーティに興味がない。どうせガヤガヤと騒がしいだけの烏合の衆だろ?」


 アスムが珍しく皮肉を言った瞬間――クエーサーの群れが一斉に進路を変え、こっちへと向かってきた。


 あ、あれ? 何だか様子が変よ。

 私達は小走りで横に移動するも、クエーサーは軌道を変えてこちら側に進行する。

 これだけだだっ広い平地だ。偶然なんてあり得ない。


「……不味いニャア。ボクの髭がビンビン疼くニャア……向こうから敵意を感じるニャア」


 ニャンキーは不吉なことを言うと、何故か私の背後に隠れ始めた。


「この猫! どうして私の後ろに隠れるの!? アスムとエルの方が安全じゃない!?」


「……女神であるユリさんの方が不死身っぽくて安心できるニャア」


 はぁ!? そりゃ女神だけど、今は肉体を得た洗練潔白な乙女なんだからね!

 あんなのに轢かれたら普通に死ぬわよ!

 寧ろ元魔王であるラティの方が身体的フィジカルが強いんですけど!


 などと言っている間に、巨大な鋼鉄の運搬車両ワゴンが間近まで迫ってきた。


 おいおいおいおいおいおい!


 奴ら、どうして私達を狙って来るのぅ!?

 ま、まさかアスムの悪口が聞こえていたぁぁぁ!?


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