「――さま、ゆ……さまっ! 勇者様っ! 起きてください、勇者様っ!」
「う~ん? あと5億光年……」
「そんな『あと5分だけ』みたい感じで言わないでくださいよ……。どんだけ寝る気ですか?」
ゆっさゆっさ! と身体を激しく揺さぶられる。
んもぅ、誰ぇ~?
俺は睡魔とさよならバイバイしながら、あざと可愛く唇を尖らせながらムクリッ! と身を起こした。
「この世でオッサンのぶりっ子ほど醜いモノはありませんよね。目がイカれそうです」
「その不敬な物言いは……アリアさん?」
シパシパする目を擦りながら声のした方向へ視線を向けると、そこには「やっと起きましたか」と呆れた表情を浮かべるロイヤル☆スケベことアリア・ウエストウッド姫君が居た。
「あぁ、おはようアリアさん……」
「もうお昼ですけどね」
そう言ってアリアさんは
彼女の指さした先には、確かに太陽がテラテラと輝いていて……あれ?
生い茂る木々……?
俺はいまだ本調子ではない頭を左右にキョロキョロ振りながら、辺りを確認する。
青々しい草木に、マッチョの腕より太い樹木。
草花の擦れる音に、栄養が豊富な大地の匂い。
間違いない、ここは森の中だ。
「あれ……?」
「どうかしましか、勇者様?」
「いや……俺達さっきまで船の中、というか海の中に居なかった?」
もしかして渦潮に呑まれたハズのあの光景は、俺の夢だった?
おいおい? だとしたらなんて悪夢を見ているんだ、俺?
そんなにストレスが溜まっていたのかな?
きっと自分でも知らず知らずのうちに、下半身の元気玉と愛しの如意棒の元気がなくなった事にストレスを溜めこんでいたのだろう。
よしっ! 今日はストレス発散の意味もこめて、アリアさんをイジリ倒しちゃおうかな♪
と俺が笑顔でアリアさんの方へと振り向いた
その瞬間、
――俺とアリアさんの間を巨大な魚が横切っていった。
……はっ?
「??? 勇者様?」
「ごめん、アリアさん。どうやらまだ寝惚けているらしい」
瞳を閉じ、小さく吐息をこぼす。
どうやら俺はかなり疲れているらしい。
これはもう今日は早めに寝た方がいいな。
そんな事を考えながら、俺は再びゆっくりと
――目の前をウミガメが泳いでいった。
「どうしたんですか、勇者様? そんな真面目な顔をして? らしくありませんよ?」
「ねぇアリアさん? 今、俺の目の前を空中に浮かんだ魚とウミガメが横切った気がしたんだけど……目の錯覚かな?」
「錯覚ではありませんよ? ほらっ」
そう言ってアリアさんは明後日の方向へ視線を向けた。
彼女の視線の先、そこには……空中に浮かんだ魚たちが気持ち良さそうお空をプカプカと飛んでいた。
シャチにイルカにカメにペンギン、子供たちに人気の海の生き物が大集合だ!
……いや、待ってくれ?
ちょっと待ってくれるか?
なんで海の生き物がお空を泳いで、いや飛んでいるのん?
「へぇ~、この世界のお魚さんは空も飛べるんだぁ~。すっげぇ~」
「そんなことあるワケないじゃないですか。ボケているんですか、勇者様?」
「なら夢だ。きっと俺はまだ夢を見ているに違いない」
「残念ながら現実です。夢ではありません」
「いいや、夢だね! 夢じゃなきゃお魚さんはお空を飛ばないもん!」
「いい大人が『もん!』とか言わないでくださいよ……。まぁ勇者様の気持ちも分からなくはないですけどね。ワタクシも前知識がなければ勇者様と同じくトチ狂っていたかもしれませんし」
1人だけ大人の余裕をみせるアリアさん。
なんか負けた気がして悔しい……。
例えるのであれば学生時代『童貞を捨てる時は絶対に一緒だぜ!』と言っていた友人のタカナシ君がバイト先のヤリマンギャルにあっさり童貞を喰われた時の敗北感に似ていると言えば分かって貰えるだろうか?
ほんとあの時は勝ち誇ったタカナシ君の顔は、今でも忘れられないよ。
まぁでも、そのヤリマンギャルが実はニューハーフだったという驚きの真実と共にタカナシ君が不登校になった素敵エピソードも存在するのだが……この話を語りだすと文庫本1冊が出来上がってしまう上に今回の話とは一切関係がないので割愛しようと思う。
元気にしているかなぁ、タカナシ君。
今頃ナニをしているのだろうか?
まぁ彼のことだ、どうせロクなことをはしていないだろう。
……あれ? 俺なんの話をしていたんだっけ?
