目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第20話 我慢していたのは

 ミュンヒ先生は、まるでそれが本題だといわんばかりに、真剣な眼差しを私に向けてきた。会えない間、他の男と逢引きをして怒っているわけでも、責めているわけでもない。

 声音から感じるのは、焦りや不安。口では強気に言ってみせても、隠せるようなものではなかった。


「もちろん、代わりではありません。なにせ、ミュンヒ先生に直接言えない、臆病者なのですから」

「どういうことだ?」

「ミュンヒ先生もおっしゃっていたではありませんか。『王子も王子だが、側近もまた同じ』と。まさにそのことです」


 そもそもシルヴィ嬢に関しての苦情を、アシル様が言いに来るのがおかしい。私に気持ちが傾いていたとしても、ここは恋人として言いに来るべきである。それも私ではなく、ミュンヒ先生のところへ直接、言いに行けばいいだけの話なのだ。


 首を傾げるミュンヒ先生に、私は腹いせとばかりに事細かく、ここに至った経緯を説明した。


「なるほどな。だが、感心はしない」

「えぇ。その通りです。だから私は怒っていたのですが……見えませんでしたか?」

「どちらかというと、俺から逃げようとしているように見えたな。気づいていないアシルに止められていたようだが」

「間違ってはいませんが、その前の出来事を言ってほしかったです。もしかして、ワザとですか?」


 それとも、アシル様と会っていた腹いせか。


「最初から見ていなかったのだから、仕方がないだろう。だが、やはり俺から逃げようとしていたわけか」

「……キスを拒否しておいて、どのような顔で会えというのですか?」


 手紙では、あえて触れなかった。謝罪すると、そのことに触れそうだったから、贈り物のお礼だけを書いたのだ。ミュンヒ先生からも、触れたくないことだったのか、追及されなかったから余計に。


「あれは……俺がオリアーヌの気持ちを無視してやったことだ。今更だが、怒っていいぞ」

「できるとお思いですか? 私のために、礼拝堂や孤児院まで作ると聞いた後で。あれは嘘ではないですよね」

「無論、本気だ」

「……でしたら、二人きりの時でも……キス、してくださるのですか?」

「もう無理やりはしない。オリアーヌが許してくれるのならばな」


 その言葉が今、どれほど卑怯か、分かって……言っているのでしょうね。


 だから私は、伸びてきたミュンヒ先生の手を掴み、もう片方の手で迫って来た唇を制した。案の定、不機嫌な顔をされたが、この手を離すつもりはない。


 ミュンヒ先生はむごむごと何かを言っている。おそらく「何をする」「どうしてダメなのだ」「この手をどかせ」だろうか。手がくすぐったい。


「先ほど話題を変えたのは、ミュンヒ先生の方ですよ。だからこの後、どうするつもりなのか聞くまではダメです」

「むごんごんが(なんのことだ?)」

「シルヴィ嬢のことです。このままでは、またアシル様の手紙がやって来てしまうので、どうにかしていただかなければ困ります」

「む~」


 これは唸っているだけなのかしら。


 それなら、と手を離した瞬間、腰を支えていた腕が背中に回り、引き寄せられた。「あっ」と口を閉じる間もなく、ミュンヒ先生の唇が重なる。そっと口付けられたのは、ほんの僅かな間。気がつくと、唇を強く押しつけられていた。

 まるで飢えていたかのように激しくて、深いキス。初めてミュンヒ先生とキスをした時もそうだったけれど、今回はそれ以上で息をつく間もなかった。


 恋愛初心者の私には、し、刺激が強過ぎる……!


「すまない。随分と我慢を強いられていたのに、今度もと思ったら、抑え切れなかった」

「はぁはぁはぁ……それ、でも! 手加減、して、ください!」


 話は済んでいないというのに!


 私は必死に酸素を求めながら、ミュンヒ先生の体に自らの体を、抱き合うようにして預けた。体に力が入らないというより、再びキスされないため、といっても過言ではない。


「だから謝っただろう。それにアペール嬢の件だが、俺も撤回しようと思っていたところだった」

「どう、いうこと、ですか?」

「王子対策なのは分かるが、オリアーヌが寮から出てこなかったら、俺の方が罰を受けているように感じるではないか」


 ん? 実際、罰を受けるようなことをしませんでしたか? 一応、折り合いがついたばかりだけど、その時はまだだったから、あながち間違いではないと思いますけど?


「なんだ? おかしなことでも言ったか?」


 私の沈黙が気に食わなかったのか、顔が見えない分、変な推測をしているようだった。けれど私は、まだ息が整っていない風を装ったままにした。

 こういう場合は、誤解させたままに限る。元シスターといえど、自身のことに関しては、それほど心は広くないのだ。


「お、オリアーヌ?」


 知りません。一応、聞きたいことは聞けたので、しばらくはこのままの体勢でいさせてください。なにせ、ここが私の定位置だとおっしゃったのは、ミュンヒ先生ですよ。このくらい許してくれますよね。降りずにずっと、我慢していたのですから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?