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第91話 招かれざる客

 客人である私達に与えられたのは、ひと一人が寝起きするだけの部屋だ。


 作り付けの簡易ベッドとトイレを兼ねたシャワー・ボックスがあり、特にトイレは引き出し式で使用する度にセッティングしなければならない。


 んなことはいいわ。

 どうして他所のお兄さんがパンツ一丁でいるわけ?

 つーか超気まずいんですけど!


「ジロネェさん、あんた何やってんっすか!?」


「ネェさんだと? ダリオ君、こいつはどう見ても男じゃないか?」


 アスムの言葉に、ジロネェさんと呼ばれたお兄さんは、何故か胸だけを隠したままムッとしている。


「何よ、この男! 私はね、身体は男でも中身は女……って、きゃあ! よく見たら超イケメンじゃなぁーい! どちらさまぁ!?」


「以前、話したフォルドナ王国の勇者アスムと仲間のパーティ達っす」


「へ~え、キミがアスムくんかぁ。噂以上のイケメンくんねぇん。ネェさんのおっぱい見る?」


「断る。俺が男の胸を見てどうする? てか誰だ、あんたは?」


「おいアスム! 勇者でも言葉に気をつけろ! この人は幹部のジロウ・スネークさんだ! 冒険者の間でも【猛毒蛇コブラ】と異名を持ち恐れられているんだぜぇ!」


 ダリオの説明からして、その筋では凄いオネェらしい。

 そのジロウは、「ちょっと着替えるから待ってね」と片目を瞑った。


「あとお姉ちゃん達、あたしの胸を見たら承知しないからねぇん!」


 いや見ねーよ! まず胸以前にそのパンツを隠せぇ!


 着替えを終えた、ジロウ。ぱっと見、二十代後半か三十くらいだろうか。

 茶髪のロン毛に細身で背がかなり高く手足も長い。やたら動き奇妙でくねくねしているが、切れ長の双眸と男性にしては綺麗な顔立ちをしている。

 花柄の和服に似た羽織り、防具は胸当てと腕と足だけの軽装の装備。ダリオから呪術に長けた第一級の槍術士ランサーであるとか。

 なんでも東大陸に位置する武芸に優れた『倭の国』出身らしい。


「ごめんなさいねぇ、スッピンで……今、シャワー浴びた後なのよん」


「ここ客室っすよ。相変わらずフリーダムっすね」


 などと軽快な会話を交わす二人。

 ちょっと変だけど人柄は良さそうだ。


「この部屋はユリが使うといい……俺は別の部屋でいいからな」


「い、嫌よ! アスムゥ、どうしていつも私に振るの!? 他の子達にも振りなさいよ!」


 何、仕方ないから譲ってやるみたいな顔してんの!?

 イケメンだからって何でも許されると思うなよ、こいつ!


 結局、無難な配置で小型ゴーレムのディフが使用することになった。


「それじゃあね、アスムくんにお仲間のお嬢さん達。恋のお悩みとかあったら、ネエさんいつでも聞いてあげるからねぇん」


 え? マジで? あとで相談にしてみようかな……。

 実は私の好きな人が、『モンスター飯』に侵された狂人すぎて困っているんですぅ!

 なんて言ってもドン引かれるだけだろうけど。


 ジロウと別れた後、私達は各部屋へと案内される。


 すると通路を塞ぐように人族の青年が一人、ふてぶてしく座り込んでいる。

 両足を大きく開き、かかとをべったり地面につけて深くしゃがむ所謂「ヤンキー座り」だ。


 白髪を鶏冠のようなリーゼント風に纏め、瘦せマッチョの上半身を晒し両腕と両足には鋼鉄拳甲冑ガントレット鋼鉄足甲冑ソルレットいる。

 ガラの悪そうな強面の割に金色の瞳は神秘的だが、やたらと鋭い眼光でこちらをじっと凝視していた。


「ダリオ君、なんだあの男? 何故、道を譲らない?」


「……ケンド・シゥトイヤー。あいつも幹部の一人だ。18歳のガキで成り上がり者だけど、拳闘士グラップラーとして腕が立ち、自称【特攻隊長】を名乗っているんだ」


 先程のジロウとは異なり苦手でそうに説明するダリオ。

 そのケンドは立ち上がり、両手をぶかぶかのズボン・ポケットに突っ込みながら近づいて来た。


「んだぁ、テメェ。文句あんのか、コラァ」


「なるほど(前世でも俺の最も嫌いなタイプだな)、さっきまで文句はあったが今はない。道を開けてくれればそれでいい」


「んだぁ、この雑魚がぁ! 調子に乗ってんじゃねーぞぉ!」


 アスムの言葉に対し、勘に触ったケンドは顔を近づけ睨みを利かせてくる。


 だがしかし。


 ――ゴォォォン!


