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第16話 ダリア

 二人が栄花に行ってからもう一人のダートがぼくの頭の中に直接話しかけてくる。

とはいっても三人で話していた時から話しかけて来ていたけど、ダートの前で返事をするわけには行かなかったから無視していた。

とは言え、態度に出ていたせいでバレてしまった結果、こうやって彼女と一緒に居てあげてと言われて二人きりになったけど、黙ったまま一向に話しかけてこないから暇でしょうがない。


『……あぁ、何か俺分かった気がするわ、あいつの中にもう一人の自分が居たわけだろ?つまり、心が二つあるって事は心象風景がそれぞれあるって事じゃねえか、つまり普通ならありえない事が起きたって不思議じゃねぇって事だ』


 あぁ、考えて込んでいたから静かになっていただけかと安心する。

もしかしたらダートにバレてしまったから気まずくなっているんじゃないかと思っていたけど、そうではなかったみたいだ。

それに……、確かにそう言う事なら筋が通るから分かるけど、ぼく自身は暗示の魔術を使いもう一人の自分を作り出した事が無いから分からない事が多い。

ただその場合、この心器はどうなるんだろうか、二つの心器を表に出しているってなると本人の負担は大きいだろうから心配になってしまう。


『それだとダートの方に心器を二つ顕現させるって言う意味で、負担が大きくなると思うんだけど大丈夫なのかな』

『負担何て無いから問題無いと思うぜ?、だってよ存在が固定されたせいで術者から魔力を供給されなくても消える事はないし、現状はただの特殊な効果を持った剣みたいな物だと思った方がいいかもな』


 それって何かダートが使う魔術を考えると、空間魔術と呪術だから呪いの剣みたいでやだなぁって思う。

でも彼女に負担が無いと思うと安心するし、もしかしたらもう一人のダートに身体が出来れば消したり出来るようになるかもしれない。


『あぁ、そうだ、何時までも俺の事をもう一人のダートとか読んでるの正直しんどいだろ?』

「うん、正直別の名前があればいいんだけど、どんな名前がいいかとか思い浮かばなくてさ」

『だろ?おめぇならそうなってると思ったから、俺なりに考えたんだけよ、ダリア何てどうだ?ダートの後ろに今迄居た存在だ、ダートのリア、つまりダリアって訳だ、次からはそう呼んでくれよ』

「ダリア……、うん、君がそれでいいならそう呼ぶよ」

『にししっ!改めてこれから宜しく頼むぜ?俺達のレースさんよ』


 頭の中で彼女、ダリアがにししっと笑う声がする。

何か久しぶりにこの笑い声を聞いたなと懐かしくなるけど、ぼくはダリアの物になった記憶はない。

ぼくが一緒に居たのはダートの方だ。


「ダリア、取り合えず身体の件なんだけど、もしかしたら近いうちに師匠が様子を見に来るかもしれないからその時に話して見るよ」

『おぅ、頼むぜ?体が無いって言うのは結構不便だからよぉ、早く自由になりたいんだわ』

「なるべく早く出来るようにするから待っててよ……、うん?」


 二人で話していると、玄関の方で勢いよく扉を叩くような音がする。

今日は休診日にした筈だし、誰かが訪ねて来る予定が無いから困惑してしまう。

もしかしたら急患だろうか、そうだった場合急いで出てあげないと……


『……なぁんか嫌な予感がするな、俺をベルトに付けて持って行け』

「もしかしたら急患かもしれないのに武器を持って行くなんて……」

『いいから持って行けよ、俺の冒険者としての勘が言ってんだ、何かがあるってよ』

「……わかった」


 ぼくはソファーから立ち上がると、言われた通りにベルトと腰の間に挟むようにして固定しようとすると刃の部分が空間に溶け込むように消えて行き、ぱっとみただの短杖のようになった。


『こうすれば第三者から見たら、短杖を腰に差してるように見えるわけだ、更にローブを着てれば持ってる事を気付かれ辛いだろ?』

「確かに、便利だなぁって思うけどこれって刀身を出す時はどうするの?」

『その時は必要があったら俺が出すから安心しろって事で行ってこい』

「……わかった」


 ダリアに言われた通りに玄関に行ってドアを開けると、頭髪が無くて、身長が高い鍛え上げられた屈強な肉体を持つ男性の姿がそこにあった。

何処かで見た記憶があるけど……誰だったっけ


「……やっと出て来たな、貴様っ俺が家を空けている内に勝手に上がり込み住み始めるとは何事かっ!」


 その人がぼくの姿を見ると同時に胸倉を掴むと勢いよく引き寄せて来る。

抵抗しようにも力が強すぎて離れる事が出来ない。


「貴様のような足手まといな治癒術師が、この護衛隊隊長グランツが不在の間に町中で俺の家を奪い診療所を経営するとは……、思いあがるのも良い加減にしろ!」

「……あの、あなたが夜逃げしたせいでこの家が売りに出されていたから、買わせて頂いたんですが」


 あぁ思い出した、開拓に同行していた時に居たやたらと偉そうな態度と大声で喋っていた人だ。

あの後夜逃げしたって聞いていたし、それが理由でこの家が売りに出されたのにこの人は何を言っているのだろうか。

しかもそれを伝えたら、顔を真っ赤にして更に怒り出してまるで言葉が通じない。


「俺が夜逃げ等するわけないだろうっ!、新たに力を得てこの町で返り咲く為に隣の国に修行に出ていただけだっ!」

「返り咲くって、あの後あなたがしっかりと頭を下げて周りに謝罪をした後に、上に立つ側としての責任を果たせば良かったんじゃ……」

「上に立つ人間が謝罪などするわけないだろうっ!力だっ!力がある人間にこそ人が集まるっ!……現に俺はマーシェンスで師匠に出会い力を手に入れたっ!」


 そう言うと空いている方の手に大きな大剣が現れると玄関のドアに突き刺す。

……この魔力の波長、間違いない心器だ、それに師匠って昨日の事を考えるとマスカレイドかって思うけど、彼が利用価値の無さそうな人に力を与える人間に見えない。


「それによぉ、ダートって言う女を連れてきたらこの町で護衛隊隊長以上の地位にしてくれるって言う約束もしてくれたからな、そうなれば金も沢山手に入るし上手く行けばこの町の長になれるかもしれんだろうっ!……治癒術師、命が惜しく無ければ女を出せ」


 あぁ、この人は頭がおかしくなってしまったんだろうなって思うけど、ダートの名前を出されたなら話は別だ。

腰に付けたダリアの心器を取って抵抗しようとした時だった。


「小物が余計な事しようとしてんじゃねぇっ!」

『まずぃっ!レース!』


……ダリアの声が聞こえた瞬間だった、勢いよく壁に頭を叩きつけられたと思うと意識が朦朧とする。

そして手足に力が入らなくなり動けなくなってしまった。

ぼくをその場に放置して土足で家の中でダートを探すと、『いねぇな……、しょうがねぇからこいつを人質にして呼び出すしかねぇか』と声を聞こえて暫くすると、ぼくの事を肩で担ぎ何処かへと運んでいく。

あぁ、ダートの事を守るって言ったのに結局足を引っ張ってるなぁって悔しい思いを抱きながらも、視界の隅に見覚えのある狼の耳を持った男性の姿を捕えながら連れ去られるのだった。

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