俺とアリアさんがパリス・パーリ帝国に転移してもうすぐ2週間が経とうとしていた、ある日の昼下がり。
帝国の中央にある市場は今日も今日とて活気に満ち溢れていた。
そんな敵地のど真ん中において、俺とアリアさんは――
「さぁ、安いよぉ! リンゴが安いよぉ! そこら辺のデリヘル嬢より安いよぉ! お得だよぉ! 今ならスマイルも0円だよぉ!」
「どうですかぁ! 新鮮なリンゴですよぉ! 美味しいですよぉ! もう頬っぺたが落ちちゃうほど甘いですよぉ~っ!」
――順応して果物屋を開いて切り盛りしていた。
「うむ。頑張っておるな、2人とも」
「おっ! マリーちゃん皇帝陛下、いらっしゃい!」
「バカッ!? ここでは陛下は止せと言っておろうが!」
「あっ、すいません……」
地味な服装に身を包んだオカッパ幼女ことマリーちゃん皇帝陛下に叱られる。
ドMのロリコンなら膝から崩れ落ちて狂喜乱舞している所だ。
「あっ! マリーさん、いらっしゃいませ。何か買っていきますか?」
「うむ。ではリンゴ飴を1つくれ」
「かしこまりました。ダーリン、リンゴ飴1つ!」
「あいよ、ハニーッ!」
俺は昨夜から仕込んでいたリンゴ飴をバックヤードから素早く持ってくると、『んっ!』とコチラに向かって手を出すマリーちゃん皇帝陛下に差し出した。
マリーちゃん皇帝陛下は『待ってました!』と言わんばかりに俺の手からリンゴ飴を強奪すると、その小さな前歯で勢いよくリンゴ飴にかぶりついた。
途端に『へにょっ♪』と顔を破顔させる幼女陛下。
「うむ、上手い! 腕を上げたな、亭主よ」
「ありがとうございますっ!」
「マリーさん、他に何か欲しいモノはありますか?」
「ならスマイルを1つ。大至急で」
「かしこまりました。ダーリン、スマイル1つ」
「にたぁ~❤」
「気持ちワルっ!?」
大絶賛だった。
もしかしたら惚れられたかもしれない。
「よくそんな気持ちの悪い笑みで客商売が出来るモノじゃな」
「ウチには頼りになるエースが居ますからね」
そう言って俺は横で忙しそうに接客する頼れるエースことアリアさんに視線を寄越した。
アリアさんは箱入りのお姫様とは思えない慣れた手つきで、次々と店にやって来たお客様をさばいていく。
その後ろ姿はもはやベテランの風格さえ漂っていた。
「いらっしゃいませ! 今日はリンゴとマスカットが安いですよ!」
「ウチのエースは凄いですよ、マリーちゃん? 単純な戦力なら麦わらと白髭にも負けないレベルです!」
「誰じゃソイツら?」
小首を傾げるマリーちゃん皇帝陛下。
そんな彼女を導くように、俺は華麗に接客を続けるアリアさんを
「リンゴ3つとマスカット1つですね? ありがとうございます。オマケでミカンも一緒に入れておきますね?」
「箱入りのお姫様だというのに接客を1日でマスターした挙句、今では
「優秀じゃな」
「というか店長仕事しろ?」とジト目で俺を見て来るマリーちゃん皇帝陛下を華麗にスルーしながら、俺はアリアさんがいかに凄いかを力説し続けた。
そんな事を続けていると、妙にチャラそうな男がお客のフリをしてアリアさんに声をかけてきた。
「ねぇねぇ、お姉さん? 今日の仕事上がり
「てやんでぃばーろー、ナンパ目的なら2度と来るなこのダボッ♪」
「そしてナンパにも臆せず対応可能なミラクルホープでもある!」
「超優秀じゃな」
目尻に涙の珠を浮かべながら、ズコズコと引き下がるチャラ男くん。