「うごぉ!?」


 なんとアスムは上体を仰け反らせ、いきなり強烈な頭突きを食らわせたのだ。

 もろ額で受けたケンドは呻き声を上げ、その場に倒れてしまう。


 それら光景を目の当たりにしたダリオは勿論、私達も絶句した。


「ア、アスム、お前は何を……?」


「ダリオ君、会話が通じないから武力で制したまでだ。こいつのルールに則ってな。そうだろ、ケンドとやら?」


 アスムの問いに、ケンドは赤く腫れた額を押えて身体を小刻みに震えながら立ち上がる。


「……テ、テメェ、やりやがったな! もう、もう死ぬぜぇ!」


「悪いがそれはあり得ない。今の頭突きで見極めた。俺は素手でも、拳闘士グラップラーのお前に負けることはないだろう」


「なら試してやんよぉぉぉ!!!」


 ケンドが飛び掛かろうとした時だ。

 ぶわっと彼の身体が宙に浮く。


「な、何だ!?」


「ケンド、やめれ。艦内での喧嘩、オデ許さない」


 片手で悠々とケンドを摘まみ上げる謎の巨漢。

 い、いや、女性だ。

 とても大柄で引き締まった肉体美、健康的な褐色肌。巨体な分、胸も大きい。

 赤みを帯びた巻き髪が背中まで流れ、隆々とした身体つきに似合わず可愛らしい容貌の美少女。

 そして額には二本の鋭い角が生えている。


 ――鬼人族オーガだ。


 抜群の戦闘力を誇り、肉体面フィジカルでは他の種族を圧倒している。

 妖精族の部類に入る知的種族で、一説では獰猛な性格から魔物として見られていた時代もあったとか。

 交配を重ねることで知能が芽生えて温厚な性格となり、姿も人族に近づいたことから知的種族として見られるようになったらしい。


「ネイオラさんだ。ミハイン兄貴に並ぶ実力者で【流星の双璧】と呼ばれるナンバー3の幹部だぜ」


 ダリオの話では25歳の女性で彼氏募集中だとか。どうでもいい情報ね。

 そのネイオラは「フン」と鼻を鳴らし、軽々とケンドを放り投げた。


「痛ぇ! クソッ、運がいいな勇者アスムゥ! 次こそ決着つけてやんよぉぉぉ!」


 捨て台詞を吐き、ケンドは去って行った。

 ネイオラは威風堂々と佇み、アスムの方に視線を向けてきた。

身長差があるだけに、どこか高圧的に見えてしまう


「勇者アスム、団長、呼んでいる。ダリオ、早く連れて行く」


「わかったっす! よしお前ら行くぞ!」


 口下手な片言の指示に、ダリオは直立し「イエッサ!」と敬礼してアスムの腕を引っ張る。


「ちょっと待ってくれ! 俺はまだ厨房を見せてもらってないぞ!」


「んなのはあとだ! ここでは団長の命令が絶対なんだ! 新参者のオイラじゃ、『イエス』か『はい』しかねーんだよ!」


 すっかり飼い慣らされたダリオの案内で、私達は団長がいる部屋へと向かった。


 ダリオは「失礼しゃーす!」と扉を開け室内に足を踏み入れた。

 そこは船橋ブリッジであり、四角い窓からは陽光の残滓が斜めに差し込んでいる。

 既に夕刻の頃であり夜も近い。


 目の前には先程の副団長ミハインと団員と思われる男女がおり、中でも女神の私ですら見惚れるほどの絶世の美女が佇んでいた。

 ただし透き通るような乳白色の肌を持ち、両耳の先端が尖ったエルフの女性だ。


 翡翠色の長い髪を束ねて結び左肩の前に垂らし、少し垂れ目気味の双眸は何処か慈愛を感じる眼差しと端麗な美貌を秘めている。

 頭にはテンガロンハットを被っており、緑色の鮮やかなドレスの上にベストのジャケットを羽織るカウボーイのような出で立ち。

 スレンダー系が多いエルフにしては大人びており、完璧な黄金比率のプロポーション。


「初めまして。私が【黄金の流星団】の団長、サシャーナ・ディアリエルだ。勇者アスム、まずは団員達の非礼をお詫びしよう」


 サシャーナと名乗るエルフの女性はハットを脱ぎ、丁寧なお辞儀をしてきた。


「さっき絡まれたケンドという拳闘士グラップラーのことを言っているなら謝罪は不要だ。それよりサシャーナさん、俺に厨房を見せてくれ」


 この男はあくまで『モンスター飯』オンリーである。


「……なるほど、噂どおりの勇者だな。わかった、私が案内しよう。フィリア、お前も来い」


 サシャーナが言うと、隅っこ側で身を潜めていた金髪の少女が頷きながら近づいて来る。

 これまた随分と綺麗な美少女だ。装いから剣士だと思われる。


「……彼女は?」


 フィリアという剣士の少女を見た瞬間、アスムは要求を止め訊いてきた。

 あれだけ目を血走らせていた狂人モード中だったのに、他者に興味を抱くなんて珍しいわ。


 まさか一目惚れしちゃいましたなんてオチはないわよね……。


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