『救国の花乙女』というタイトルから分かるように、この乙女ゲームは花乙女と呼ばれる少女が国を救う物語である。学園から始まるため、剣と魔法の世界観、という認識が薄かった。
特にフィデルはレムリー公国の騎士団長の息子だというのに、学園での成績が悪いため、主にそっち方面でストーリーが進行していく。そう、スラッカ先生がモブとして出てくる図書館のシーンというのが、まさにフィデルルートのことなのだ。
戦闘よりも勉強を通して攻略対象者との仲を深める方が、親しみやすいというのもあるのだろう。少女マンガにはよくあることだし、プレイしている側の乙女たちからすれば、現実と重ねて見ることができる。つまり、疑似体験としてプレイできるということだ。
さらに認識が薄くなった原因は、私ことオリアーヌには、魔法の才能が極めてないからだ。悪役令嬢である以上、ヒロインであるシルヴィ嬢よりも才能や能力が上であってはならない。『悪意』に染まるラスボス級だったら話は違うけれど、残念ながらオリアーヌの立場は、シルヴィ嬢が始めに立ち向かう敵、中ボスに値する。
だからオリアーヌ自身も私自身も、レムリー公国の建国に出てくるカスタニエ公爵家の話には興味が湧かなかったのだ。
「私は別に、そこまでカスタニエ公爵家には拘りがないから、遠慮しておくわ」
「なんで!?」
「だって、仮にテストに出されたとして、そこの部分を間違えたらどうするの?」
乙女ゲームで得た知識のみの私に太刀打ちできるような問題だったらいいけれど、マニアックな問題を出されたら……正直、正解できる自信がない。
「それがお父様たちの耳に入ったら、フィデル様だって嫌でしょう?」
私なんて特に、ジスランの耳に入ったら最後。これ幸いと、付きっ切りで私の専属家庭教師になる! と言ってくるかもしれない。あれだけ家に帰らせようと拘っていたのだ。
や、やり兼ねないわ……!
「だからそこはミュンヒ先生が――……」
「各家の歴史は、各家で習え。そっちの方が詳しく教えてくれるぞ。あと、オリアーヌもどうしたというのだ。顔色が悪いぞ」
「それは……お兄様が私を家に帰らせようとする未来が見えまして」
「……安心しろ。テストにカスタニエ公爵家が出てくることはない。バラデュール伯爵家もな」
それを聞いた途端、隣で盛大に息を吐く音が聞こえた。どうやらフィデルも、バラデュール伯爵夫人に叱られる未来でも見たのだろう。
まったく、火種をこっちに飛ばさないでもらいたいわ。家門の歴史は誇りそのもの。下手に突っつくものではないのよ。
しかしお互い同じ気持ちになっても、次の思考までは同じではなかったらしい。どうやらフィデルは、私よりも切り替えが速かった。
「だったら何がテストに出るんですか?」
「は? 何を言っているんだ、お前は」
「いいじゃないですか、教えてもらっても。このままでは、いつまで経っても補習は終わりませんよ?」
「っ! そしたら留年……またもやお兄様が出てくるかもしれないわ」
学園に在学させている意味がないとか、ミュンヒ先生を口実に、悪影響を及ぼすとか言い兼ねない。
フィデルの場合は、もっと悲惨でしょうね。そうか。切り替えたのではなく、まだまだ危機が続くから、このような手を打ってきたのね。さすがは騎士の家系。野生の勘は侮れないわ。
というよりも、補習慣れ? もしくは、こういうのに慣れているのかもしれないわね。教師、アシル、バラデュール伯爵夫妻と考えれば、うんうん。分かる気がするわ。
「……フィデル。お前の言いたいことは分かった。だが、俺がそれに屈するとでもいうのか?」
まぁ、ミュンヒ先生の性格からしたら、プライドが許さないのだろう。フィデルを睨み、威嚇をしている。その気持ちもまた理解できるけれど、私もこのまま、というのは困る。本当に、困るのよ!
「教師として、不正を容認できないことは承知しています。ですがここは、穏便にできませんか?」
「オリアーヌまで……」
「フィデル様は私の護衛でもあるのですから、歴史の授業は補習を終えた後でも、いくらでもできますわ」
「か、カスタニエ嬢!?」
「忘れないでください、フィデル様。それからミュンヒ先生も。これは、私の、補習、だということを」
ね、だからさっさと進めてもらえませんか、と嫌な顔をする二人に向かって、満面の笑みを送った。まぁ、要約すると「二人とも、いい加減にしなさい」である。
「……いいだろう。折角だから、このままレムリー公国の建国をメインにテストをする。丸暗記してくれば……まぁ点数は取れるだろう。分からないところがあるなら、今のうちに聞け」
「丸暗記のコツを……」
「興味のあるところから掘り下げるのが一番だな。覚えようとしても、興味がなければ頭には入らないし、脳に蓄積されない。抜け落ちた内容をいくら探しても出てこないのは、そういうことだ。バラデュール伯爵家以外だと何がある?」
「『悪意』はさっき聞いたから、花乙女について知りたいです」
「え?」
思わず声が出てしまった。順調に話が進んでいたから、割り込むつもりはなかったのだけれど、あまりにも意外な答えに、反応するなという方が無理だった。
「どうした? オリアーヌ」
「いえ、その……花乙女とフィデル様が結びつかなくて、驚いてしまいました」
それだけが理由ではない。フィデルが花乙女に興味を示すなんて……不吉以外のなにものでもないからだ。
ここ数日のやり取りで、彼はシルヴィ嬢の攻略を受けていないことを実感した。むしろ、変な女扱いしているくらい。それなのに、今更シルヴィ嬢に関することに興味を示すだなんて……ちょっと怖い。
「確かにな。しかし『悪意』を鎮めた者だ。少なからず興味があっても、おかしくはないだろう」
「そうですが……」
シルヴィ嬢が……とは言えなかった。そもそも彼女はまだ、花乙女になっていないのだ。それなのに、ちょっと過敏に反応し過ぎてしまったようだ。
「えーっと、期待を裏切るようで悪いんですが、『悪意』は関係ないです」
「は?」
今度はミュンヒ先生が反応した。しかも、なんだとでもいうように、凄んだ声で。けれどフィデルはお構いなしに話を続ける。
「実は噂になっているんです。シルヴィが、カスタニエ嬢とミュンヒ先生に向かって発した言葉が原因で」
「言葉? もしかしてミュンヒ先生を呼び捨てにした、あの時のこと?」
「それ以外にもあるのか、知らないけど。うん、それ」
あの時、噂になるほどの発言を、シルヴィ嬢が言ったかしら。
フィデルの自信満々な姿に、私は記憶を掘り起こしてみたが、やはり思い当たる節はなかった。視線を教壇に向けると、首を横に振り、ミュンヒ先生も分からないという。
「えー、覚えていないの? あの時、『花の女神様に選ばれるのは私なのに』って言ったんだよ。つまり、花乙女ってことだろう?」
あっ、と私は手で口元を隠した。