彼がこれに懲りずにナンパ道を邁進してくれることを切に願ってやまない。
「このようにウチのエースは超モテる。競争率バリ高だ。その証拠に、もう既にここら一帯の男共は果物よりもアリアさんとお近づきになりたいが為にお店に通っている位だ!」
「男とは単純じゃのぅ……」
「さらに仕事は出来るし、気配り上手! それでいて妙に隙がありそうな雰囲気が男の性癖にモ●スターストライクッ!」
「なるほどのぅ。そこを勘違いして特攻をかけたら、玉砕してしまうワケじゃな?」
その通り! とマリーちゃん皇帝陛下の言葉に力強く頷く。
ナンパ目的のお客様には申し訳ないが、ウチのエースを落とすのは至難の業と言えるだろう。
本気でウチのエースを落としたいのなら、革命軍のナンバー2でも連れて来ないとまず不可能に違いない。
まったく、なんて罪づくりな女なんだ……。
なんてお姫様のポテンシャルに戦々恐々していると、明後日の方から呆れた声が俺の耳朶を叩いた。
「店前でナニ気持ちの悪いことを力説してんのよ、アンタは……。店長なんだから仕事しないさいよ、仕事」
「あっ、デブ! いらっしゃい!」
「デブじゃない、アリシアだ!?」
牛串をモグモグしながら俺達の前にやって来たのは、最近体重が気になるお年頃のアリシアちゃんだった。
彼女の手には空になった牛串がもう7本は握られていて……。
「アリシアちゃん、牛串が美味しいのは分かるけど、そんなに食べたらまた太るよ?」
「太ってないもん! ……ちょっとしか」
ツツーッ! と気まずそうに俺から視線を逸らす食いしん坊。
その間にも口だけはモグモグと別の生き物のように牛串を咀嚼していた。
う~ん? 俺の気のせいだろうか?
心なしか、2週間前よりちょっとポッチャリしている気がしてならない。
「な、なによ? その目は? ほ、ほんとに太ってないんだからね!?」
「まだ何も言ってないよ?」
「大丈夫じゃ、アリシア。女の子はちょっと太っておる位が可愛いってソフィアも言っておった」
「だから太ってない――えっ? ほんと?」
マリーちゃん皇帝陛下の言葉に希望を見出だしたのか、1週間砂漠を彷徨ってようやく見つけたオアシスに駆け寄ろうとする旅人のような瞳をするアリシアちゃん。
どこか縋るような子犬のような目をする彼女に、マリーちゃん皇帝陛下は「うむっ!」と無邪気に頷いた。
「それにアリシアは成長期、身体が栄養を欲しておるのじゃろう。気にすることは無い」
「へ、陛下……」
「『マリーちゃん』と呼べ、このデブッ!?」
「あああぁぁぁぁぁ~~~っ!? またデブって言った!? 体重55キロジャストのアタシに!? またデブって言ったなぁぁぁぁっ!?」
うわぁぁぁぁぁんっ!? とその場で号泣し始めるアリシアちゃん。
ちょっと陛下!?
デブが真実だとしても、もうちょっとオブラートに包んであげてくださいよ!?
そんなに『陛下』呼びが気に食わなかったんですか!?
あと何気にアリシアちゃんの体重が2週間前より3キロも増えていた。
やっぱり太ったんだね、アリシアちゃん?
「す、すまぬアリシア……。つい頭に血が上って……」
「落ち着けよ、アリシアちゃん。ホラ、リンゴ飴やるからさ」
「リンゴ飴!? ラッキー♪」
やったー♪ とピタリと泣き止んだアリシアさんに、用意していたリンゴ飴を手渡す。
この子は大体美味しいモノを食べさせておけば機嫌がよくなるので、楽で助かる。
ほんと食いしん坊バンザイッ!
