「オリアーヌの聞きたいことが終わったのなら、俺からもいいか?」
私たちのやり取りが、一区切りついたと思ったのか、ミュンヒ先生が神妙な声で切り出してきた。まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、ミュンヒ先生の質問も気になる。
そもそもフィデルを私の護衛にしたのはミュンヒ先生だ。この研究室に呼び出し、フィデルと私を会わせたのも、また。
すでにその時には私を護衛対象だと認識し、ミュンヒ先生が間を取り持つことに対して、何も違和感を抱いている様子はなかった。つまり、学園長を介したわけではなく、直接取り引きを持ちかけた可能性が高かった。
勿論、フィデルの成績を少しだけ……進学や卒業に必要な成績を満たしていない部分を免除する行為は、学園長の承諾なくしては不可能なのだ。
これは偏に、ジスランの功績ともいえるだろう。護衛の選出と条件、段取りをミュンヒ先生に丸投げさせるほど、学園長を疲労させたのだから。
本当にごめんなさい。私のせいで……いや、本当に私のせいなのかしら。私のために、皆がしてくれたのは間違いないのだけれど、そこは腑に落ちなかった。
ともあれ、ミュンヒ先生の質問に答えるのは私ではない。フィデルだ。「私は構いませんが……」と顔を窺うと、大丈夫とでもいうように頷いてくれた。
「アペール嬢がいない間、王子はどうしていた?」
「っ!」
思わずフィデルではなく、私が反応してしまった。
確かにミュンヒ先生なら、護衛のことや私について、すでに質問や注意事項を言っていてもおかしくはない。
だけど、どうしてエミリアン王子の話を……むしろ、聞かせたくない話題ではないのかしら。会えば口論をするほどなのに。
まさか、私がシルヴィ嬢のことを聞いていたから? エミリアン王子のことも知りたいのではないか、と思われたのかもしれない。
正直、何もアクションがなかったから、諦めてくれたんだろうな、と希望的観測をしていた。だって、本気で私に気があるのなら、シルヴィ嬢がいないこの瞬間を狙うはずだからだ。
クラスでの評判はガクンと下がっていたから、協力してくれる者がいなかったのかもしれない。それでも、他にやりようはいくらでもあった。
なにせエミリアン王子は、王子なのだ。学園がレムリー公国に属している以上、彼に靡く者を見つけるのは、そんなに難しくない、というわけである。
「シルヴィから送られてくる、大量の手紙に頭を抱えていましたよ」
「あっ、そっか。シルヴィ嬢を早く学園に戻してほしい、となぜアシル様が言ってきたのか、疑問に思っていたのよ。それをするのは、本来エミリアン王子の役割だと思っていたから」
「でもそんなことを、カスタニエ嬢に言いに行けるわけがない。シルヴィのことを気に入っているのもまた、本心なんだ」
「それなら私のことは、スッパリ諦めてくれると有り難いのだけれど」
すると、なぜか首を横に振られてしまった。
「俺も同じことをエミリアンに言ったことがあったよ。小難しいこととか、面倒なことは嫌いだからさ、俺は。そしたら、『取られたくない』んだって。多分エミリアンは、ミュンヒ先生に何もかも取られるのが嫌だったんだろうね」
「何もかもって、どういうこと?」
「別に俺は、王子から何かを取り上げたことはないが?」
ミュンヒ先生の年齢を考えると、八歳も年下の者に、そんな大人気ないことをするとは思えなかった。
いや、私のことになると、やっていたわね。
「これはある意味、エミリアンの被害妄想みたいなものですから、ミュンヒ先生が気にする必要はありませんよ。それと今のカスタニエ嬢をいいな、とも少なからず想っているのも事実ですから。婚約解消はちょっと難しいかもしれませんが」
「えっ、私が婚約解消したいと思っていることも、フィデル様は知っているの?」
「エミリアンが教えてくれたよ。『いつの間に、ミュンヒ先生と恋仲に!?』と頭を抱えていたから、ちょっと聞いてみたら、ポロッとね。ただの噂かと思っていただけに、本当だったとは正直、驚いたよ」
「それなら、私の心がエミリアン王子にないことは、分かったわよね」
「うん。だから護衛を引き受けたんだ」
え? 成績のことだけではないの?
「どっちつかずなエミリアンには、正直ついていきたいとは思わない。シルヴィもエミリアンだけでなく、アシルや俺にまで色目を使ってくるから、それも嫌になったんだ」
「つまり、騎士道に反するってことだ。一貫性のない人間は信用性に値しない。そんな二人の傍にいるよりも、こっちに来ないか、と誘ったのだ。ずっと一つのことに従事しているオリアーヌを、あの二人から守ってほしい、とな」
確かに、成績のことだけでは、フィデルのプライドが許さないだろう。けれどエミリアン王子とシルヴィ嬢に不満を抱いているのならば、それをネタに誘う方が、フィデルも答えやすいし、言い訳にもなる。
エミリアン王子がバラデュール伯爵家に、異議申し立てをした場合は、何よりも効力になるだろう。当然、ミュンヒ先生も助けてくれるだろうが、誰もが納得する理由ほど、強いものはないからだ。
「ふふふっ。つまりミュンヒ先生は、フィデル様に質問をするのに格好をつけて、私の護衛となった真意を教えてくれたのですね」
「アシルのこともあるからな。セットに思っているのなら、余計に違うということを知っていた方がいいと思ったのだ」
乙女ゲームの話はミュンヒ先生にはしていないというのに、私がシルヴィ嬢に攻略されているのかどうかを探っているのが、バレバレだったようだ。
「そんなに分かり易いですか?」
「さぁな。俺がそう感じただけだ。フィデルは違うように捉えていたから、比べようもないがな」
「ふふふっ。安心して、アシル様との関係は、それほど疑っていないから」
「護衛の件も、婚約解消の件も、なんでも協力するから、その考えだけはやめてくれ」
そんなに嫌がることじゃないのに、と思いつつ、私は思わぬ協力者を得られたようだった。バラデュール伯爵は、騎士団長ということもあり、中立派なのだ。