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第52話

「ロナルド様、もう歩けます」

岩はゴロゴロしているが、やっと平らな場所まで登り終えた。きっと此処が頂上だろう。


「そうか?」

ロナルド様はそう言いながら私を背から下ろす為にしゃがむ。すると私が背から降りた途端に、ロナルド様はバランスを崩した様に地面へとガックリと手を付いた。


「ロナルド様?!大丈夫ですか?」

既に周りは暗く、私はロナルド様の顔を覗き込む様にしゃがみ込んだ。


「あ……あぁ、流石に少し足にきた」

私は急いでロナルド様の足に手をかざす。暫くするとロナルド様は立ち上がった。


「すまないな。鍛えてるなんて格好つけたが、このザマだ。ありがとう」

私も続けて立ち上がると、ポケットからハンカチを取り出した。背の高いロナルド様の顔に手を伸ばすと、彼の額に浮かぶ汗を拭う。


「重たかったですよね?こちらこそありがとうございました」

するとハンカチを握る私の手を、ロナルド様がいきなり無言で掴んだ。驚いた私は手を引こうとするも、ロナルド様に掴まれていて動けない。

私達は暫くの間、見つめ合った。

二人の間に何とも言えないむず痒い空気が流れる。鏡を見なくても分かる。私の顔はきっと赤くなっている筈だ。……暗闇で良かった。


『グルグルグルル』


ディグレが喉を鳴らし、私の足に頭を擦り寄せる。その瞬間、私とロナルド様の間にまた時間が流れ始めた。まるで魔法が解けたかの様に私達はギクシャクと動き始める。


「あ、すまない」

ロナルド様が私の手を離す。私も急いでロナルド様の額から手を退けた。


「い、いえ……。く、暗くなりましたね!あ、あそこなら休めそうです!」

比較的尖った岩が少ない場所を指差す。

当てずっぽうだったが、休むにはちょうど良さそうな場所だ。動揺したのか、何故か思ったより声が大きくなってしまったが、私はロナルド様の返事を待たずに、そちらへと一歩踏み出した。


「そ、そうだな。じゃあ、今日はあそこで休もう」

ロナルド様も私の後を付いてくる。私は隣に並び歩くディグレの頭を優しく撫でながら、自分の胸のドキドキが治まるのを待っていた。

いつもの様に私が結界を張り、ロナルド様が火を起こす。敷物の角を咥えたディグレが地面に敷くのを手伝ってくれた。


山を登り始めてから二度目の夜だ。だけど前日とは同じ様で何かが違う。そんな雰囲気が私達の間には漂っていた。


「さ、寒くないか?」


「え?あ、大丈夫……です」

二人の会話も何だかぎこちない。ディグレは私の直ぐ側で体を休めている。目は閉じているが耳が時折ピクピクと動いているのは、やはり周りを警戒しているからだろう。結界の外では魔物の気配をあちらこちらに感じる。時折、猪突猛進して来て思い切り結界に触れ、黒い霧となって消える魔物も居るには居るが、殆どの魔物がそんなヘマはしないぞとばかりに、私達の様子を遠巻きに窺っている様だった。


「ここらの魔物には知能があるのかもしれんな。闇雲に襲っては来ない」


「そうですね。私達に隙が出来るのを窺っている様です」

こんな中じゃ、ディグレも熟睡は出来ないのだろう、私は白い毛並みを撫でながら、ディグレの体も癒していく。


「綺麗だな」

唐突なロナルド様の言葉に私は動揺する。


「な、何がです?!」


「お前のその力だよ。弓矢もそうだがいつも白く光を放って……凄く綺麗だ」

勘違いしなくて良かった!!!『え?私がですか?』なんて頓珍漢な事を言わなくて良かった!!!私は動揺を悟られまいと、努めて冷静に言った。


「そ、そうですか?聖なる力は……皆、こうして白い光に包まれています。誰でも同じです」


「それを見てもなお……どうしてお前を魔女などと……」


「仕方ありませんよ。どうしてなのかは分かりませんが、聖なる水晶が黒に染まった事は確かですから」


私はあの広間での出来事を思い出していた。水晶に手を翳し力を注いだ。私がやった事はただそれだけ。気付くと大司教様の手には黒く染まった水晶が握られていたのだから。


「う……ん。まぁ、そうなんだが。だが、聖なる水晶に魔女を見抜く力なんて備わっているのか?あれは聖なる力を溜める事が出来るただの容れ物だろう?」


「だから私が力を注いで……色が変わったから魔の力だと……」


ロナルド様の言う事も最もだと思うが、私だって聖なる水晶を見たのは初めてだ。正直、あの水晶が何たるかなど、何も理解はしていない。しかし……それと同時にある事を思い出していた。

水晶……何処かで聞き覚え……いや見覚えがある。

私はハッとした。


「ロナルド様!ロナルド様は聖なる水晶がどんな物でどうやって作られたかご存知ありませんか?」


「聖なる水晶か?いや……俺も実物はあの日初めて見た。力を溜めておけるなどというからてっきりもっと大きな物かと思っていたが、案外小さくて驚いたよ。どうやって作られたのかは知らないが、俺が子どもの頃、お伽噺として聞かされていた話がある」


「お伽噺……ですか?」


「ああ。その話は簡単に言えばこうだ。『昔、昔。聖なる力を持つ子どもが中々産まれない時代があった。国が魔物だらけになり、いよいよ魔王の復活が近いかと思われたその時、神が老人に姿を変えて、教会に水晶を持って現れた。この水晶に納められた力を使いなさい……と。そのお陰で魔物は鳴りを潜め、その後直ぐに聖女候補が現れた。そしてこの国を救いました。めでたし、めでたし』っ訳で、その老人が持っていた水晶が今の聖なる水晶だって話」


「神が老人に?それはお伽噺ですよね?」


「だからお伽噺だと言っただろう?神が老人に……って部分は作り話だろうが、老人が水晶を持って現れた、という事実がそのお伽噺の元だ。だがその老人がどんな人物でどこから現れたのか、そしてその後何処へ行ったのか……その事についての記述は残されていないらしい。まぁ、随分昔の話だしな。で、どうして急に水晶の事を?」


私は少し迷った後、サラとランドルフ……そして二人の間に生まれた子どもについてロナルド様に話して聞かせた。














































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