「詫びに行こうにも、体調不良だと言われ、門前払いをされた気分になったのだ」
「お、大袈裟ですわ」
「完全に嫌われたと思ったら、そう受け取りたくもなる」
「けれどバラをくれたではありませんか。私こそ、ミュンヒ先生に嫌われたと思っていたので、とても嬉しかったです」
「しかしだな。あれとて庭師からの助言で……」
「くれたのはミュンヒ先生です。庭師さんではありません。バラを育てたのは庭師さんかもしれませんが、そしたら皆、庭師さんからの贈り物になってしまいますよ」
ミュンヒ先生の膝の上で、必死に弁解した後、ふふふっと笑う姿は滑稽だった。バツが悪そうな顔をするミュンヒ先生もまた然り。
「だが、バラを贈っても、オリアーヌは寮から出てこなかったではないか」
「それは……」
「王子ではなく、本当は俺に会いたくなかったからではないのか?」
「……先ほども言ったように、分からなくなったのです。修道院へ行きたい気持ちとミュンヒ先生への想い。悩んでも悩んでも解決できない。かといって誰かに相談することもできず……」
「部屋に籠もったと」
「はい。申し訳ありません」
事の顛末は案外、簡単なようで複雑だった。
「それならそうと、言ってくれると楽だったんだがな」
「言えるわけがありません!」
「どうして?」
「……ミュンヒ先生を選ぶことができないからです」
それはとても失礼なことだ。恋愛経験がほぼなく、小説や漫画、乙女ゲームで培った知識しかないけれど、これが不誠実であることくらいは分かる。
「確かに俺一択にしてほしい、と望む気持ちはある。だが、俺は欲張りな男でな。だから女にもそれを求めるのはダメか?」
「ダメとか、そういう問題ではないと思います。いくら欲張っても、両方選ぶことはできませんから」
そもそも結婚とシスターは真逆だ。できるわけがない。
「意外と頭が固いのだな。領地にも教会はあるし、首都にもある。邸宅の敷地内に礼拝堂を設けている、
「……つまり、私のために礼拝堂を建てる、とでもいうのですか?」
「あぁ。教会を新たに作ろうとすると、司祭やら何やら色々と面倒事になりそうでな。礼拝堂までは、うるさく言って来ないから大丈夫だ。それから、教会と並列している孤児院も欲しいというのなら、作ってやれるぞ。なにせ首都には、孤児院に入れない子どもが大勢いる。邸宅だと使用人が嫌がるだろうから、通える範囲内になるがな。もちろん、経営はオリアーヌがすればいい」
だから俺を選べ、と言っているように聞こえた。
「なぜ、そこまでしてくださるのですか?」
「オリアーヌがほしいからだ」
「……私の……どこが好きなのですか?」
言った瞬間、しまったと思った。私はなんてことを……絶対に面倒くさい女だと思われた。さっきも頭が固いと言われたし……あぁ今すぐに、この膝から飛び降りたい。
「共感、感心……いや、理解だな」
「え?」
「歴史を学び、それを現在に活かそうとするところに感心した。それを実践する者は少ないが、オリアーヌはこの研究室内に送られてくる本や置いてある本に至るまで、有益そうなものを選んで……ほら、いつの間にか自分専用の本棚を作ったではないか」
「ご自分の知らないところで作ったような言い方をしないでください。ミュンヒ先生が許可してくれたのですよ」
私は研究室の隅にある、小さな本棚を見つめながら得意げに言うミュンヒ先生に向かって睨んだ。
「そうだったか?」
「勝手に自分用のものを置くほど、図々しくありません」
シルヴィ嬢ならともかく、私はそんな女ではない。
「確かに、先住民の意見を無視して勝手気ままにやれば、衝突する。保守系の貴族が、新興勢力を嫌うのは、まさにこれが理由ともいえよう」
「けれど、それでは国が発展しません。向上心さえ失われてしまいます」
「大袈裟にいうと、そうなるな。だが、分からない者たちが、この国には多い。俺はアイツらを説得するのに、もう疲れたのだ」
相手の考えを変えることは、容易なことではない。受け入れる意思がない者に、何を言っても通じないからだ。それを無理に変えようとすれば、
シスターだった時、この手の相談はよく聞いた。相手をどうにかしてほしい、と。私から言ってほしい、とも。
「でも、ミュンヒ先生は相手を説得するために、この学園で調べ物をしているのではありませんか? 前例があれば説得しやすいですから」
「あぁ。だから歴史の教師は都合が良かった。生徒たちにその前例を教えることも、意見を聞くこともできるからな」
「ふふふっ、まるで植物の植え替えのようですね」
国という鉢はそのままで、王族という植物を入れた後、代替わりした貴族という名の新しい土を入れる。植物は新しい土から栄養をもらい、さらに成長していくのだ。
「オリアーヌ、これが答えだ。俺のよき理解者であること。話しが尽きないところもまた、手放せない理由だろうな」
「それは私も同じです。会えない間、ミュンヒ先生と話せないことがもどかしくて……辛かったです」
手紙でやり取りしていたけれど、こうして直接話すとよく分かる。この時間をずっと待っていたのだと。
「ならばどうして、アシルと会っていた? まさかとは思うが、俺の代わりではないだろうな」
ん? どうして話題がそっちへ? いい雰囲気だったのに。