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第69話


すると空から

『ドーン!!』

と大きな力が私の結界を揺らした。


見上げると魔王の姿はもはや人の形を留めておらず、醜い翼を広げ角の生えた獣の様になっていた。上半身は巨人の様に大きく黒々としており、下半身はまるで獣の様に毛が生え鋭い爪は猛禽類の様だ。尾まで生えており、それはまるで鞭の様に空を切っていた。

これが魔王の真の姿はこれなのかもしれない。私は思わずその醜い見た目と何とも言えぬ威圧感に圧倒されていた。


「そんな……何か、何か手は?」

声が震えてしまった。


「もうダメだ!!僕達はここで終わる。この国も……」

ウィリアム様の力なく握られた拳は小さく震えていた。


皆、死ぬの?

ここまで頑張ったのに?

絶望が私達を支配する。項垂れたウィリアム様はもう何の言葉も発しなかった。

その間も幾度となく魔物と魔王の攻撃を受ける。かなり強く張った結界にも少しずつヒビが入っていた。


しかし、その時。風に乗って声が届く。

「諦めるな!!!」

声の主であるロナルド様の姿は見えない。随分と吹き飛ばされたはずだった。


見渡すとディグレがヨロヨロと立ち上がって私を見ていた。その美しい獣の瞳も私に諦めるなと言っている。


優しい養父と養母、そして少し無口なロイに、侍女のアメリ。孤児仲間のジェーンに友人になってくれたレオナ様。私を守ってくれたラルゴにディグレ……そして……ロナルド様。


大切な人々の顔が浮かんでは消える。私が諦めたら、あの人達は?そして此処にいる人達は?その全てが終わってしまう。


「よし……!」

諦めるわけにはいかない。私は目を閉じて大きく息を吐いた。すると、私の頭にある風景が流れ込む。


湖の側で佇む女性。シルバーブロンドに薄紫色の瞳。質素なアイボリーのワンピースを着て、手には月下美人が握られている。彼女は微笑むと私に言った。


『強くなりなさい。貴女の大切なものを守れるのは貴女だけ』

名前を聞かずとも彼女が誰だか私には分かった。


『サラ……』

彼女はゆっくりと私に近づく。温かい手が私の頬に触れた。


『この瞳……ランドルフにそっくりだわ』

あぁ……そういう事か……。私の感じていた何かがストンと全て理解出来た気がした。


彼女が私の頬に当てた掌から、力が流れ込んでくる。

『クラリス、貴女なら出来る』


私はそこで目を開けた。

私が纏っていた結界が破られる。しかし、私の体に触れた魔物は全て、黒い霧となって消えた。


『な、何だ?』

魔王の戸惑う様な声が聞こえた。しかしもうその声が聞こえた所で頭が痛くなる事もない。

次々と魔物が私に向かい突進してくるが、皆、私の側に近づくだけで黒い霧となって消えていく。


どんどんと力が漲ってくる。私の周りを白い光が渦巻いている。風が起こり全てを消し去る。今はもう結界を張らずとも何人たりとも私に触れることすら出来なかった。


魔王の攻撃も全てその風の渦の中に消えていく。明らかに魔王は動揺している様だった。


魔王は地上に降り立った。私達は数メートル離れて向き合う。

魔王は何度も攻撃を繰り返すが、全て私の元まで届かない。すると、先ほどまで牛の形をしていた魔物達はまた小さな魔物へと散り散りに分かれる。そして魔王の手元に集まると黒く大きな槍となった。


私も魔王も睨み合ったままだ。先に動いたのは魔王だった。

その槍を魔王は思いっきり私に向かって投げた。


『シュンッ!』


その槍は私の纏った白い光の渦を貫き、私の頬をかすめた。頬に痛みが走る。


『ほう……ならばこの攻撃はどうかな?』

魔王の目と口、そして掌から一斉に放たれた赤黒い光線が一つの太い光の槍となって私に一直線に向かってくる。


(不味い!!)

流石にこれは身に纏った光だけでは防ぎきれない。私が片手の掌をその槍に素早く向けると、そこに白い盾が出来た。しかしその槍の重みと勢いに押されジリジリと後退する。押し返す力が出ない。片手の怪我がここで私の足を引っ張っていた。


ますます魔王の威力が強くなり、力負けした私は盾ごと吹き飛ばされた。


「キャッ!!」

仰向けに倒れたが、素早く起き上がる。ここで負けるわけにはいかない。


『ふん……大した事はない』

魔王が無様に転げた私を見てニヤリと口の端を上げた。



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