「うまうま♪」と本当に美味しそうにリンゴ飴と牛串を交互に齧るアリシアちゃん。
そんなデブの夢のような喰い方をしていると、接客をしていたアリアさんがキッ! とアリシアちゃんを睨んだ。
「うるさいですよ、ブーッ! 仕事の邪魔ですっ!」
「ブー言うな!? ソレ絶対に『デブ』の『ブ』から取ったろ!? お前許さんからな!?」
ムキーッ!? と怒り狂うアリシアちゃんをガン無視して、接客を続けるアリアさん。
そんな澄ました彼女の顔が余計に気に入らなかったのか、アリシアちゃんは牛串とリンゴ飴片手にその場で地団駄を踏み始めた。
「ムカつく!? あの女、すっごいムカつく!? ムキーッ!?」
「まぁまぁ? そうカッカすんなよアリシアちゃん、あの日か?」
「もうヤダ、こいつら!? すっごい嫌い!」
「落ち着けアリシア。亭主殿のデリカシーの無さは今に始まったことでもなかろう?」
そう言ってリンゴ飴を小さな舌でペロペロしながら怒り狂うアリシアちゃんを宥めるマリーちゃん皇帝陛下。
その瞳はダメな娘を見守る母親のようで……バブみが凄い。
なんて事を考えていると「みなさーんっ!」と明後日の方向から俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。
なんぞ? と思いソチラに振り返ると、そこには色気たっぷりの素敵なお姉さんが買い物袋片手にトコトコとコチラに向かって歩いてきていた。
あの尻の張り具合、見間違えるはずがない。
「ソフィアさん、こんにちは。お買い物ですか?」
「うん。お昼の買い出しにね」
そう言って我がパーティーのお色気担当のソフィアさんがお茶目にウィンク☆ を飛ばしてきた。
まったく。英国紳士も裸足で逃げ出す鋼の理性を有する俺じゃなければ今頃、全力でプロポーズしてフラれている所だ。
「今日は暖かいから冷たいモノでも食べようかと思って――あっ!? また2人して買い食いして!?」
「ま、待て待てッ!? 怒るなソフィア! こ、このリンゴ飴は……そうっ! アリシアに無理やり食べさせられておるのじゃ! 妾は『お昼前だから嫌じゃ』と言ったんじゃが、アリシアが、アリシアが……ッ!?」
「このロリッ!? なにテキトーな嘘ぶっこいてんだ!? はっ倒すぞ!?」
「誰がロリじゃ、このブタッ!?」
「「あぁんっ!?」」
ソフィアさんそっちのけで超至近距離で睨み合う、ロリとメスガキ。
2人の覇王職に当てられてか、客足も引いて行き……アリアさんもブチギレた。
「おいコラッ! そこのロリとデブッ!? 喧嘩するなら他所でやりなさい! お客さんが怖がって寄って来ないでしょうが!」
「誰がロリじゃっ!?」
「誰がデブだッ!?」
間髪入れずに幼女皇帝陛下とメスガキ姫が声を荒げる。
凄い……瞬間、心、重ねている。
仲がよろしい事でなによりです♪
オモチャ売り場でギャン泣きしているクソガキッズを見守る祖父母のような気持ちで、ギャイギャイッ!? キーキーッ!? と騒ぐ3人を見守っていると、不意にソフィアさんが声を潜めて俺の名前を呼んできた。
「……勇者くん。さっき城内に潜んでいる先遣隊から連絡を受けた。グレート・ブリテンの秘宝が起動するまで、あと残り3日だってさ」
「3日ですか……ちなみにコッチの準備は?」
「70%までなら完了しているよ。この調子でいけば、一週間後の夕方までには準備完了すると思う」
「一週間後の夕方ですか……間に合いませんね」
顔に笑みを張り付けながら、接客のフリをしつつソフィアさんと密談を交わす。
ソフィアさんも頬に笑みを
その間にも俺は本作戦の成功率を頭の中で計算し続けていた。
「正直、不安要素もかなり残るが……クロマーク皇帝代理が秘宝を起動させた時点でコッチは詰みなんだ。なら多少の懸念事項は目を瞑るべきか……」
『裁判』にしろ『商談』にしろ『戦争』にしろ、基本的に準備が全てだと俺は思っている。
この世の中、準備を疎かにした者から脱落していく。
だからこそ石橋を叩いて壊す覚悟で挑むくらいが丁度いいのが……コッチが準備するよりも早く機が熟してしまったようだ。
こうなっては仕方がない。
もはや勝率はギャンブルに等しいが、やるしかない。
俺は人知れず覚悟を決めつつ、ソフィアさんに笑顔で耳打ちをした。
「今日の晩、マリーちゃん皇帝陛下と共に俺達の部屋へ来てください」
「ということは……?」
「はい。そういう事です」
俺は笑顔でハッキリと頷きながら、ソフィアさんに宣言した。
「明日の晩、クロマーク皇帝代理から玉座を奪還します」