「えーっと、話を戻すけど、いいかしら」
「俺は構わないが、いいのか?」
アレを放置して、という副音声を聞いたような気がしたが、あえて私は無視した。フィデルの言いたいことは分かるけれど、私も言いたいことがあるのだ。
元シスターとしては、ゆっくりと話を進めていきたかった。けれどそれだと、ミュンヒ先生の我慢がいつまで持つか分からない。だったらそれは、後で聞けばいい。なにせフィデルは私の護衛なのだ。細かい部分は、その時にでも……。
「先ほど納得してもらったから、大丈夫よ。それよりも、エミリアン王子の護衛をしていた時の話が聞きたいの」
「できれば、そういうストレートな質問の方が、変に勘ぐらなくていいから助かるよ」
「私、そんなに変な質問をしていた?」
「ミュンヒ先生は別のことで勘ぐっていたようだけど……それは絶対にないからハッキリ言う。昔からアシルとは何もない! 腐れ縁だ!」
そんなの乙女ゲーム『救国の花乙女』の公式ブックに載っていたわよ。今更、言われなくても……あぁ、もしかして私が、BとLの関係を勘ぐったと思っているの?
確かにそのような薄くて高い本を見たような気はしたけれど、大丈夫。私はシスターだもの。そのような関係も受け入れるわ。
「何かまた、変な誤解をしているような気がするんだけど……」
「気のせいよ。それなら、シルヴィ嬢とは?」
ある意味、こちらが本題なのだから。
するとフィデルは、アシルの時とは違い、すぐに答えることはしなかった。少しだけ間を開けたと思ったら、それでも嫌々……ううん、とても言い辛そうな顔で話し始めたのだ。
「シルヴィは……」
すでに呼び捨て!?
驚いたけれど、常に一緒にいるアシルが、シルヴィ嬢のために動くほど入れ込んでいるのだ。アシルが「シルヴィは……」「シルヴィが……」と聞いていたら、自然と呼び捨てになってもおかしくはない。
呼び捨てイコール攻略済みと思うのは、
「シルヴィは……その、いい意味で馴れ馴れしくて、悪い意味で図々しい、子かな」
「え?」
確かにフィデルは十八歳だから、十六歳のシルヴィ嬢を『子』と表現するのは百歩譲るけど、その後の言葉は何?
呆気に取られていると、後ろから笑いを押し殺す声が聞こえてきた。
その気持ちは分かるけれど、誰かをバカにすることは、私の信条が許さない。後ろを振り向き、目でミュンヒ先生を諫めた。しかし返ってきたのは苦笑だった。
「フィデル。それは両方共、相手を
「え、そうなんですか?」
「馴れ馴れしいは、親しみやすいと表現するべきね。図々しいはそのまま、悪い意味として使う言葉だから、言い換えは難しいけれど」
「無神経はどうだ?」
「それも悪い意味として使われる言葉ですよ、ミュンヒ先生」
これは明らかにワザとだ。
騎士の家系だというから、やはり男所帯なのだろう。悪い言葉ばかり覚えるのもまた、それが原因ではないだろうか。偏見は持ちたくないけれど、フィデルを見ていると、そう思わざるを得なかった。
「ともあれ、フィデル様の意見を総合すると、シルヴィ嬢に対してあまりよくない感情を持っている、ということでいいのかしら?」
「そうだな。護衛対象のことを悪く言うのはマナー違反だけど、もっとマシな相手を選んでくれ、とは常々思っていたから」
「たとえば?」
「護衛対象が俺らに慣れていても、相手が慣れていないことかな。この学園にいても、街に出ても、俺たちを撒こうとするんだ」
それは慣れていない、という話ではなく、エミリアン王子とイチャイチャしたいからではないかしら。
フィデルとアシルは、護衛と側近という立場で接しているけれど、シルヴィ嬢にとっては攻略対象者である。他の攻略対象者との恋慕を見られるのは……さすがに困ってしまうことだろう。
どういうルートを辿っているのかは分からないけれど、一人一人攻略していたら、逆ハーなんてできはしない。同時に進めないと実現できないからこそ、ゲームでも難易度が高いのだ。
そもそも逆ハーを簡単にできたら、やり込み要素はゼロだし、クソゲーだと叩かれてしまう。だからシルヴィ嬢は、この世界が現実なのをいいことに、私を排除するという荒技を使って、成し得ようとしているのだ。
「気持ちは理解できるけれど、何事もルール違反はよくないわよね」
「俺らにとっては、それが仕事だから」
「分かったわ。フィデル様が護衛をしている間は、私たちもルールは守りましょう。ね、ミュンヒ先生」
「無論だ。今回は話し合う必要があったから中に入れたが、この研究室での護衛は不要だ。大人しく外で待っていろ。王城にいる騎士たちがよく、扉の前で待機しているだろう。あれと同じだ」
そんな、なるほど! という反応はしないでほしいかな。ミュンヒ先生の言っていることは、ただの詭弁だ。
ここは学園なのだから、本物の騎士と同じことをする必要はないし、そもそもフィデルはまだ、正式な騎士ではない。だからそのようなことをする必要はないのだ。
けれど騎士の家で育ち、家族だけでなく親族も騎士で固められている、バラデュール伯爵家で育ったフィデルには効果的だった。
なんだか罪悪感が拭えないわ。でも、ミュンヒ先生としか相談できないことや、フィデルには聞かせられないこともあるから……これでよかったの、よね?
「正直に言うと、いきなり護衛対象が変わって、少しだけ心配だったんだ。だけど雇用主も含めて、大丈夫な気がしてきた」
「よく分からないけれど、そう思ってくれたのなら良かったわ。ほら、アシル様ともクラスが別れることになるから」
エミリアン王子の時とは違い、危害を加える可能性のある人物が、同じクラスにいるため、フィデルもまた、そのようになったのである。
因みに雇用主というのは、勿論ミュンヒ先生のことだ。同じクラスにするように懇願したのは、兄のジスラン。それを聞くまでは帰らない、と私の時と同じような手段で、学園長を説得したのだ。けして脅しではないことを弁明しておく。
いい仕事をした、といえばいいのか。なんていうことをしてくれたのだ、と怒るべきか……。
「前言撤回。いい加減、俺とアシルを結びつけようとするのはやめてくれない?」
「あらっ、これは失礼」
だって、その相方が攻略されているんだもの。フィデルが完全にゼロだという保障は、まだ得られていない。
だからこれはあくまでも、否定材料として言っているだけなのよ。本当に。神様に誓って、それが本当に真実だとは、一切思っていないから安心してね。ふふふっ。