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第15話 何も知らない(アンスガー視点)

「オリアーヌ……」


 彼女が出て行った扉を見つめながら、先ほどの行動を思い起こした。何かオリアーヌの癇に障ることをしただろうか。


「いや、したな。確実に」


 好きでもない男からキスを迫られれば、誰だって嫌がる。最近は王子との接触を避けるために、ここを避難所として利用しているから、よく一緒にいるが……実際のところ、オリアーヌが俺を好きかどうかまでは分からない。少なくとも、好意は抱かれているだろう。自惚れだとは思えないほどに。


 なにせ俺は、よき相談相手であり、婚約解消を企てる共謀者だ。相棒と言ってもいい。学園内では『恋人』だと噂されているが、実際は簡単に壊れてしまうほど、薄っぺらい関係だった。


 アプローチは続けているものの、『恋人』役からは抜け出せていない。その関係が心地良いのもあるが、何よりオリアーヌの反応が可愛く、状況によって上手く乗ってくれるから、時々忘れてしまいそうになる。


「だが、拒否されるほど、やり過ぎたとは思わない」


 初めてオリアーヌにキスをした時が、まさにそうだった。強引に唇を奪ったのにも関わらず、彼女はその後も俺と会話をし続けたばかりか、俺の研究室に連れて行っても逃げなかった。


「はぁ~」


 オリアーヌが座っていた長椅子に座りながら、俺は盛大にため息を吐いた。

 目の前にあるランチボックスは、女子生徒たちがわざわざオリアーヌのために、食堂から買ってきたものである。途中でアペール嬢に絡まれないため、という配慮らしい。


 確かにオリアーヌを守るように頼んでいたが、この研究室に送り届けるほど、甲斐甲斐しく世話をするとは思わなかった。まぁ、それぞれの家門へ便宜を図る、とは言ったが。オリアーヌにも言ったように、取り巻きになりたいのだろう。


 俺はランチボックスの中から、綺麗に包まれたサンドイッチを取り出して口に入れる。いつも美味しそうにオリアーヌが食べるから、気になっていたのだ。


「こんなものを美味いと感じていたのか? 普段からどんなものを食べて……」


 いや、ここはお詫びに食事に誘ってみるか。外出届を出したことがない、と言っていたからな。首都のレストランなら、カスタニエ公爵の耳にも届くだろうし、貴族派の連中の目にも触れるだろう。


「どこが一番いいか、考えないとな」


 味や評判はもちろんのこと、雰囲気があり過ぎると引かれてしまう。とはいえ、安っぽい店はダメだ。めかし込んだオリアーヌを見てみたい。

 舞踏会ではないからドレス姿は無理だが、それは後々の楽しみに取っておきたいからな。


 俺はサンドイッチをたいらげ、空になったランチボックスを食堂へと持って行った。



 ***



 けれど翌日。困った事態が待ち受けていた。オリアーヌがなかなか捕まらないのだ。


 いつものように、授業が終わるのを機に教室へ行ってみると、オリアーヌがいない。例の女子生徒たちに尋ねてみると「今日は体調が悪い、とのことで……申し訳ありません」と困った顔をされてしまった。

 オリアーヌの体調不良は仕方のないことだし、それによって彼女たちの家門を蔑ろにするほど、器量の狭い男ではない。


「見舞いの品を持って行ってもらえるか?」

「もちろんですわ」

「助かる。放課後になったら、俺の研究室に来てくれ」

「はい」


 いつもならオリアーヌにかける言葉。返事を聞いても、嬉しいとは感じなかった。やはり、オリアーヌでなければ……意味がない。


 このまま直接、寮へ行きたいが、先日のアペール嬢との件で、学園長に釘を刺されていた。「生徒と距離を置くようにお願いしますぞ、ミュンヒ先生」と語尾を強く言われた。

 だから代わりに見舞いの品となったわけだが……何がいいものか。


 考えてみると、俺はオリアーヌのことをよく知らない。

 この学園に入学してきたのは、一年前。当初から王子の婚約者として注視するよう、学園長と公王から、王子の監視と共に命じられていた。


 一年生の時のオリアーヌは、絵に描いたような我が儘令嬢だった。気に食わない生徒がいると、からかい、難癖をつける。取り巻きたちがそれを煽り、増長。

 婚約者である王子もいさめないものだから、取り巻きたちのいいように悪女となっていった。周りの反感を買うことで、王子は王子で味方を増やしていたのだろう。公王もだが、王子も貴族派を毛嫌いしていた。


 しかし、そのオリアーヌの様子が、今年になって変わった。新入生を労わるどころか、あれだけ自分をもてはやしていた取り巻きたちまで遠ざけたのだ。

 一人ベンチに座るオリアーヌは、俗世から切り離したかのように穏やかな顔を見せ、本来持っている美貌を際立たせた。時折、一言二言、会話をする度に見せる笑顔や、植物の世話をする姿さえも魅力的に思えるほどに。


 だからこそ、王子も手放したくないと感じたのだろう。今のオリアーヌとならば旨くやれる。自分が公王になっても、貴族派の言いなりに動く人形ではない、と。


 オリアーヌには、俺への対抗心で言っているだけだと納得させたが、実際のところは分からない。二人の婚約は、オリアーヌがカスタニエ公爵に頼み込んだ、とも聞くし。

 いつ、気持ちが元に戻るかも定かではないのだ。ここは王子よりも先に動くのが最適だろう。


 オリアーヌの喜ぶもの。いつも話をするのは俺ばかりで、オリアーヌの話は婚約解消のことばかりだ。共通の話題がそれしかない、というのもあるが……これは今後の課題だな。


 ともあれ、オリアーヌといえば花を愛でる姿しか思い浮かばない。


「庭師に聞けば、好きな花が分かるだろう」


 そうして俺は、庭師に勧められたオレンジ色のバラをオリアーヌに贈った。健やか、という花言葉は、見舞いにピッタリだという。また、バラはオリアーヌが好きな花の一つだとも教えてもらった。

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