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第28話 兄の説得(?)

 あの手紙を読んで、どうして「一緒に帰ろう」になるの? エミリアン王子と婚約解消したい、と私は書いたはずよ!


「お兄様は、私を退学させたいのですか?」

「まさかっ! 私が可愛い妹の名誉を傷つける行為をするとでもいうのかい?」


 どちらかというと、ご自分の名誉を、今ここで下げた気がするけれど?


「学園にいないだけで、退学扱いにはならない。そうですよね、学園長」

「え? だけどそれは、特別な理由があるからで、私には当てはまらないはずです」


 そう、すべての貴族令嬢令息たちが、この学園に通っているわけではない。学園の寮に入るのが難しいくらい体が弱かったり、学費を払うのが困難だったりと、様々な理由を抱えていたからだった。

 それでもこの学園の卒業という肩書が、必要な者たちがいる。たとえば、爵位を継げない者が他家に奉公する時など。高度な水準の教育と常識を得ているかいないかで、待遇に差ができるのだ。


 故に特例が認められている。


「オリアーヌは王子の婚約者だ。未だね。だから公妃教育に力を入れたい、と申し出れば可能だ」

「過去にもカスタニエ公爵家から、そのような前例を受けたことがある。公妃を何人も輩出している家門だからな」

「それでしたら、当然、許可してくださいますよね」

「何を勝手なことをいうのですか? それを決めるのは、お父様であってお兄様ではありません!」

「その通りだ。このような話は、君の一存で決められる話ではない。それに学園長の立場としては、ここにいることが、今後のカスタニエ嬢にとって貴重な体験であり、財産になると思うがな」


 さすが学園長。事なかれ主義らしさを、模範解答でかき消している。

 そして何より一番いいのは、私の味方をしてくれているところだった。学園長からすれば、味方になっているつもりはないのだろうけれど、私にとっては感謝し切れないほどである。


「おっしゃっていることは分かります。兄としてオリアーヌを想えば、このまま学園で過ごすのが一番良いことも。ですが――……」

「それならば、この話は終わりにしましょう。答えも間違っていますからね」


 そもそも私が聞いたのは、ミュンヒ先生が庇った理由だ。それなのに、何が「一緒に帰ろう」よ。見当違いもいいところだわ。


 ジスランが言葉を続けようとした瞬間を見計らい、私は音が出るほどの勢いで、両手を合わせた。

 これ以上、余計なことを言って、話を拗らせないための処置だったのだが、ジスランは……やはりというべきか、諦めが悪かった。


「オリアーヌ!」

「スラッカ先生は、図書館で騒いだ程度では退学にすることはできない、とおっしゃいました。学園長もまた、ここに残ることを推奨してくれたため、家に帰る必要はどこにもありません」

「いや、ある! オリアーヌの望みを叶えるには、これが近道なんだ」


 ここに学園長とスラッカ先生がいるせいなのか、ジスランはあえて、『婚約解消』という言葉を使わなかった。しかし、それは大きなお世話である。


「エミリアン王子との婚約解消で、家に帰ることが近道なのは分かります。けれど、お父様からその手筈が整った、との手紙はもらっていません。説得するだけなら、手紙のやり取りでも十分できます。いたずらに帰って、お父様を怒らせでもしたら、どうするのですか? お兄様が責任を取ってくださるというのなら構いません。勿論、その責任というのは……」

「分かっている。婚約解消だろう?」

「はい」

「……つまり、父上を説得できたら、帰って来てくれるんだな?」


 ん? 論点がズレていませんか? いや、これは話が元に戻った、といってもいいのかしら。それにこれはこれで、悪い話じゃないわ。


「えぇ、説得できましたら。一度帰って、お父様と話し合う必要がありますもの」

「そうですな。婚約解消という話であれば、帰宅を認めましょう。あくまでカスタニエ嬢が言った通り、説得できたらの話ですが」

「ありがとうございます、学園長」


 ジスランが脱線しないように、丁寧な説明まで……痛み入ります。


「これでミュンヒ先生が、なぜ私を庇ってくださったのか、分かっていただけたと思います」

「ふむ。婚約解消が裏にあったとは、想像していなかったから驚きましたぞ。しかし、それと二人の関係は……どう説明するつもりですかな?」


 うっ。そこは見逃してほしかったのに……さすがにそれはできないか。


「えーっと」

「それはこの間の男爵令嬢の件で、説明が足りるかと思われます」

「ミュンヒ先生……」


 まるで四面楚歌のような立場でいたせいか、その助け舟がどれだけ心強かったか。横にいるミュンヒ先生の顔を見て、思い知らされた。


 そうだ。私は一人ではない。


 前世で相談してくる者たちに、よく言っていた言葉が、今まさに私を勇気づけていた。


「まさか学園長は、ここにいるオリアーヌ嬢が、あの日初めて嫌がらせを受けた、とは思っているわけではありませんよね。前々から噂になっていたのを、お互い見て見ぬ振りをしていたのですから」

「だからカスタニエ嬢に肩入れをしたというのかね?」

「アペール嬢が図に乗らなければ、オリアーヌ嬢は被害に遭わずに済みました。また、王子との婚約解消も、視野に入れなかったと思います」

「ふむ。確かに我々の責任もあったというわけか」


 巡り巡ってはそうかもしれないが、かなりの漕ぎつけに、私は内心、ヒヤヒヤした。


「カスタニエ嬢が授業に出ないことも、他の教師から報告があがっていた」

「うっ、それは……」

「他にもまだ、事情があるというわけかな?」

「はい」


 けれど、そこまでは学園長に話すことはできなかった。

 この婚約解消は、エミリアン王子とシルヴィ嬢の関係が成り立って、納得してもらえた話である。授業に出ない理由は、その前提を覆してしまうからだ。


「そのことで、学園長にご相談があります。アペール嬢が戻って来ると、またオリアーヌ嬢に危害を与え兼ねません。けれど俺も終始オリアーヌ嬢の傍にいることもできませんので――……」

「だったら尚更、私と一緒に帰るべきだろう」

「お兄様……?」


 黙っていてもらえませんか? その話はもう、済みましたよね?


「だ、だが、可愛い妹の身に何かあるのは、兄として――……」

「そのために今、学園長に護衛を付けてもらうように頼んでいる。話は最後まで聞かないと、さらに嫌われてしまうぞ?」


 誰に? とは言わなかったけれど、ジスランにはちゃんと伝わっているようだった。私の顔を見て、泣きそうな顔を向けていたのだ。

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