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第22話 手紙にしたためた悪意(シルヴィ視点)

 シルヴィ・アペールの記憶を持ってすれば、孤児院の仕事など簡単なことである。体が覚えているのだから、前世で経験のないことでも大丈夫だと思った。しかし現実は……。


「どうしたのですか? いつもなら楽しそうに、子どもたちの相手をしてくれているのに」


 洗濯が終わり、さて自室へ戻ろうとした途端、それを待っていたかのように、子どもたちが群がって来たのだ。「遊ぼう!」「絵本を読んで!」「学園でどんなことをしていたの? お話を聞かせて」など、好奇心旺盛な頼み事まで。


 本来のシルヴィは子ども好きだから、ここは怪しまれないためにも付き合うしかない。けれどそんな安易な考えで引き受けるべきではなかった、とものの数秒で痛感した。


「それは久しぶりだからですよ、シスター。学園では貴族令嬢らしく振る舞うように、と言われていましたから」

「でもシルヴィは気立てもいいのだから、上手くやれていたのではありませんか?」

「まさかっ! 貴族の方々が平民を、しかも孤児である私を、そう易々と受け入れてくれると思っているのですか?」


 ふふふっ、これはいいわ。孤児院といえど、シスターは噂好き。ここにいる子どもたちの引き取り先や、教会での奉仕活動で遭遇する貴族をチェックするほど、敏感なのだ。

 どの人がどのような子どもを求めているのか。もしくは教会とは別に援助してもらえないか、と虎視眈々と探りを入れている。だからすぐに、シルヴィをアペール男爵に引き渡せた、というわけである。


「いいえ。私もまた、この孤児院の出身ですから、シルヴィの苦労は分かっているつもりです。特に年齢が若ければ若いほど、反発心が強いものですから」

「さすがはシスター。今回、孤児院へ帰って来たのも、ある令嬢からの嫌がらせが発端でした」

「まぁ! かわいそうなシルヴィ。確か、学園で粗相をした故に、罰として戻って来た、と聞きましたよ」


 おおやけにはノブレス・オブリージュの一環として、となっているが、やはりシスターにはそのように伝えられていたようだ。けれど本当かどうかは確かめることができない。

 さらに学園がどのようなものかも、シスターは知らないのだ。内情を知ることも、またしかり。


 私は緩む口元を手で隠しながら、少しだけ顔を前に傾けた。


「実は、私を嫌うある令嬢が、事実を捻じ曲げて先生に告げ口したんです」

「なんということを! でもその事実とは?」

「ここの孤児院の子どもたちもそうですが、私もシスターに敬称をつけずに呼びますよね」

「えぇ」

「子供たちに対しても、です。だから誤って敬称をつけずに呼んでしまいました」


 誰に、とは敢えて言わなかったけれど、その前に「私を嫌うある令嬢」と言っておいたから、シスターはその人間を連想するだろう。本当は教師に対してだけど、それでは私がシスターに叱責されてしまう。


 どの世界でも、教えを乞う生徒が、教師を呼び捨てにすることはいけないことだからだ。あの時は、思わずカッとなり、オリアーヌの策に嵌ってしまったけれど。


「シルヴィ……いくら同年代の子だからといっても、ここにいる子どもたちとは違うのですよ」

「分かっています。今回はこの程度で済んだことも、また」

「えぇ。そうですよ。アペール男爵でも庇えない事態になったら、簡単に切り捨てられてしまうのですから。十分に気をつけなければ……分かっていますよね」

「はい」


 効力としては薄いけれど、これで「敬称をつけずに呼んだだけで罰する、我が儘な令嬢がいる」ことをシスターに植え付けられたわ。うまく、貴族たちとの話題の種にしてくれるといいのだけれど。シスターは元々、提供できる話題が少ないから、安易に喋ってくれると信じているわ。


 私は話の流れに便乗して、そのままシスターの横を通り過ぎ、廊下へ出た。これでようやく自室に戻れる。そしてこの恨み、いや辛さを手紙に書いてやるんだ。

 私を庇ってもくれなかった、エミリアン。覚悟しておきなさいよ。学園に戻れるように工面してくれなかったら、何度でも手紙を送ってやるんだから!



 ◆◇◆


 親愛なるエミリアン・ホス・レムリー様


 お久しぶりです。元気にしていますか?

 まだ数日しか経っていないのに、と思うでしょうけど、学園ではずっとお傍にいたので、私はとても寂しく感じています。エミリアン様も同じだと思ってもいいですか?

 ミュンヒ先生から処罰を言い渡される前から、エミリアン様の心は私ではなく、別の人に向いているように感じました。だから私が学園にいない間に……と邪推してしまうのです。お許しください。

 実はこの里帰りともいうべき奉仕活動ですが……あまりよい待遇を受けていません。勿論、処罰なのですから、当たり前ですが。

 一度、孤児院を出た私を、皆は快く思っていません。男爵に引き取られた上、学園に通わせてもらっているのですから。さぞ、いい生活をしているのではないか、と妬まれています。

 だからエミリアン様。どうか、私を学園に戻してくれるように、ミュンヒ先生に頼んでもらえませんか? 早くエミリアン様にお会いしたいのです。


 いい便りが来ることを願っています。

             シルヴィ・アペール


 ◆◇◆



 あまり悲壮感を出すと、孤児院の評判が下がり過ぎて、見に来られると困る。だから、このくらいで十分かな。


 問題はエミリアンだけで、うまく処理してくれるか、だ。だから念の為に、もう一人追加しておこうかな。


「うん。アシルがいいかもね」


 エミリアンに頼んだけど動いてくれない、とか書けば、何かにつけて対抗意識があるアシルは動いてくれるはず。

 王子と宰相の息子が同年代、というのは友情が生まれるものらしい。けれど、エミリアンとアシルは違う。

 いや、どちらかというとアシルが一方的にライバル心を燃やしているだけなのだ。それが私という乙女ゲームのヒロインの存在によって、さらに過熱していく、というのがアシルルート。


 二人の間に挟まれて、なんて憧れのシチュエーションを味わえることもあって、アシルルートは大人気だった。それがここで役に立つなんてね。


 そういえば……もう一つ人気のルートがあったわ。次期公爵であり、オリアーヌの兄。ジスラン・カスタニエのルートが。

 シスコンという設定なんだけど、そこからヒロインに恋するシチュエーションが寝取られに似ていて、ゾクゾクしちゃったのよね。悪役令嬢である妹を、バッサリ切るところもまた。


「そうよ。ジスランがいたじゃない」


 オリアーヌに婚約者ではない男の影があったら、どんな反応をするかしら。伝手は……そうね、アシルに頼めばどうにかして届けてくれるかも。


「ふふふっ、楽しくなってきた」


 私を学園から追い出したことを、後悔するといいわ。

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