目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話 その部屋は……

 護衛の人選に不満はあったものの、そもそも私にはフィデルに代わる者を探せるほど、人脈を持ち合わせてはいなかった。

 転生直後は断罪の最中。死に戻ってからは、極力人との関わりを避けていたからだ。味方を作ることよりも、内に籠もることで自分自身を守っていた。必死に、ただ生き残ることだけを考えて、孤立の道を歩んだ。


 しかし今の状況になって、それが間違いだったと気づく。身を守るために心を閉ざすよりも、周りと交流して味方を作ることが、生き残る最短の道だったのだ。

 これも前世で、私が相手に言っていた言葉だ。


 『貴女は一人じゃない。周りをもっと頼ってみて』


 相手に寄り添っているつもりでも、こうして実際に直面してみると分かる。いかに他人事のようにアドバイスをしていたことか。これから話を聞く時は、もっと相手の立場になって考えてみよう。

 その相手だけでなく、いずれ私に返ってくるかもしれないからだ。心構えをほんの少しだけ変えれば、アドバイスだけでなく、私自身も変われると思う。


 手始めに、フィデルを相手にしてみようかな。まだシルヴィ嬢に攻略されていない可能性も、否定できないから。


 なにせフィデルとアシルはタイプが違う。肉体派と頭脳派だ。相容れない存在だが、将来のことを思うと、二人をセットにしておく方が、何かと便利だった。

 そう、まさにお互いの父親がそれを体現している。騎士団長と宰相。この二人が連携することで、国内外の治安を守っていけるのだ。


「私の護衛を引き受けてくれたことは有り難いけれど、アシル様は何か言っていた?」

「う~ん。勝手にしろ、とだけだったけど、それがどうしたの? 俺はどうしようと、アシルの許可は必要ないでしょう」

「それはそうだけど……フィデル様は、アシル様が嫌いなの?」

「昔なじみで、何かと一緒に行動させられるだけの相手だよ。好きでも嫌いでもない。というより、さっきからなんだよ。変な質問ばっかりで。顔合わせをするために呼び出したんじゃないのかよ」


 そう、フィデルの言う通り。これから私の護衛をするに当たって、それぞれの考えを突き合わせるために、フィデルを呼んだのだ。

 今の私の立場が複雑でなければ、ただの顔合わせで十分なのだが……。


「どうして王子の護衛役だったお前を、オリアーヌの護衛にしたのか。その足りない頭で、少しは考えろ」


 状況を説明するために、フィデルをミュンヒ先生の研究室に呼び出した、というわけである。そのために再び、学園長室を借りることも、勿論視野に入れた。

 けれど事なかれ主義の学園長は、エミリアン王子もとい公王様から、後ほど言及されたくはない、とのことで許可が下りなかった。あと他に、このような会話をしても大丈夫なところを探した結果、ここしかなかったわけである。


 ミュンヒ先生の同席が必須なのだから、すぐに許可してくれても良かったのに。この研究室を使うことが、どうしてそんなに嫌なの?


 ともかく、現在ミュンヒ先生は、機嫌がとても悪かった。


「さもなくば、一生学園から卒業できなくさせてやるぞ」


 ミュンヒ先生……そしたらフィデルは退学して、さっさと学園を去ります。元々、バラデュール伯爵家は、学園を重要視しませんし、卒業証書など、ただの紙切れと思っている家門ですよ。


「そ、それは困る! 母上に、せめて俺だけでも、と言われているんだ」


 脳筋だらけで、バラデュール伯爵夫人はご苦労なさっているのね。せめてフィデルだけでも、なんておいたわしいわ。


「ミュンヒ先生。フィデル様をいじめるのは、そのくらいにしてください。他にも色々と聞きたい……いえ、本題に入らないと。寮の門限に引っかかってしまいます」

「……あれだけ聞いていて、まだ聞き足りないのか?」


 うんざりした声を出すミュンヒ先生に同調するかのように、目の前に座っているフィデルの顔が引き攣った。


 折角、優しく穏便に話を進めようとしていたのに、この二人は……。いや、事の重大さを分かっていないフィデルなら理解できる。でも、ミュンヒ先生は!


 私は立ち上がり、執務机の上で顎に手を置いているミュンヒ先生の元へ行き、思いっきりその机を叩いた。


「フィデル様はエミリアン王子の側近なのですよ」

「これからはオリアーヌの護衛だ」


 だからなんだ、とばかりに言い返すミュンヒ先生。私は後ろの応接セットの長椅子に座る、フィデルに聞こえないように、小声で話しかけた。


「ミュンヒ先生が色々と妥協して、フィデル様を護衛に選んだのは分かります」


 勉強はアレだが、フィデルは腕の立つ人物である。それでいて、エミリアン王子の力を削ぐためには、最も適した人物でもあったのだ。勉強は……本当にアレだけど……。


「でも彼は、側近だったからこそ、シルヴィ嬢の情報を持っているかもしれないのですよ」

「っ! だが、さっきからフィデルに聞いているのは、アシルのことばかりではないか」

「シルヴィ嬢を学園に戻すように言ってきたのが、アシル様だったからです。仮にフィデル様が、アシル様と同じような考えをしているかもしれない、と勘ぐるのは、当然のことではありませんか?」


 簡単にいうと、攻略されている最中なのか、後なのか。あるいは、これからターゲットにされかけていたのか。


「私はただ、それを確認していただけです」

「やましい感情はないのだな」

「やましく見えたのでしたら、それだけミュンヒ先生がご自分に自信がない、と自らおっしゃっているようなものですよ。私を『俺の女』にするのではなかったのですか?」

「つまり、フィデル相手に張り合おうとしていた俺が、バカだとでもいうのか?」


 ミュンヒ先生は口角を上げて、いつもの口調で話しながら、さらに私の方へと顔を近づけた。

 いくら背にしているといえ、フィデルがいるのに、キスができる距離まで寄って来なくてもいいのに……。


「答えられないのなら、その口を塞ぐこともできるが?」

「そ、そういうのは二人だけの時にしてください」


 私は俯き、目を閉じた。


「そうだったな。さらにいうと、ここは二人だけになれる唯一の場所だということも忘れるな」

「あっ」


 それでミュンヒ先生は怒っていたのか。この研究室は、私たちの秘密を共有する場。そこに誰かを招き入れることも、少しとはいえ、身内以外にこちらの事情を話すのは我慢ならなかったらしい。


「今後は注意します。ですからミュンヒ先生も、代わりの部屋を用意してくださいね」


 ジスランではないが、役職も何もない私が、空き部屋を勝手に使うことはできないのだ。


「……確かに俺がバカだったようだな」


 私はニコリと笑い、再び長椅子の方へと向かう。その後ろで、深いため息が聞こえたような気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?