(考えろクラリス)
私は魔王を睨みつけたまま、頭をフル回転させる。すると、聖なる剣を持つ手がだんだんと熱くなってくるのを感じた。
コレだ!!
私は自分にもう一度結界を張る。
魔王は先ほどの攻撃に力を使ったのか、次の攻撃まで時間がかかっている様だ。
魔王も全身の力を込めているのがわかる。黒く光る筋肉が震え、また一回り魔王の体が大きくなった気がした。
向こうも私を殺す気で次の攻撃を仕掛けるだろう。……チャンスは一回。
私は全身の力を掌に込めた。
(サラ……力を貸して!)
白く光る弓が私の怪我をした左手に現れる。次に右手に握った剣に力を注ぐ。
『聖なる剣』
剣とは名ばかりで何度となく岩に突き刺したお陰でその刃はボロボロ、そして長い年月はその光を失わせていた。その剣が力を注ぐ事でみるみる輝いていく。その刃は岩をも切れそうな程鋭く光る。
私はそれを矢の代わりに弓に携えた。
狙うは魔王の心臓。分厚い筋肉で覆われたあの一点のみだ。
(集中しろ……)
私はこの一回のチャンスに懸ける。魔王も準備が出来たのか、彼の目、口、掌の三箇所から集まり光がまた大きな槍の様に私に向かってきた。
「今だ!」(今よ!)
私とサラの声が重なる。
私は聖なる剣を弓で魔王目掛けて放った。
赤黒い槍と白く光る聖なる剣がぶつかる。
『ギュルギュルギュルギュル』
赤黒い槍の真ん中を聖なる剣が回転しながら進んで行く。そしてその剣の纏った白い光は、魔王の胸を一直線に貫いた。
『ウォーーーーーーーーーーー!!!』
魔王の叫び声に地面が大きく揺れた。
「うわっ!!」
バランスを崩した私は尻もちをつく。
すると私が手を付いた部分から地面が割れ始めた。
(落ちる!!)
そう思った瞬間、白い陰が私の襟首を咥えてその場から飛び去った。
「ディグレ!!」
安全だと思える所で、ディグレは私を離す。私はその愛しい白い獣の首に抱きついた。
「無事なのね」
その温かさが生きている証拠だ。
振り返ると魔王がまるで石で出来た彫刻の様に固まっている。その胸には大きな穴が開いていた。
「ロナルド様は?!」
するとロナルド様を背負ってウィリアム様がこちらへ走って来るのが見える。
「クラリス急ごう。洞窟が崩れる!」
ディグレが自分の背を顎でシャクる。乗れと言っている様だ。
「ちょっ、ちょっとお待ちください」
私はもう一度、弓矢を構えると魔王に向けて放った。その矢はかつて魔王だったものの額に命中し、その姿は粉々に砕け散り黒い霧となって消えた。
「終わった……」
私の言葉に、
「あぁ……終わったんだ。君のお陰で」
とウィリアム様が言う。
すると、
「うぅッ……」
とウィリアム様の背中に乗っていたロナルド様からうめき声が聞こえた。
私は急いでロナルド様に手を翳す。しかし、私はその力のほとんどを使い切ってしまった様で、その光は弱々しいものだった。
ロナルド様が目を開ける。
「ロナルド様?!」「ロナルド?!大丈夫か?!」
私達二人から声を掛けられたロナルド様は少しうるさそうに顔を顰めて、
「耳は遠くない。聞こえるよ」
と小さく呟いた。
「急ごう。早く洞窟から出なければ」
私はディグレの背に乗って、ウィリアム様とロナルド様はその先を走る。
すると後ろから、
「ちょっと!!置いていかないで!!」
とアナベル様の声が聞こえてきた。
私達は思った。
すっかり彼女の存在を忘れていた、と。
結局、ウィリアム様がアナベル様を背負って私達は先を急ぐ。途中で、
「あれは!」
魔物に拐われたと思っていた副隊長が倒れているのを見つけた。
私が駆け寄るとわずかな呼吸を認める事が出来る。急いで私は治療を施す。しかし私の力は今は僅かしかない。チラリとウィリアム様に背負われたアナベル様を見たが、彼女はわざとらしく視線を背けた。
「うっーー」
副隊長が目を開ける。
「大丈夫ですか?完全に回復とはいかないと思いますけど、立てますか?」
「あ、貴女は……」
彼は私の顔を見て驚いたように唇を震わせた。
結局、ロナルド様が副隊長を背負う。
「クソッ!!重てーよ!」
ロナルド様も完全復活とはいかないのに、副隊長を背負ってここを走る羽目になってしまった。
また途中で瀕死だった聖騎士を見つける。
彼女は比較的元気になっていたが、私はディグレの背中を譲った。
「走れ!走れ!」
洞窟の壁は崩れ、足元は岩がゴロゴロと転がっている。
走り抜ける足元に大きな亀裂が走る。
「きゃあ!!」
走ってもいないアナベル様が何故か悲鳴を上げている。正直皆、彼女に構っている暇はない。転ばぬ様に走る事に必死だ。
「ロ、ロナルド殿下……下ろして下さい。もう歩けます」
副隊長が申し訳なさそうにするがロナルド様は顔を真っ赤にしながらも、
「こ、これぐらいあ、朝飯前だっ!」
と息切れしながら走っていた。
その姿に私はこんな時ながら、心が温かくなるのを感じていた。
あの時のロナルド様からの『諦めるな!』の言葉。あれがなければ私は絶望から全てを諦めてしまっていたかもしれないと思う。
魔王からの攻撃で吹き飛ばされ、私の姿すら見えなかったはずなのに……弱気になった私の目を覚まさせてくれた。
自分の気持ちがはっきりと分かる。私は彼が好きなのだと。
「ハァハァ、クラリス、大丈夫か?」
「大丈夫です!」
額に玉のような汗を光らせ、自分の方がきつそうであるにもかかわらず私を気遣うロナルド様に私は微笑んで答えた。