ミュンヒ先生は、まるでそれが本題だといわんばかりに、真剣な眼差しを私に向けてきた。会えない間、他の男と逢引きをして怒っているわけでも、責めているわけでもない。
声音から感じるのは、焦りや不安。口では強気に言ってみせても、隠せるようなものではなかった。
「もちろん、代わりではありません。なにせ、ミュンヒ先生に直接言えない、臆病者なのですから」
「どういうことだ?」
「ミュンヒ先生もおっしゃっていたではありませんか。『王子も王子だが、側近もまた同じ』と。まさにそのことです」
そもそもシルヴィ嬢に関しての苦情を、アシル様が言いに来るのがおかしい。私に気持ちが傾いていたとしても、ここは恋人として言いに来るべきである。それも私ではなく、ミュンヒ先生のところへ直接、言いに行けばいいだけの話なのだ。
首を傾げるミュンヒ先生に、私は腹いせとばかりに事細かく、ここに至った経緯を説明した。
「なるほどな。だが、感心はしない」
「えぇ。その通りです。だから私は怒っていたのですが……見えませんでしたか?」
「どちらかというと、俺から逃げようとしているように見えたな。気づいていないアシルに止められていたようだが」
「間違ってはいませんが、その前の出来事を言ってほしかったです。もしかして、ワザとですか?」
それとも、アシル様と会っていた腹いせか。
「最初から見ていなかったのだから、仕方がないだろう。だが、やはり俺から逃げようとしていたわけか」
「……キスを拒否しておいて、どのような顔で会えというのですか?」
手紙では、あえて触れなかった。謝罪すると、そのことに触れそうだったから、贈り物のお礼だけを書いたのだ。ミュンヒ先生からも、触れたくないことだったのか、追及されなかったから余計に。
「あれは……俺がオリアーヌの気持ちを無視してやったことだ。今更だが、怒っていいぞ」
「できるとお思いですか? 私のために、礼拝堂や孤児院まで作ると聞いた後で。あれは嘘ではないですよね」
「無論、本気だ」
「……でしたら、二人きりの時でも……キス、してくださるのですか?」
「もう無理やりはしない。オリアーヌが許してくれるのならばな」
その言葉が今、どれほど卑怯か、分かって……言っているのでしょうね。
だから私は、伸びてきたミュンヒ先生の手を掴み、もう片方の手で迫って来た唇を制した。案の定、不機嫌な顔をされたが、この手を離すつもりはない。
ミュンヒ先生はむごむごと何かを言っている。おそらく「何をする」「どうしてダメなのだ」「この手をどかせ」だろうか。手がくすぐったい。
「先ほど話題を変えたのは、ミュンヒ先生の方ですよ。だからこの後、どうするつもりなのか聞くまではダメです」
「むごんごんが(なんのことだ?)」
「シルヴィ嬢のことです。このままでは、またアシル様の手紙がやって来てしまうので、どうにかしていただかなければ困ります」
「む~」
これは唸っているだけなのかしら。
それなら、と手を離した瞬間、腰を支えていた腕が背中に回り、引き寄せられた。「あっ」と口を閉じる間もなく、ミュンヒ先生の唇が重なる。そっと口付けられたのは、ほんの僅かな間。気がつくと、唇を強く押しつけられていた。
まるで飢えていたかのように激しくて、深いキス。初めてミュンヒ先生とキスをした時もそうだったけれど、今回はそれ以上で息をつく間もなかった。
恋愛初心者の私には、し、刺激が強過ぎる……!
「すまない。随分と我慢を強いられていたのに、今度もと思ったら、抑え切れなかった」
「はぁはぁはぁ……それ、でも! 手加減、して、ください!」
話は済んでいないというのに!
私は必死に酸素を求めながら、ミュンヒ先生の体に自らの体を、抱き合うようにして預けた。体に力が入らないというより、再びキスされないため、といっても過言ではない。
「だから謝っただろう。それにアペール嬢の件だが、俺も撤回しようと思っていたところだった」
「どう、いうこと、ですか?」
「王子対策なのは分かるが、オリアーヌが寮から出てこなかったら、俺の方が罰を受けているように感じるではないか」
ん? 実際、罰を受けるようなことをしませんでしたか? 一応、折り合いがついたばかりだけど、その時はまだだったから、あながち間違いではないと思いますけど?
「なんだ? おかしなことでも言ったか?」
私の沈黙が気に食わなかったのか、顔が見えない分、変な推測をしているようだった。けれど私は、まだ息が整っていない風を装ったままにした。
こういう場合は、誤解させたままに限る。元シスターといえど、自身のことに関しては、それほど心は広くないのだ。
「お、オリアーヌ?」
知りません。一応、聞きたいことは聞けたので、しばらくはこのままの体勢でいさせてください。なにせ、ここが私の定位置だとおっしゃったのは、ミュンヒ先生ですよ。このくらい許してくれますよね。降りずにずっと、我慢していたのですから。