「いいですか、勇者様。これからワタクシの話すことは、すべて真実です。落ち着いて聞いてくださいね?」
はて? と小首を傾げる俺にアリアさんは一泊置いて、
「今、ワタクシ達は深海3000メートルの海の中に居ます」
と言った。
……
「
「今、ワタクシ達は深海3000メートルの海の中に居ます」
「
「本当に」
嘘じゃないですよ、と自分の言葉を証明するように俺の手を引いて明後日の方向へ歩き出すアリアさん。
少し歩くと森を抜け、その先には……よくテレビとかで見る海の底の景色が広がっていた。
うわ~お……ナニコレ?
「あっ、これ以上先には進まないでくださいね? 勇者様が気絶している間に確認しましたが、それ以上進むとアトランティスにかかっている魔法の範囲外に出て、速攻ミンチになりますよ?」
「ミンチ?」
「はい。もう水圧でペシャンコです」
そう言うと、アリアさんは目の前を無防備に泳いでいた1匹の魚を無造作に掴むと、ペイッ! と外へと放り投げてしまった。
その瞬間――魚が一瞬で煎餅のようにペシャンコになった。
「あぁなりますので勇者様も気を付けてくださいね?」
「怖ぇぇぇぇっ!? 深海怖ぇぇぇぇぇっ!?」
気が付くと俺はアリアさんを抱きかかえて物凄い勢いで
「何ココ!? どこここ!? 深海!? 海!? なんで海の中に森があるの!? なんで深海で普通に息が出来るの!? というか、なんで生きてるの俺達!?
「ワタクシには勇者様の言動がワケ分かランスロット卿ですよ」
知的でクールなナイスガイなタマオ・キンジョーらしくもなく慌てふためく俺に、アリアさんは「これはワタクシの推論ですが」と前置きしつつ、そのいやらしい唇を動かした。
「おそらく強烈な大渦の海流に流された結果、ワタクシ達は深海3000メートルほど下にあったアトランティスの
「待って? なんて俺達が大渦に飲み込まれたことを知っているの? 寝てたよね、アリアさん? ――ハッ!? やっぱりアレは狸寝入りだったのか!?」
「違いますよ。気を失っている勇者様の記憶を魔法でちょこ~っと覗いただけです」
「えっ? そんな魔法あるの? べんり~♪」
「はい。ただ下手をしたら勇者様が廃人になる可能性がありましたが、上手くいってよかったです」
「あれ? 今さらっと恐ろしい事を言わなかった?」
ナチュラルに俺の人権を無視した発言が飛び出たような気がしたが、きっと気のせいだろう。
その証拠にアリアさんはいつも通りの澄ました表情で、説明を続けていた。
「ちなみにワタクシ達が海の中なのに呼吸が出来るのも、アトランティス全土にかかっている魔法のおかげです。この古代魔法すごいですよ? どんな過酷な環境でも生きていけるように適応できる魔法がこめられています! こんな魔法、ワタクシはじめて見ましたよ!」
ふんすっ! とエロ本を前にした男子中学生のように鼻息を荒げるアリアさん。
彼女の様子からしてとんでもない魔法である事は何となく分かったのだが、ちょっと待ってほしい。
色々ありすぎてスルーしてはいたのだが、ちょくちょくアリアさんの可愛らしいお口から気になるワードが飛び出してきて気になって仕方がないんですけど?
もう聞いちゃってもいいかな? いいよね? ねっ?
誰に許可を得るでもなく、そう心の中で呟きながら、俺は今イチバン知りたい疑問をアリアさんに投げかけた。
「あのさ? さっきからアリアさんのそのお口から『アトランティス』って単語がちょくちょく出て来るんだけどさ? そのぅ……」
「おや? 珍しいですね? 察しのいい勇者様ならとっくに『この場所』がどこか気づいているとばかり思っていたのですが」
と驚きの表情を浮かべるアリアさん。
いや、うん……もう何となく分かってはいるんだよ?
この場所がどういう場所で何て名前の場所なのかっていうのはさ?
でもさ? まだ心が現実に追いついていないといいますか……。
とモジモジする俺を前に、アリアさんは少しだけ興奮気味に鼻の穴をぷっくりとスケベに膨らませながら、ハッキリとこう言った。
「この場所はかつてカエル族が栄えた伝説の都にして、その発展し過ぎた魔法科学力によって世界を滅ぼす危険があると判断され、当時のカエル族の王に封印された【海底封印都市】――アトランティスですよ!」
そう言って語るアリアさんの顔は、お気に入りの女性用下着を前にした下着泥棒のようにキラキラしていた。