それは突然だった。
突然、周りが暗くなったと思ったら、大きな大きな魔物が空から降りてきた。
『ドッシーン!!』
その両足は地面にめり込む程の勢いだ。私達のすぐ目の前に現れたと思ったら、私の結界に向けて大きな手を振り下ろした。
『ガシン!!』
結界に触れたその手が、黒い霧となって消える。魔物は咆哮とも思える叫び声を上げた。
しかし、それと同時に私の結界にもヒビが入る。魔物は右手の先を失ってはいたが、その黄金に輝く瞳は未だ私達を狙ってギラついていた。
「ヤバい!!」
ロナルド様が剣を構えた瞬間、魔物の左手が結界を突き破り、ロナルド様の体を吹き飛ばした。
「ウワッ……!!ウッ!!」
吹き飛ばされたロナルド様は近くの木に叩きつけられる。
私はディグレから飛び降り、右手でディグレに、左手でロナルド様に結界を張る。
「馬鹿!!」
ロナルド様は苦しそうな声で私のその行動に声を上げた。右手と左手を広げた私は無防備だ。それを見逃さなかった魔物は、指を失った左手で私に襲いかかって来た。
殺られる!!そう思うと同時に、私の体は自然と動いていた。大きな魔物の足の間目掛けて走る。私はそこをすり抜けると、魔物の背後に回った。
「こっちよ!!!」
魔物の意識を私に向ける。ロナルド様とディグレを襲わせてなるものか。
私は全身の聖なる力を両手に集めた。
あの結界を解く程の力だ。一撃では倒せない。私は魔物の金色に輝く片目を狙う。
私の手に現れた弓矢はいつもより大きい。私は集中してその矢を射った。いつもより大きく引き絞ったその矢は、一直線に魔物の目を射抜く。
『ギャーーーー!!!』
魔物が大きくのけぞる。その隙に、ロナルド様が魔物の足を剣で切る。
私はもう一度力を集め、また大きく白い弓を出現させた。次は心臓を狙う。しかし、痛みに苦しみながらも魔物は指先を失った左手で胸の辺りを隠す。流石に本能的に弱点を庇う様だ。
それを見たディグレが直ぐ様その腕に噛み付く。ディグレを振り払う為に、魔物が大きく左手を振る。そこに一瞬の隙が生まれた。
ー今だ!!!ー
私はありったけの力で魔物の心臓に目掛けて矢を射った。
その矢はいつもより太く、早く魔物を貫いた。白い光が魔物を中から破壊する。魔物は苦悶の表情を浮かべ、その残像を残したまま黒い霧となって消えた。
「ディグレ?!」
振り払われたディグレを心配するが、ディグレは得意気に一声鳴いてみせた。上手く着地出来たようで安心する。
私は直ぐ様、結界を張り直す。遠巻きに見ていた魔物が私達の直ぐ側まで集まり始めていた。
「ロナルド様、大丈夫ですか?!」
剣を杖の様にして立つロナルド様に駆け寄る。彼は胸の下辺りを押さえていた。
「大丈夫……って言いたい所だが、こりゃ肋骨の一本、二本は折れてるな」
ロナルド様は努めて明るくそう言ったが痛みに顔が歪む。
「手を退けて下さい」
私は急いでロナルド様が押さえていた部分に手を翳す。力を使いすぎたせいか、癒しに時間がかかる。私は焦っていた。私がロナルド様に集中していると、私の頭を優しく撫でる手があった。
「どうしてあんな無茶をしたんだ」
「必死で……無我夢中でしたから」
頭を撫でる手が止まる。……と急に今度は抱き締められた。
「な?!ちょっ……!まだ治療が終わっていませ……」
「頼むから……もうあんな事はしないでくれ。不甲斐なかった俺のせいだが、お前に魔物が向かって行った時、心臓が止まるかと思った」
私の頬はロナルド様の腕の中で、先ほどまで自分が癒していた場所にぴったりとくっついていた。
ドキドキとロナルド様の心臓の音が聞こえる。
「ロナルド様の心臓の音がちゃんと聞こえます。私も生きてます。私だって……ロナルド様に何かあったのではないかと怖かった……」
「俺は大丈夫だ……って治療して貰った奴が何を言っても説得力はないな。でも……あんな思いはもうしたくない」
「分かりました。……気をつけます」
お互いその後は無言になってしまった。私はロナルド様の心臓の音だけを聞いている。ロナルド様も私を抱き締めたままだ。
すると、トテトテとディグレが近付いて来た。ディグレは私を抱き締めているロナルド様の腕にちょこんと顎を乗せた。
私達はその様子に吹き出した。
「プハッ!ディグレも仲間に入れて欲しいらしい」
「ディグレ、あなたのお陰で魔物を退治出来たわ、ありがとう」
ロナルド様は一旦私から腕を解くと、ディグレも一緒に抱きしめたのだった。