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第16話 結果と後悔(アンスガー視点)

 シルヴィ・アペール男爵令嬢が罰として、孤児院へ奉仕に行ってから、早一週間。俺はオリアーヌに会えずじまいだった。


 始めは勝手に避けられていると思っていたのだが、どうやらそうではなかった。最後にあった時の出来事が出来事だっただけに、随分と頭を悩ませたものである。


 たとえば体調不良だというオリアーヌのために、同じ寮で謹慎処分を受けているアペール嬢がいては気が休まらないだろう、と早々に孤児院へ行かせたのがバレた、とか。贈った品々が不満だったのではないだろうか、とかだ。


 けれどそれはないだろう、という安心感が密かにあった。律儀にもオリアーヌは、お礼の手紙をクラスメイトの女子生徒に託してくれていたからだ。


 ◇◆◇


 拝啓 アンスガー・ミュンヒ様


 オレンジのバラをありがとうございます。もしかしなくても、こちらは庭園に咲いていたバラでしょうか。先日、綺麗に咲いたと庭師さんからお聞きしました。フルーツ系の香りだったので、よく覚えています。

 それを三本もいただけるとは……ありがとうございます。


 今の私がお返しに渡せるとしたら、ピンクのバラを五本。花束に、いえ直接、研究室まで花瓶にバラを挿しに行きたいです。


  かしこ


 ◇◆◇


 オリアーヌはきちんと、オレンジのバラの花言葉や、本数に込められた意味を理解していた。だから『感謝』の花言葉を持つピンクのバラと、『あなたに出会えて本当によかった』という意味の本数をわざわざ記したのだ。


 同じ本数でなかったことは、未だ『告白』の返事をもらっていないのだから仕方がない。

 さらに赤いバラを選ばなかったことにも、少しだけ落胆した。赤はオリアーヌの髪の色でもあると同時に、俺の瞳の色でもあったというのに。


「ここは花言葉ではなく、そっちの色で選んでほしかったがな。俺が欲張りなのだろうか」


 それ以来、オリアーヌとは手紙のやり取りをしていた。主に体調はどうか、と聞いている内に、寮に引きこもっている理由を明かしてくれたのだ。


「確かに王子には気をつけてくれとは言ったが、こんな方法を取るとは思わなかった」


 未だ婚約者であるため、教室を別にするわけにもいかず。アペール嬢もいない今、隣の席に座られてしまう可能性もあった。


 『エミリアン王子はいずれ公王になられる方ですから、公妃の他に側室を迎えることもあります。だからシルヴィ嬢がいないこの時を狙って、私との関係を修復に動いたとしても、誰も不思議には思わないでしょう。けれど私は……』


 そんな悲痛な文面を読んでいるだけで、今すぐにでもオリアーヌを抱きしめたくて仕方がなかった。と同時に、王子への殺意が芽生える。


「カスタニエ公爵を説得する前に俺が公王に掛け合うか……いや、下手に動いてオリアーヌとの婚姻を反対されては困る」


 万が一、オリアーヌからの返事がもらえなくとも、カスタニエ公爵から色よい返事をもらえれば望みはあるからだ。


 とりあえず今は待つしかない。カスタニエ公爵の説得も、アペール嬢の罰が終了する時も。


「こんなことなら、学園長の言う通り、穏便に済ませればよかった」


 そうすれば、こんな面倒なことは起きなかったのだ。俺は気分転換に、研究室の扉を開けた。

 今日は街に出て、オリアーヌに贈るプレゼントを探しに行こう。病気ではないから、お菓子系統もいいな。いや、ずっと部屋に籠っているから、本の方がいいだろうか。

 未だに好みは分からないが、少しずつこうやって知っていけばいい。そんな気持ちで出たというのに、嫌なものを見る羽目になるとは、この時は微塵も思っていなかった。



 ***



「相変わらず、この時間の学園は騒がしいな」


 だから放課後はいつも、研究室に籠っていた。ここ最近は、オリアーヌが避難先としてやってきていたから出ることもなかったが、今はその彼女のために外出までしようとしている。


 一人の女子生徒に夢中になっているなど、教師として恥じるべきことなのに、今はそれが心地よかった。おそらく、別の教師が同じことをしていたら、非難していただろう。いい大人が骨抜きにされて、とな。

 だからこそ感じてしまう。


「俺も同じくらいの年齢だったら、あんな風に堂々とベンチで話せるのにな」


 廊下を歩いていると、木陰のベンチに座る生徒の姿が目に入った。学園の黒い制服は、綺麗に整えられた芝生の上に置かれた白いベンチによく映える。その者の髪が、黒と相性の良い赤毛なら尚更だ。


「ん? 赤毛?」


 それも女子生徒だと分かると、思わずある女性が脳裏に浮かんだ。


「いやいや、この学園に何人、赤毛の女子生徒がいると思っているんだ。珍しい髪の色でもないというのに」


 しかし、嫌に目につく。ここ最近、見ていなかったからか、その女子生徒がオリアーヌの座る姿と重なるのだ。

 重症だな、と思った瞬間、俯いていた女子生徒が顔を上げた。


「っ!」


 オリアーヌ! こんな時間に、どうしてここに? 寮の外に出るとしても、わざわざ放課後を選ぶ必要はないだろう。もしも王子が目にしたら……いや、そもそもオリアーヌの隣にいるのは誰だ?


 同じ黒い制服に水色の髪の毛。どこかで見たことのあるような、生意気に見える緑色の瞳を眼鏡で隠す男子生徒……。


「アシル・クールベ……」


 宰相のところの小倅か! 確かアイツは、王子の腰巾着をしていたから……オリアーヌを説得しているのか? わざわざ呼び出して、王子の元へ行くように言っているのではないだろうか。


 アイツがアペール嬢のことをどう思っているのか分からないが、この機会に排除したいと思っていても不思議ではない。クールベ侯爵家は王権派であり、貴族派を毛嫌いしている。しかし保守的な思想を持っている家門でもあった。


 だから貴族派ではないけれど、オリアーヌと王子の婚約に積極的だったのだ。公王に進言したのも、クールベ侯爵だと専らの噂である。同じ貴族であっても、新興勢力や身分の低い者が公妃の背後に付くなど、我慢ならない奴だからだ。


「くそっ!」


 そんな背景なんぞ知るか! こっちは色々と遠慮と配慮をして……我慢していたのだぞ! それなのに……。


「俺以外の男と会っていいと思っているのか!」

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